寒中お見舞い申し上げます。本年もよろしくお願い申し上げます。
今年の正月飾り。自分ではいい出来だと思ってますが。
いまさら謹賀新年でもないので、こんな挨拶になってしまいました。
届いた年賀状を見ていたら、知り合いの唐紙更紗師の方が廃業してしまったようです。更紗師とは唐紙の文様を渋型紙で刷る職人さんのことです。時には何色もの色を寸分の狂いもなく刷っていく工程は、ステンシルの多色刷りの極致とも言えるものです。
仕事場に何度かおじゃまして、その技を見せていただいたのですが、まさに職人芸と言えるもので、この技術がずっと継承されることを願ったものです。
この仕事は1人ではできず、2人による絶妙なコンビネーションが必要な技術です。まさに阿吽の呼吸というものを見せていただきました。
ところが、次の代に代わろうと言うときに、職人さんをもう一人雇うだけの需要が無いとのことで廃業を決めたとのこと。
確かに現在では襖も減り、またあったとしても格安な印刷の襖紙を使うようになりました。しかし、ちゃんとした唐紙はそれこそ何十年も持つものであり(化学糊等を使った場合はそんなに持ちませんが)、長い目で見ればそんなに高価なものでは無いと思います。自分磨きに数十万も掛けることをいとわない人たちが、同じような気持ちで身の回りのものに投資してくれれば日本文化も保てるのになと思うところです。
同じように渋型紙を使う小紋等(反物)は、「自分の身を飾る」と言うことからか、多少は需要があります。厳しいことは同じでしょうが、重要無形文化財保持者(人間国宝)に指定されたりしています。まぁ、売値が違いすぎますが。
襖や壁紙以外の使用方法を考えたりすることができなかったのでしょうか。これは唐紙問屋さんにも関係してくることかもしれませんが。
このように昔ながらの仕事を、きちんと継承している「本物」が廃業に追い込まれ、紛い物が大手を振っている現在の日本は、いったいどうなっているんだろうと思わずにいられません。日本の文化はどうなっていくのでしょう。
この状態が続くと、修復や表具の仕立てに必要な紙も、いつ無くなるか分かりません。幸いなことに重要な紙は、文化庁が「選定保存技術者」として認定しているので、直ぐに無くなるということはないでしょう。しかし、後継者がいたとしても十分に生活していける環境であるかは疑問です。食べていけないのであればやめるしかありません。確かに機械漉きに比べると手漉き紙は価格が高いかもしれませんが、作業の手間などを考えるとまだまだ安いと思ってしまいます。
新年早々、色々な意味で考えさせられる出来事でした。
今年の正月飾り。自分ではいい出来だと思ってますが。


















