皆様、ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたでしょうか。私はほとんど仕事で、ずっと工房にこもりっきり。近所にある根津神社の「つつじ祭り」を覗いたくらいで、まぁ、お金はかからないし、人混みで疲れることもなかったからよしとしましょう。
その中で唯一、遠出をしたのが青梅大祭でした。毎年5月2日、3日に開催され、特に3日は山車の巡航があってお囃子の競演等で盛り上がります。この祭りには江戸から明治にかけての、天下祭の名残を留める貴重な祭りです。と言うのも江戸の人形が乗った三層高欄を東京・神田などから購入し、それを今に伝えているからです。お囃子も神田囃子の流れをくむと聞きました。今は諸事情で人形は人形場に置かれています。
昨年に引き続き、3日に行きました。というのも完全な遊びではなく(9割が遊びですが)、昨年のことですが森下町の山車人形「武内宿弥像」の衣装と、籠手(コテ、甲冑の腕、手を守るための防具)の修復を頼まれたからです。
さすがに陣羽織、籠手部分の裂は各々専門家に頼み、ウチでは籠手と手の部分の修復をして、今年の大祭で初めて使うことになり、様子を見に行ったというわけです。
これが森下町の山車
普段は静かな町も、この大祭と青梅マラソンのときは凄い人出になります。昼頃に着くと、ちょうど森下町の山車が巡航中です。
山車と固定のお舞台のお囃子の競演
お囃子の競演を聞きながら、道路に延々と続く屋台をひやかして歩きます。昨年の揚げもんじゃに続き、今年「おおっ」と思わせたのは、ラーメンバーガーなる代物でしたが、このあとご馳走になるの予定だったのでスルーします。
各所にある山車人形(全部で5町6体)を観ながら、森下町へ。さて、見栄えはどうでしょうか。
これが武内宿弥像です。嘉永年間(1848~1854)に名人仲秀英が江戸で作ったものです。江戸天下祭・神田祭の三十一番三河町四丁目の山車に載っていたものを山車と共に明治初期に購入したとのこと。
この部分、および陣羽織の裏地を直しました。
陣羽織は当初の物ではなく、元の物は別に保管されています。ただ、今回の修復によって、いつどこの店で、いくらで購入したかなどが分かり、今後の保存に役立てることができたのでは、と思います。
人形とは別に山車を飾っていた幕があり、これがまた見事な物です。ただ、かなり傷みがあり、修復をする機会を待っているようです。
実際に実物を見て、何ら違和感のない仕上がりでホッとしている状態です。十分に可逆性を持たせながら修復が目立ちすぎない、そんな理想に近い仕上がりだったと思います。
ちなみに「青梅大祭」でググると、修復前の状態を見ることができますので、興味のある方はご覧になって下さい。
最後に、この作業に関わっていただいた各位、森下町町会の皆さんに感謝の気持ちをお伝えしたいと思います。











