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伝世舎のブログ

日々是好日

 保存修復学会の後、その日の内に奈良に飛んでいきました。その日は奈良に宿泊し、次の日は朝一から動きます。


 なぜ奈良に行ったかと言えば、遷都1300年祭を記念して各地で特別公開が行われており、スケジュールを見るとこの時期は室生寺金堂が外陣(げじん)からの拝観が可能で、薬師寺東塔初層公開、10年に渡る修復作業を終えた唐招提寺金堂を回ろうという魂胆です。唐招提寺以外は秋には公開が終わっているため、今の時期を逃すわけにはいきません。


 まず朝食もそこそこに室生寺に向かいます。室生口大野からのバスは1時簡に1本。平日のわりにはバスの椅子席が埋まるくらいの人手です。
 拝観料を支払って境内に。まず見えてくるのが弥勒堂(重文)なのですが、どうしたことか堂内がまぶしく輝いています。見るとどこかの撮影が入っており、釈迦如来座像(国宝)が厨子から出されてライトが煌々と灯っています。普段は絶対にあり得ない光の下、じっくり拝観できるというラッキーな場面に出くわしました。
 中央の十一面観音像(重文)にも光が届き、釈迦如来とともにじっくり拝観することができ、三浦が一昨日にがんばったご褒美かなと思いつつ堪能させていただきました。


 金堂は後のお楽しみにして、本堂(灌頂堂・国宝)で如意輪観音(重文)を拝観し、五重塔(国宝)へ。前回ここに来たときは台風で大破した直後で痛々しい姿でしたが、清楚な姿を取り戻していました。奥の院は疲れるだけなので今回はパスしました。

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美しく蘇った五重塔。あの事故の時は手前の軒先が潰されていた。

 さて、金堂(国宝)へ。普段はお堂の外からの拝観のみで、外陣からの拝観ではまず「近い!」と思い、また照明が明るくなっており各像が間近に見られます。LED万歳!
 像そのものだけでなく後背の模様までしっかりと見ることができ、前回まったく気が付かなかった像の後ろにある板絵の「帝釈天曼荼羅」が確認できました。団体客をやり過ごしながら各像、特に十一面観音立像(国宝)を堪能して寺を後にしました。


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室生寺金堂。普段は外側(人の立っている所)からの拝観。


 バスの時刻表を見ると予定よりも1本、つまり1時間早く乗れそうです。食事を後回しにして次に向かうことにします。


 大和八木で昼食をすませ、唐招提寺に向かいます。10年の歳月を掛けて甦った天平の甍は、以前より緩やかなカーブを描いています。ただ外観は昨年も遠目には見ているので軒下の構造等を見たのですが、専門外なのでよく分かりません。
 以前、修理中の廬舎那仏坐像(国宝)と千手観音立像(国宝)の公開時に見て以来ですが、収まるところに収まるとやはり違って見えます。今回は同じ日に室生寺の十一面、唐招提寺の千手を連続して拝観するという、中々素晴らしい体験をすることができました。


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約10年ぶりの再会。屋根の角度が緩やかになって美しさを増した。


 門前の茶屋で「ひやしあめ」を飲んで、糖分と水分を補給してホッと一息。薬師寺へと戻ります。
 唐招提寺は意外と年を召した団体が多かったのに対し、さすがに薬師寺は修学旅行の中学生で一杯です。坊さんが説教しながら爆笑を取っているいつもの風景です。ここも何度も足を運んでいるので、普段拝観できるところはさらっと流し、東塔(国宝)へ向かいます。


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修学旅行で賑わう薬師寺。この塔も9年間見られなくなる。


 初層天井には彩色が残っていて、大きな鏡でよく見えるようになっています。西塔(今回は中に入れます)の復元彩色と合わせてみるとより分かりやすいです。心柱は予想したよりも太くて立派な物でした。今年の秋以降、2019年までの間修復工事で見られなくなります。しばらくのお別れです。


 この時点で午後3時半くらい。玄奘三蔵院も公開していますが、ふと考えるとある所に間に合いそうです。そこで次の電車で近鉄奈良駅まで戻ります。
 すぐに向かったのが今年3月にリニューアルオープンした興福寺国宝館です。かなり変わったとの情報を元に行ってきました。


 確かに、今までのただ並べていたような展示と比べ、非常に分かりやすく、かつ効果を考えた照明法など、リニューアルした成果を感じることができました。八部衆を始めとする乾漆像の見せ方もいい感じに変わっています。ただし保存環境を考えると「これでいいのかな」と首をかしげてしまう所もあり、保存と公開という相反する問題を改めて考えさせられます。ただ、どちらかというと空調の問題かもしれず、環境の専門家のアドバイスがあれば何とかなるものかもしれません。


 と、まぁ、緊張したり(三浦だけですが)、驚いたり、癒されたりの3日間でしたが、最後に奈良に行けて良かったです。修復学会だけで帰っていたら、どっと疲れが出たことでしょう。やはり何か息抜きがないといけませんね。

 さて二日目です。午前中のセッションは修復関係だったので真面目に聞き、その後会場を抜け出して金華山(岐阜城址)へ行きました。ロープウェーを降りて険しい山道を歩くと天守閣へ出ます。それまでの道筋では山城の構造がよく分かり、難攻不落と言われた様子が偲ばれます。


 天守閣に上がり景色を見ると、能美平野と長良川が見渡せ、反対側の眺望は遥かに木曽川を望み名古屋方面にまで肥沃な大地を感じることができました。柄にもなく「天下」という言葉が脳裏に浮かび、道三や信長が感じたであろう感覚が、少し分かったようになりました。


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岐阜城天守閣より能美平野を望む


 さて、天守閣で妙な高揚感を感じつつ山を下りると、「岐阜大仏」と呼ばれる日本最大の脱活乾漆像を拝観してきました。これは正確には黄檗宗金鳳山正法寺の釈迦如来座像で、像高13.7メートル、日本三大仏と称しています。脱活乾漆と言うよりも張り子に近い物で、江戸期に見せ物として流行った「篭細工見世物」に近い物だと考えられます。岐阜県は岐阜提灯を始めとして和傘など竹細工が盛んなところで、その技術が別名「籠大仏」とも言われるこの大仏制作に関わっているようです。岐阜県指定重要文化財で天保3年開眼しました。


 お堂にはいると目の前の空間一杯に釈迦如来がいらっしゃいます。と言うよりも、頭が天井につっかえている! 大きな顔が前に突き出し、こちらをのぞき込んでいる感じで、何とも言えない迫力です。さすがに黄檗宗だけあって、日本の仏像とは違ったお顔立ちで、余計に迫力を感じます。久々に「来てる」仏様に会うことができました。
 調べると大仏殿のほうが先に出来ているので、頭がつっかえちゃったのかな。


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建物外観自体も面白い岐阜大仏


 昼食を食べて会場に戻り、ポスターセッションを見たりして学会を後にしました。


 それで、まっすぐ帰途につくと思いきや、せっかく名古屋まで来ているので、ついでに奈良に行ってしまえ! という計画があり、その日の内に奈良に向かいました。なぜ奈良まで行ったのかは次回報告します。


 6月12日~13日に、文化財保存修復学会 第32大会in岐阜に行ってきました。文化財保存修復学会とは、文化財の保存に関わる科学・技術の発展と普及を図ることを目的とした学会です。毎年この時期に大会が行われています。
 これに毎年参加しているのですが、今回は普段とちょっと違います。それというのも三浦がポスターセッションに2枚発表したからです。といってもその場にいるのは教え子の学生ですけれども。それともう一つ、大役を仰せつかってしまったからです。
 ある時、いきなり電話が鳴り、研究発表の座長をやれとのご指示。普段だったら固辞するところですが、今年はほんの少し前向きな三浦さんは、うっかり受けてしまいました。さぁ、大変だ。
 当日、朝一の新幹線に乗り名古屋へ到着。いざ岐阜へと思いきや、東海道線のダイヤが乱れまくり。各駅停車が何とか動いている状況で、仕方なく来た電車に乗り込みました。この日の状況を暗示しているようで縁起が悪い。
 それでも順調に進んでいると思ったら、岐阜駅寸前で電車が止まり10分程度待たされることに。やっと到着した駅前では、金ピカの信長公がお出迎え。なんじゃこりゃ。


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金ピカの信長公。本人が見たらどう思うことやら。



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修復学会の立て看板


 会場に着けば三浦は知り合いにからかわれ、みんなしてプレッシャーを掛けてきます。そして午後のセッションへ突入。
 担当するのは2つの発表です。ところが、発表が終わっても誰も質問をしてくれません。質問がなければ何か言わないといけないのが座長の努めです。まぁ、コチコチになりながらも、何とか乗り切ることができました。座長はもう二度とご免とのことです。


 これで今回の主な仕事は終わりです。後は懇親会で旧交を温めて、名古屋の宿に向かうだけです。と思ったら帰りの電車もダイヤが乱れ、散々な一日でした。
 名古屋メシを食べて飲んで、後は寝るだけ。明日も早い。
 他の人の発表やポスターは相変わらず盛況で、活発な論議が交わされていましたが、ここでのコメントは差し控えておきます。