三月二十三日(土)、勉強句会「福永耕二を読む」の最終回を行いました。
今回で最後ということで、参加者の発表にも力が入っていた様子でした。
学んできたことをまとめたり、あえてまとめなかったり、好きに語ったり、感謝の言葉を述べたり。
非常に感慨深い最終回でした。
主宰の発表は、福永耕二と能村登四郎について。
福永耕二というと水原秋桜子と共に語られがちですが、本当にそれで良いのでしょうか?
『墓碑はるかなり』でも秋桜子との関係が色濃く描かれいましたが、耕二の周辺をもっと見つめてみると、市川学園の教師仲間でもある能村登四郎、林翔といった人物こそが、俳句を日頃詠んでいく上で身近な存在だったようにも思えます。
他にも、編集長解任後の耕二の句についてなど、多岐に渡るお話をしていただきました。
その後は席題句会に移りました。
今回の席題は、桜の開花宣言もされたということで、花(桜)一切。
桜にまつわる季語で五句を詠み、句会を行いました。
桜は特に類想類句に陥りがちですが、それについて主宰は「失敗しても良いので、挑戦すること」と仰っていました。
そうすれば、いや、そうしないと名句に近づくことは出来ないのかもしれません。
さて、今回で福永耕二についての勉強句会は一旦終了です。
一年間、福永耕二について学んでこれたのは教科書的存在である『墓碑はるかなり』があったからこそ。
この場をお借りして、著者である仲栄司さんに改めてお礼を申し上げたいと思います。
情熱に満ちた素晴らしい著書を書いてくださり、ありがとうございました!
四月からはまた新たな俳人を取り上げ、皆で学んでいきます。
その人は、正岡子規。
どんな一年間となるのか、今からとても楽しみです。
(馬酔木の花を見ると、耕二のことが思い起こされます)
笠原小百合 記