頑張れという言葉 | dendaoffcialblogのブログ

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私は世の人が「頑張れ」という言葉を気軽に使っていると感じる。

応援したい気持ちも分からんでもないが、頑張れという言葉を使われた人以上にあなた達は頑張っているのか?

不思議で仕方がない。

駅伝などのマラソン大会がいい例だ。

必死に走ってるランナーに対して「頑張れ~」と声援を送る観客がいるが私からしたら「必死に走ってるのだから頑張ってるのが目に見えてるだろ。」と頑張れの声援を聞くと毎回思う。

ランナーに対しての掛け声は「追い越せ」や「突き放せ」が適切なのではないかと思っている。

そっちのほうがランナーも「やってやろう」って頑張れの声援より気持ちが入るだろうし。

別に自分に対して暗示するかのように頑張れと言うのはいいと思う。

ただ相手に対して頑張れを言うのはお門違いだろ。

言われた側も頑張っているのだから。

私は頑張れと言う言葉を相手に使うのも嫌だし、相手に使われてもなんかパッとしない気持ちになる。

こんな軽いあいさつ程度で頑張れを量産されてしまっては頑張れの意味も軽くなってしまうし頑張れも報われないだろう。

多分、頑張れを言ってる人達は何も考えずに使っているだろうからもうちょい重みを感じて話してほしいもんだ。

私としては頑張れという言葉よりもぶちかませと言われたほうがなんだかやってやろうという気にもなる。

実際に頑張れって言われて「よっしゃ頑張ろう」という気持ちになる人は世の中に何%いるのだろうか…

頑張れという言葉はそれほどまでに量産されバーゲンセールのごとく安売りされてしまっているのだ。

一つの物事に対して1歩ずつ成長するには己でやるのは当たり前な事であり己でも分かり切ってる事でもある。

それを頑張れの一言で片づけるのはいかがなものなのか…

みんな頑張れよりありがとうの方を気軽に使ってほしいものだ。