銀行に預けても

 昨日、気になっていた株を買った。ネットバンキングでは、証券会社口座に振り込み出来る金額に制限があった。朝直ぐに買いたかったが、現金を口座に入れてから帰宅して買う。9時に買うのと12時前では、200株で3~4万円の損失があった。金庫に現金を入れていたから良かったが、カードで降ろしていたのではラチがあかなかった。だから、銀行に預けておくのは間違いなのだ。銀行に預けても、銀行だけが儲けるだけで僅かな利子をくれるだけだろう。自分で株を買っておく方がいいのに決まっている。銀行は、マンション管理費や電気代の引き落としに使うだけだ。

 

 

知人友人

 現在付き合っている知人友人は皆共通点がある。偉そうにしないし、学歴を自慢したりしない。他人の足を引っ張ったり、悪口を言ったりしない。記憶にある者は今どうしているのか気になっても、会える者ではないし、相手の気持ちも分からない。子供の頃から、本当にそういう者ばかりだった。

 多分、相手もそう思っているだろう。

 せめて、4~5人会って話せるだけでも救いがある。会えば、面と向かって悪口を言うような者とは別れてきた。何時もヘラヘラ笑っていて、気持ちの悪い男だった。そういう者を友人とは言わないのだ。船津吉郎とか言ったな。

 

 

腐った畑

 拙者が生まれ落ちた場所は、本当に腐っていた。戦後まもなくの話だったが、それを割り引いても褒められた場所ではなかった。いい加減な者同士が一緒になるな、という思いで一杯だ。その親族が、数百万円も無心してくる。それが、女とは如何なるものか、考えるきっかけになった。愛嬌の無い気持ちの悪い女は、裏で何をしているのか何を考えているのか分からない。お礼も言わない、恩を仇で返すような者に用は無い。

 世話になった教員も、その実相はコソ泥・詐欺師・悪者だった。何もかも間違っているのだ。 教員で腐った者は、彼らが生徒・学生の時に振舞っていた時と同じ行動を取る。自分より成績がいいとか、良い事のある者に対して嫌らしい行いを陰で行っている事が常なのだ。少しでも相手を傷つけられたら、事の他喜んでいる奴らなのだ。己を優秀とし、貶めた相手を貶してやまない。こういう奴は、どこにでもいるが、何を言っても始まらない。後ろから蹴飛ばすに限るのだ。

 周りの者・近所の者を見ても、とてもではないが褒められたものとは言えなかった。そこらの婆や女を見ていて、何故結婚しなければいけないと思い込んでいたのか。女に見向きもしないように、どこかで女を殴り倒しておくべきだったと後悔している。女にペコペコするな。頭を下げるな。何故、思った女を襲って犯してしまわなかったのか、後悔している。生まれ変わたら、もっと冷酷な人間にならないといけない。

 これは、女の陰謀・欲望なのだ。男を騙し込んで、自分が食べて行くために結婚しようとしている。くだらない化粧や装い・パンチラで男を引っかけたと思って喜んでいるのだ。中世の男が、女を奴隷・小間使いにして使っていたのが正解である。だから、今はそんな事も出来ないからロボットの登場が待ち遠しい。年を重ねて、馬鹿な女を介護するようになった今はそのように考える。

 教員というのは、狭い場所に住んでいる。自分より何か優れている同僚を見ると敵視してくる。異質な者を嫌う性癖がある。そんな所に職を得た事も後悔している。頃したい奴は一杯いるが、頃すほどの値打ちを持っていないカス・屑ばかりなのだ。あんな者を頃して、刑務所に入ったり死刑になる程に馬鹿馬鹿しい事はない。当たり馬券のコピーでも送り付けておいた方がいいのかもしれない。

 

 WIN5は25日が1.5億、昨日26日が54万円くらいだった。

25日は6-2-7-11-4番人気、26日は5-2-3-1-1番人気である。金額は違ってもWIN5は何時も難しい。これを安易に買っていても、全く当たらないし養分にされるだけだ。WIN5を当てる為には、1人では追い付かない面がある。

 

 

そこで、誰か有力な予想家はいないかと見渡すのだが、それを見つけるのも又至難な事になる。何時も見ているスポーツ紙の予想陣は、何時も総崩れである事が多い。それは、別に批判される事ではない。掲示板の庶民が嘆いているが、1カ月全く当てられないと言う。競馬とはそういうもので、難しいのだ。

それ故、WIN5を1万円以内の  少点数で当てる等は凡そ不可能に近い。2×2×2×3×3で108点、10,800円必要なのだ。1レースの単勝を2点以内で5レース連続で当てるのは難しい。毎回毎回10~30万円くらい使えたらいいが、それを毎回続けても当たらないだろう。

 WIN5で困難と改めて難しいと思わされるのは、レースの荒れる度合いである。本命に見えても大きく荒れてしまう。プロでさえ本命だと思っているレースも遠慮なく荒れてくる。荒れる状態を如何に捉えるかは難題なのだ。馬柱票の細かい所をいくら見ても、それは分からないのだ。タイムや指数そんなものでは分からないものがある。

 

荒れないレース

 酷く荒れないレースは、普通に競馬新聞を検討していれば導く事が出来る。タイム・距離適性・実績・対戦表・上がり3ハロンのタイム・記者評等を綿密に見ていけば3~5頭くらいはピックアップ出来るだろう。

 24日(土)の京都10レース(WIN1)の5番人気、東京10レース(WIN2)の2番人気がそうだった。福島11レース(WIN3)の8番人気は、予想していた4頭の内から後で消してしまった。予想したものは、思い付きで簡単に消してはいけないのだ。初めから点数を絞るか、資金を用意するしかない。

 

荒れるレース

問題は、能力通りに決しないレースで、荒れてしまう場合である。何時荒れるのか判断するのは、誰であっても難しいのが現実である。ところが、これを3連単のパターンに当てはめてみると、25日の京都11レースあたりは荒れそうに見えた。

 

9~13番人気が1・2・3着いずれかに入っている。しかし、一方では7~9番人気にも見えたのだが、思い切って後者と考えてしまった。

東京11レースも同じようなパターンの中にあって、こちらも8~10番人気と判断して、馬柱票で判断していた1・3・4番人気を消して点数を減らしていた。こちらは、消した4番人気が入っていた。

 つまり、もう少し練って考えて資金を追加しておれば1億円稼げるチャンスがあったのかもしれないと思った。

 

余分なお金

 年齢を重ねると、土日連続で競馬をするのは疲れる。作成した情報を公開するのも、馬券を紹介するのも、どうでもいいと考えてしまう。

 余分なお金を持って、それで競馬をしていても勝てない。何より金銭への飢餓感が無いと競馬は勝てない。絵と同じで、絵しかないと思わなければ描けないもので、他の事が出来るなら描いたりはしない。英語や数学の免許が取れるなら、美術の教員なんか選ばないだろう。

 目の前に、これから急騰するだろう株があるなら株を買うだろう。株は何時かは上がるもので、下がり続けたり消えたりはしない。競馬の金は情け容赦なく、減り続けて行くような気がする。WIN5とかトリプル馬単を獲らないと勝てないんだよ。

 

著書発行

 今一歩仕上がっていないので、予定している「3連単のパターン」発行を1カ月遅らせて5月末とする。ラクテンのkindleが仕上がっていないのだ。リンクの付加が、言う程に簡単ではない。文章を合わせたり、ブックマークを大量に作らないといけない。リンク形成は、これからである。その上で、表紙を再度検討する。

たこ焼き1個

 YouTubeでメロドラマみたいな動画を見ていた。貧しい母子家庭の話で、死に分かれする母娘が出会った優しいたこ焼き屋の主人との心温まる話だ。どこにでもありがちな悲しい話なのだが、こういう話に涙を覚えられるのは、未だ心が汚れていないからだと思える。こういう話に最近は涙一つ出なくなっている。

たこ焼き1個

 

 

 世の中の荒波や他人の酷い仕打ちに出会っていくと、自分もそういう人間になって行って悲しさを忘れていく。自分が出会った酷い話にも怒りと憤激を持って、振り返る事になっていく。

 20歳の頃は、それまであった悲しい事にも気を病む事があった。今はどうだろう。何を聞いても、涙は出ない。誰か通行人に襲いかかる事ばかり考えている。簡単に犯罪者になっていく恐れがある。拙者を怒らす者は、命を捨てる覚悟で向かって来い。何時でも小便と糞をぶっかけてやる。そういう衝動は自分でも怖くなるが、人の命は一瞬で消え去るものだ。

 話は、たこ焼き屋で美味しいたこ焼きを買う所から始まる。さて、拙者の場合、親と一緒に店で何か食べた記憶があまりにも少ない。小学校3~4年生の頃、一度だけ海水浴でうどんか何か食べただけだった。

 

家と家族の違い

今日、家内と一緒に昔の知り合いに出会って、ピザとワインを食した。話の中で、彼の父親が大企業の工場で、高度成長の波に乗って年々給与が上がって行って、楽しい子供時代だった事を聞いた。

 それに引き換えて拙者の家は、三菱に勤めた父親を帰りが遅いからと言って、地元で働かせてしまっている。毒婦・毒女なのだ。父親の兄弟達と仲が良くないからと言って、男の運命を左右するものではない。地元では、まともな就職口なんか無いのだ。ヤケになっていたのか、父はギャンブルに明け暮れていた。結局、家の中では毎週喧嘩ばかりしていた。あれが、子供の成長に良いはずが絶対なかった。今更、毒母に対する憤りと怒りが湧いてくる。親父に対しても、糞女みたいなものを連れて来るなと怒りが湧いてきて仕方ない。

 

苦労

 世の中の人は皆、一様ではない。親が早くなくなって苦労する人はいくらでもいる。何か努力が足りなかったからとは、言い切れない。子供は親の責任を取れないが、親の姿によって自身が下げられる事がある。下げる奴は、皆差別的だと言える。拙者の子供まで、そういう人間になってしまったのは義母のせいだった。

恵まれた家の者が、自分は努力したのだと言って大学を自慢している者がいると、辟易させられる。そんなものは半分以上親の力もあっただろう。親が犯罪を犯したような子供の将来は悲惨だ。

貧しい者、痛い者、救われない者、恵まれない者の気持ちが分からないような者は信用できない。恵まれない者が、世の中に出る事は大変な事なのだ。だから、人間の基準を学歴なんかにしていると、人間の真実を見誤るだろう。救われない者や可哀そうな子供に、どれだけ救いや憐みの気持ちを持てるかだろう。そういえば、糞教員千原利夫は加古川市民病院長の娘にだけは抱き寄せて恍惚として優しくしていたが、魂胆丸見えで薄汚いと感じた。穢いものを見たと、吐き気を覚えた。魂胆丸見えの汚い男であった。ああいう男は、母子家庭の可愛そうな子に愛情を注げるのだろうか。可哀そうに見える者を、可哀そうだと馬鹿にする者に数多く出会ってきた。可哀そうな者は、可哀そうだと言われて泣かなくてはいかんのか。そうではないだろう。後ろから平気で襲い掛かる残酷な人間になっていくだけだ。

 

頼りない身体で

 知人と長い時間話していると、胸を薄く感じてくる。喋っていると、息苦しくなってくるのだ。気の合う者とだけ話しするのだが、今日は楽しい1日で、家内も喜んでくれた。

このままでは死にきれないだろう。執筆中の著書kindleの最後の仕上げに入っている。リンクの増加は言う程簡単ではない。これに応じて、ペーパーバックにも修正が入っていくので、4月末の発行に再び暗雲が立ち込める。競馬なんかしている場合ではないが、週末は楽しく過ごしたいと思う。