ものを大切にし、
長く使うことを誇りとする
ヨーロッパの人々の文化に触れ、
いつしかぼくも …
◆ ↓ 2014年8月6日 日本経済新聞 ( 夕刊 ) 第16面より抜粋引用
こころの玉手箱
玩具コレクター
北原 照久
ブリキの消防車
90円で購入、収集第1号
大学時代にオーストリアに留学した。 ものを大切にし、長く使うことを誇りとするヨーロッパの人々の文化に触れ、いつしかぼくも自分の好きなものに囲まれて暮らしたいと思うようになった。 それで帰国後、柱時計を皮切りに、生活骨董や映画のポスター、真空管ラジオなどを集め始めた。
25歳のころ、愛読していたインテリア雑誌の 「 私の部屋 」 のあるページに目を奪われた。 そこにはデザイナー矢野雅幸さんの部屋が紹介されていた。 壁一面にきれいな化粧棚があり、そこに色とりどりのブリキのおもちゃが所狭しと飾られていた。 子供のころに買ってもらった懐かしいおもちゃが、大人のインテリアとして並んでいる。 「 こんなものを集めている人がいたんだ! 」 とびっくりし、その場で出版社に電話して住所を聞き出すと、東京の東北沢に住む矢野さんに会いに行った。
矢野さんは好奇心旺盛なぼくを受け入れ、すぐに意気投合。 「 一緒におもちゃを探しにいこう 」 と誘ってくれた。 矢野さんいわく、昔からやっていて門構えの変わらない店が狙い目で、そうした店の棚の下や店の奥のほうにお宝は隠れているという。
一緒に行ってみたのは、門前仲町の古いおもちゃ屋だった。 そこで見つけたのが、この消防車だ。 新しいものはタイヤがゴム製だが、これはタイヤもブリキ製。 1950年代のお宝だ。 後に数万円で売買されていたが、このときの値段はたったの90円。 見つけた喜びとあまりの安さに感謝感激した。
矢野さんとは何度かおもちゃ探しを一緒にしたが、やがて彼の興味の対象は模型飛行機に移っていった。 一方ぼくはブリキのおもちゃをその後40年以上も集め続けている。 今では数もわからないほどだ。 この消防車はそのコレクション第1号となった。
いつだったか、ラジオ番組の中で南こうせつさんから 「 もし死んだら、お墓に持って行きたいのはどれ? 」 と聞かれたことがある。 ぼくは自分のコレクションを後世に残したいので絶対に墓に入れるつもりはないが、あえて選ぶならこの消防車だと答えた。 人と出会い、物と出会う。 人生はすべて出会いだと考えるぼくに、今もその大切さを教えてくれる宝物である。
( EPSEMS速記法 )