“ 円はすべてを包み込む ” … “ 空手バカ一代 ” より = 太極拳 “ 陳老師 ” の言葉 | 個人用途の新速記法 EPSEMS(エプセムズ)

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“ 円はすべてを包み込む ”

  … “ 空手バカ一代 ” より

   = 太極拳 “ 陳老師 ” の言葉






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↓ ◆空手バカ一代より

    ( = 上記の1番目の映像の6分50秒あたりからの部分 )




 アメリカ、南米、そしてヨーロッパと、数々の輝かしい土産を手に、飛鳥拳は今、故国日本を目指していた。


 懐かしい日本 ・・・ 飛鳥の思いは既に日本へと馳せていた。




カオ : 日本へお帰りですか?


飛鳥拳 : はっ?


カオ : 日本はいい、素晴らしい! 私も行ったことがあります。 でも私、日本人は嫌いです。 日本人、何かにつけてすぐ東洋人の代表のような顔をする。 私、中国人として許せない。 例えば今、世界各国で噂の空手、あれも一人の日本人のでしゃばりで評判になっただけ。 私たち中国人から見れば、まるで子供の遊び。


飛鳥拳 : この男、私を飛鳥拳と知っていながらからかっている。 何者だ、この男は?


カオ : 私は中国拳法太極拳の陳先生に学ぶ者です。


飛鳥拳 : 太極拳? 陳先生?


カオ : 左様、中国拳法太極拳こそ、世界の憲法の源。陳先生を知らずして、世界の空手とはおこがましい。 もし目の前に飛鳥拳がいたらそう言ってやりたい。 この本を進呈しよう。 香港におられる陳先生の書かれた太極拳の図解版です。 私はニューデリーで降りますので、ちょっと失礼。


飛鳥拳 : 太極拳!?




 【 初めての敗北




 本当ならば飛鳥は日本の土を踏んでいるはずだった。 だが今、飛鳥の眼下に広がる夜景は、世界三大夜景の一つと言われる香港の夜景であった。




ホテルのフロント係 : フロントでございますが、先ほどお尋ねがありました太極拳道場の住所と電話番号がわかりましのでお伝えいたします。 住所は ・・・ 。


飛鳥拳 : 中国拳法界の最高峰、陳先生か ・・・ 。 一応礼は尽くして、ホテルを出る前に電話は入れといたが ・・・ 。 最高の名の付く偽物か本物かは間もなくくわかる ・・・ 。


陳老人 : 飛鳥さんですか?


飛鳥拳 : はい!


陳老人 : お待ちしておりました。さあどうぞ!


飛鳥拳 : 失礼します!



 いけないことだが、俺は疑い深くなっている。 長い旅の中で、最高だの最強だのという言葉がいかに当てにならないかを経験し過ぎたからかもしれない。 まあ私にしてみれば、太極拳という格闘技の実態を知っておくのも悪くはないという軽い気持ちだった。 何はともあれ、歴史的には中国拳法は確かに空手の生みの親であるのだから。



 あのう、恐れ入りますが陳先生はまだでしょうか?



陳老人 : ハハハ、私が陳ですよ、飛鳥さん! あなたが物思いに耽っていらっしゃるので声を掛けるのを遠慮していました。


飛鳥拳 : これは! このちっぽけな老人が中国拳法の最高峰!?


陳老人 : ハハハ、余り萎んだジジイなので驚かれたようですな。


飛鳥拳 : いかん。 如何に実践精神の飛鳥空手とはいえ、老人までを相手にするわけにはいかん。 お話だけをありがたく伺って引き上げるとしよう。


陳老人 : おなたのお噂を伝え聞き、かねがね敬服しておりました。 牛と闘い、ボクサー、レスラーを対決するその姿勢は、とても結構ではありませんか!


飛鳥拳 : はあ、恐れ入ります。


ヤン : 先生、お食事の支度ができました!


陳老人 : おお、そうか、ありがとう。 飛鳥さん、食事のあとにしますか? それとも前に? 私もぜひ一手、あなたと立ち合ってみたい。


飛鳥拳 : えっ? やるというのか? 自分のほうから! この、この掴めばへし折れかねん枯れ木のような老人が、俺の世界をまたにかけた無敵記録を知りながら!?


陳老人 : おいでなされ、さあ遠慮なく。


飛鳥拳 : ではお言葉に甘え、お教えをいただきます。 押忍!



 いやしくも道場で相対したからには、飛鳥空手、敬老精神はない! といって老人を叩きのめすわけにもいかないから、私はその時、寸止めルールを使おうと思っていた。




 飛鳥の言う寸止めルールとは、相手に傷を付けないように、つまり仕掛けた技を相手に当たる寸前に止めて相手に負けを認めさせる試合方法である。




飛鳥拳 : うむ ・・・ ? な、なぜ構えもせぬ? よほどもうろくしてか? よおし、早いとこ寸止めを決めて試合を切り上げよう!



 チェストーッ!  ウォーッ!



 そんなバカな!? 確かに今、私は老人の鼻先3センチメートルに止めたはずだ。



 ヤーッ!



 うむ ・・・ !? この静けさ ・・・ 。 俺の攻撃を受けてもなお、毛ほどの乱れもない。 何だ、この老人の底知れぬ静けさは!?




 中国拳法の名人、陳老人は、間合いの見切りをその極意の一つに挙げていた。 間合いとは一発の攻撃で打ち込むことのできる空間のことである。 つまり間合いを読み切れば、相手が打ち込んできてもむやみに動く必要はない。 相手の攻撃空間をかわす最小限の動きで済むわけである。




 ヤーッ!  ウォーッ!  ヤーッ!




 つまり飛鳥が十の動きをしているのに対し、陳老人は一の動きで飛鳥を翻弄しているのであった。




飛鳥拳 : ハア、ハア、ハア、ハア、ハア ・・・ 。



 息をしているのかいないのか、それすらもわからん。 まるで空気だ。 空気のように静かに立っているだけだ。 とけ込んでいく! 


 老人が空気の中へ! ウーン、クーッ! 俺は飛鳥だ、飛鳥拳だ! 体重100キロ級のプロレスラーやボクサーを総なめにした世界の飛鳥だ! いかに達人とはいえ、こんな、こんな枯れ木のような老人一人 ・・・ 。



 グアーッ!  チェストーッ!




 それから1時間、飛鳥は攻めて攻めて攻めまくった。 しかし老人は、相も変わらず一つの乱れもなく、水が流れるように飛鳥の攻撃をかわすのである。 そしてその動きは円であった。 静かな、そして信じられぬほどまろやかな円であった。




飛鳥拳 : ハア、ハア、ハア、ハア、ハア ・・・ 。




 飛鳥にはもはや、為す術はなかった。 この1時間は実に飛鳥空手のすべてを挙げての総攻撃であったのである。




飛鳥拳 : アッ! ( 陳老人、袖から腕を初めて出して構える! )



 ウォーッ!  ウォーッ!  テヤーッ!  ウォーッ!



 おっ!? だめだ! 攻めれば攻めるほど追い詰められる。 陳老人はまるで燃え盛る太陽だ。 近付けば必ず火傷をする。 だめだ! 俺の、俺の負けだあーっ! まいった! まいった! まいったあーっ!



 まいりました! とても私の及ぶところではありません!



陳老人 : お手を上げなされ、兄弟 ・・・ 。


飛鳥拳 : 兄弟!?


陳老人 : そうです! 中国拳法と日本の空手は同じ東洋の兄弟。 兄弟げんかに勝った、負けたもありますまい! いやあ飛鳥さんをお食事に ・・・ 。


ヤン : 飛鳥さん、あちらにお食事 ・・・ 。 あっ ・・・ !




 飛鳥の涙は、初めての敗北に対する悔しさや悲しみの涙ではなかった。 それは計り知れない空手の道の奥深さに対する感動の涙であった。 飛鳥は思う。 香港に来てよかった。 陳老人に会えてよかったと ・・・ 。


 飛鳥の一からの出直しが始まった。 中国拳法太極拳、その神髄を真髄を学び取るまではと。




陳老人 : 円であり球、そして紙一重の見切りです、飛鳥!


飛鳥拳 : 円であり球、そして紙一重の見切り ・・・ 。 円であり球 ・・・ 、円であり、そして球なりか! まさにそうだった、あの試合の時の陳老人も、静かな、なめらかな、そしてあらゆる角度を持った球体であった。 その球体の中は、すべてが陳老人のものであり、その中では防御も、そして攻撃も自由自在であった。 思えば俺の今までの空手は、スピードと破壊力を追う余りに、直線であり過ぎたのか ・・・ !?


陳老人 : そうです! 円を描くのです! 地球が回るように、ゆったりと無限に! 円はすべてを包み込む。 直線も曲線も、そしてあらゆる動きを! 円は心。 心も円にあらねば円の動きは生まれない! 怒り、殺気、勝利の欲、これらはすべて単純でもろい直線です! 円の心とは、おそれなく、おごりなく、まろやかな心なり!


飛鳥拳 : まろやかな心 ・・・ !?






陳老人 : 飛鳥はきょうも滝かね?


ヤン : はい、左様でございます。


陳老人 : そうか、うむ、うむ ・・・ 。 ところでヤン、おまえは飛鳥拳をどう思うかね?


ヤン : はっ? 飛鳥がここへ留まって1週間になりますが、我が太極拳に対するあの熱心さには頭が下がる思いです。


陳老人 : うむ、それで? それだけかね?

 

ヤン : はい ・・・ 。


陳老人 : まあよい、もうすぐわかることだ ・・・ 。






カオ : 先生、ご壮健で何よりです! カオ拳士、ただいま5年間の修行の旅を終えて戻ってまいりました!


陳老人 : うむ、一段と頼もしくなったな!


カオ : それにいささか自信も持ち帰ったつもりです!


陳老人 : おお、自信な! そうかそうか ・・・ 。 ではヤン、夕食の用意は豪勢になっ! 旅の話を沢山聞かねばならんからな。


ヤン : はい、かしこまりました! カオ拳士、私も修行の話が本当に楽しみ ・・・ 。


カオ : ヤン、陳先生は俺との約束を忘れてはいないだろうな!?


ヤン : や、約束 ・・・ !?


カオ : そうよ、旅から帰ったら俺と立ち合い、もし俺が勝ったらこの道場を譲って引退するという約束だ。


ヤン : せ、先生は約束を破るような方ではありません。


カオ : そうか、そうならいいんだ、いいんだよ ・・・ 。


陳老人 : やはり旅へ出したのは失敗か ・・・ 。 技はさておき、心の修行まではしてこなかったようだな ・・・ !






カオ : ハハハハハ、その時ですよ、パキスタンの人食い虎が私の額に傷を付けたのは。 しかし右に左に体をかわしながら、機を見て思い切り虎の喉元にこの手刀をぶち込んだのです。


ヤン : 一発で死んだのですか?


カオ : 無論だ、ハハハハハ ・・・ 。


陳老人 : まあ、さてさて、もう料理はなくなったし、世も更けた。 この続きはあすにしましょう。 さあ、みんな、よい夢を!


カオ : お待ちください先生! 例の約束、今夜じゅうにぜひとも果たしていただきたいのですが ・・・ 。


陳老人 : 約束は守る! が、何せ年を取ると夜更かしが苦手でのお。 そこでだが、わしの代わりに飛鳥拳ではどうだろうな? まあ飛鳥さんの胸一つじゃが ・・・ 。


ヤン : 先生、それはむちゃです。 飛鳥さんは太極拳を始めてまだ1週間足らず ・・・ 。


陳老人 : どうですかな飛鳥さん ・・・ ?


飛鳥拳 : 何はともあれ答えは一つだ。 飛鳥空手は目の前の試合に背を向けることはできない。 飛鳥拳、この試合をお受けします!


陳老人 : 謝謝、飛鳥、ありがとう!


ヤン : 先生 ・・・ !






カオ : ヘヘ、不満だが、まあよい。 俺はこの道場をもらえばそれでよい、ハハハハハ ・・・ 。


飛鳥拳 : あなたの虎退治の話はおもしろかった。 まるで昔の私にそっくりだ。 


カオ : えっ ・・・ !?


ヤン : 先生 ・・・ 。


陳老人 : 心配するな、私は勝敗に関係なく道場はカオに譲るつもりだ。 ただ私はカオのために、私より強い男、飛鳥と立ち合わせたのじゃ。


ヤン : そんな! 1週間前、飛鳥は先生にまるで子供のように ・・・ 。


陳老人 : まだわからんか!? 私は修行する飛鳥を見て思った。 もし本当に強い男がいるとしたら、それは勝ち続ける男ではない。 一度の敗北で2倍も3倍も強くなれる男のことだ。 飛鳥はまさにそれだ。 わしにはよくわかる。 この1週間で飛鳥は龍になったはずじゃ。



 オリャーッ!  ウォーッ!



カオ : ほお、生意気に太極拳の動きを空手に取り入れておるわい、コヤツ。


飛鳥拳 : スピードにおいては陳先生以上だ。 よおし、相手に取って不足はない!



 トリャーッ!



カオ : ううん、コヤツ軽くあしらっておけば図に乗って、よおし、許せん! 虎のように喉元を引き裂いて殺してやる!



 トリャーッ!  ウォーッ!  ヤーッ!



飛鳥拳 : 殺意だ! 今の足蹴りは確かに俺を殺そうとしていた。 うむ、侮ったな、この飛鳥拳を!



 ウリャーッ!  ウォーッ!



ヤン : 先生、いけません! 二人とも互いに相手を殺そうとしています!


陳老人 : 勝負は 「 殺意を捨て、円の心に変えた者 」 が勝つ!



 ウォーッ!  トーッ!



飛鳥拳 : 円の心とは ・・・ !? まろやかな心なり ・・・ !



 ヤーッ!  ウリャーッ!  ヤーッ!



陳老人 : よく見ておけよ、ヤン! わずか1週間で太極拳の真髄を知り、そして龍になった男を!


ヤン : はい!




 陳老人は言った。 世の中に本当に強い男がいるとしたら、それは敗北から立ち上がり龍になる男だと! 飛鳥は今、長い放浪を終えて、日本の空へ向かう。 天翔ける龍のように ・・・ 。 


 

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