ご縁を感じる | *cherry*の日記  ~虹の架け橋~

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社会人4年生の長女「くーちゃん」のこと、高校3年生の次女「キキ」のこと、たまに乳がんのこと、 

日々感じること・・・   

思いつくままに書いていきます。

昨日は午前中、実家で税理士さんと打合せ。

姉も帰ってきてくれていたので、午後からは実家の整理。

 

といっても、こまごまとしたものばかり。

 

祖母の押し入れを整理していたら、祖父の思い出の品コーナーみたいな引出しがあった。

 

祖父(母方)はわたしが5歳のときに亡くなった。

まだ60歳だった。胃がんだった。

(母も60歳で乳がんで亡くなっている。私もがん経験者。こればかりは祖父や母の後は追いたくない。)

 

まだまだ現役だった祖父。

祖母も捨てられなかったのだろう。

 

まずは、これ。

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ライオンズクラブの帽子とピンバッジ。

私はライオンズクラブやロータリークラブと無縁な生活を送っているので、このピンバッジがどのような時にもらえるものなのか全くわからない💦

 

そして、仕事関係の色々。

診療所の薬袋や、急患往診用の駐車許可証、祖父が入院中の代診のお知らせの掲示物や、祖父が亡くなった後、医院を閉めるときに玄関に貼っていたのであろう掲示物などなど。

中でも目を引いたのがこちら。

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この管理はかなり厳密だったと祖母から聞いていたが、このような書類は初めて目にした。

中には冊子(ノート)が入っていて、薬の使用履歴・購入履歴、行政の承認印が押されてあった。

 

そして、本題のご縁の話。

 

こんな祖父の思い出の品々の中から名刺の束が出てきた。

仕事柄、たくさんあった名刺の中からこれはと思うものだけ残していた様子。

旅行社や旅館、陶芸の窯元などの名刺のなかに、とある学校の理事の方の名刺があった。

 

プライバシーの観点から、写真は載せられないが、どうやらその学校の学長さん。そして印刷された名刺に、「〇〇理事」と、わざわざ祖父の手書きで書き添えてあった。

 

なんと、この学校、キキがこの春に入学した学校。

 

私の卒業校でもなく、母の卒業校でもなく、祖母の卒業校でもないこの学校の理事をされていた方と、祖父が交流があったなんて。

そんな話聞いたこともなかったし、本当に驚いた。

どういう関係のお付き合いだったのかわからないけれど、わざわざ手書きで書き添えるということは、名刺交換した後もお付き合いがあると判断してのことだったのではと推察される。

 

入学式の時に、先生が、

「あなた方がこの学校を選ばれたのではなく、神さまがあなた方を選ばれてあなた方はこの学校に入学された」

ということをおっしゃっていた。

(もちろん、こちらが願書を出して入学試験を受けて、合格最低点以上とれたから入学できたわけだけれど、そういう意味ではなくもっと俯瞰的な話)

ほんとうにそうだなぁと実感した。

 

近々書く予定にしているキキの学校での様子の話にもつながるが、本当にこの学校に入学させてよかったと心から思う今日この頃。