白鬚神社の続きです。
安曇川駅に戻り、まず「中江籐樹・たかしまミュージアム」へ。
中江藤樹は、江戸時代初期の陽明学者で、近江聖人と言われた方です。
こちらに、貴重な資料と共に「ホツマツタヱ」の写本の複製があります。
「ホツマツタヱ」「フトマニ」などの写本の複製を閲覧させていただきました。
吉備真備公が、フトマニに、1180文字加筆をしたと、はっきり記され、三輪大臣スエトシの花押しも。感激ですよね。お写真パチリ。
さて、次は吉田神社へ向かいますが、途中「与呂伎神社」へ参拝しました。式内社です。
木々に囲まれた静かな古社でした。
こちらも「ホツマツタヱ」縁の神社です。御祭神は子守神・勝手神。
10文にも記載があります。
オオナムチが出雲を去って青森へ去った後(カシマタチ)、息子のクシヒコは、2代目大物主(当時の役職名)となり、ミホツ姫と結婚して賜ったのが、ヨロギの宮です。与呂伎神社ですね。
クシヒコの息子(幼名ヨロキマロ)は、3代目大物主となった、コモリです。
さて、ここから「吉田神社」へ。
琵琶湖、高島の周辺には、「吉田神社」が多いです。実は以前、間違えて別の場所の「吉田神社」へ行ってしまったことがありました。
今回は、古代文献「ホツマツタヱ」40巻が発見されたという、安曇川町四方木の神社へ向かいます。
しばらく歩いて、やっとたどり着きました!
「フトマニ」「ヲシテ」を学んできて、一度はお参りさせていただきたいと、ずっと思っていました。
光が満ちて、心もキラキラになれそうです。
さて、こちら、こちらが発見された御輿蔵ですね。
平成4年のことだそうです。
人生には、やっぱり、その時々のタイミングがあるのでしょう。
希望と夢を胸に、まだまだ学びと実践の道を進みたいと思います。
ご縁に感謝✨
お読みいただきありがとうございます✨


























