今年は午年。
9月1日〜、12年に一度の、鹿島神宮 式年大祭御船祭が執り行われます。
鹿島神宮へは度々お参りさせていただいていますが、この機会により深く学んでみたいなぁ…と。
鹿島神宮の御祭神タケミカツチは、ホツマツタヱの記述によれば、身長十六タ。当時の平均身長は、八タ(ヤタ)。一般の民の2倍だったそうです。
右大臣(剣の臣)、出雲のオホナムチが慢心してしまったため、右(カ)の締り(司)を断つ…右大臣の役職を解任するために、フツヌシのお供で出雲に向かいます。「カシマタチ」の使者ということです。
この時、重鎮としてフツヌシが使者に推されましたが、タケミカツチは自ら名乗り出て、共に行く事になりました。
タケミカツチは2本の剣を持っていました。
「カフツチのツルギ」(アマテルカミから賜った)と「カナイシツチのツルギ」です。この「カナイシツチのツルギ」は地震を鎮める力があったとか。
出雲(当時は、キヅキタイシャ)にて、ミヤの前に「カフツチのツルギ」をさし立てて、オホナムチに降伏するか否かを問います。
この時、オホナムチの息子の1人、タケミナカタは闘いを挑みましたが、タケミカツチに惨敗して信濃の湖まで逃げました。追いつめられて「スワ!」(一大事!)と言ったことから、諏訪湖という名前になったとか。
結局、オホナムチは従順に従い、出雲から現在の青森、石木山に移りました。
この「カシマタチ」の働きで、タケミカツチは、「カシマカミ」の称号を授けられたそうです。
※ホツマツタヱ 10アヤ
「カシマタチツリタイノアヤ」より




