簡単クッキング
いつも面倒な気分で家事をこなすが、今日は特に駄目で、自炊は手抜きを極めた。
もやしを洗い、丼に入れごま油を適量に掛ける。
それを電子レンジで温める。
もやしの支度前に2つの鍋に水を張り湯を沸かす。
沸いたらラーメンを茹でて、片方の鍋はラーメンに付帯されたスープの元を溶かすお湯でもやしの上へ麺をあげて、スープの元を掛けて熱湯も掛けて出来上がり。
正直なところ、こうやって文字に表す作業の方が時間を費やさせている。
何だ貧相な食事ではあるが、袋一杯に入ったもやしを全部使うと大した量で食べがいがある。
今日で冷蔵庫に納めた麺は尽き、明日はご飯を炊くつもりだが、一時期をして似たものばかりを作る億劫人間であり、明日はもやしご飯と聞くに貧相な献立の予定。料理ですらない感じの手応えはある。
久しぶりにもつ煮込みを作りたく思う。
作って酒を持ち寄り、隅田川沿い桜並木へ満開を待って行こうかな。
今日は寒く、まだつぼみのうち人は居ても主人は居らず。
もやしを洗い、丼に入れごま油を適量に掛ける。
それを電子レンジで温める。
もやしの支度前に2つの鍋に水を張り湯を沸かす。
沸いたらラーメンを茹でて、片方の鍋はラーメンに付帯されたスープの元を溶かすお湯でもやしの上へ麺をあげて、スープの元を掛けて熱湯も掛けて出来上がり。
正直なところ、こうやって文字に表す作業の方が時間を費やさせている。
何だ貧相な食事ではあるが、袋一杯に入ったもやしを全部使うと大した量で食べがいがある。
今日で冷蔵庫に納めた麺は尽き、明日はご飯を炊くつもりだが、一時期をして似たものばかりを作る億劫人間であり、明日はもやしご飯と聞くに貧相な献立の予定。料理ですらない感じの手応えはある。
久しぶりにもつ煮込みを作りたく思う。
作って酒を持ち寄り、隅田川沿い桜並木へ満開を待って行こうかな。
今日は寒く、まだつぼみのうち人は居ても主人は居らず。
嘘八百
ブログネタ:エイプリルフールに嘘つかれても怒らない? 参加中エイプリルフールに楽しそうに嘘を吐く人と会ったことが無い。
最近のご時世、エイプリルフールに関わらず嘘が横行しているらしく、あまり他人事で興味は無いが暴こうと必至になる人もいる。
この、本当と嘘のもたらす影響は馬鹿に出来ずメディアの進退へ大きく作用する。
今ならば、北朝鮮のミサイル問題であり、あのミサイル自体の存在は本当でも打ち上げる目的は本当なのか嘘なのか、時の流れにならいて軍事か民事かどうも不透明。
結局のところ、理解に苦しむのは本当、嘘ではなくて「こうだろう、ああだろう」と勘繰らせることの意地悪さ。
利権抜きに誰かは怒っている。
話は戻り。
嘘でも許されるのはユーモアがあることと思う。
「嘘から出た実」という言葉、これは自分解釈で希望的観測が実現して欲しいという願い。
誰かの傷付く嘘が事実に化けるなんて、ナンセンス。
そうは言ってみたものの、ある程度嵌められると「この野郎が」くらいには思い、嘘は人の度量が見られないと吐き難い。
さじ加減で怒り、笑う、阿修羅の如く。
鼻唄 ~そしてアカペラへ~
ブログネタ:つい口ずさんでしまう歌は? 参加中米を研ぎ、味噌汁を作り、おかずを焼き、煮て、炒める。
出来上がりまで音の無い世界でひたすら作業で、ラジオかCDコンポを持ってくる案はあったがまた元に戻す手間が壁で実現に至らない。
料理に従事をする間は余計なことをあまり思わないが、鼻唄は真面目と真面目の隙間から弱々しくもなく半ば強引な感じで出ている。
その強引さはレンジにかけたじゃがいもに覆ったラップをはがし皮をはがす、気を抜けば火傷がすぐそこの状況にて鼻唄が出る。
何故かその時に「昴」だ。目を閉じて何も見えないと口ずさむが、じゃがいもを凝視しながら宿命の星を感じる。
そんなわけは無くて、「キューピー三分間クッキング」の様な軽快なリズムが欲しい。
そこで出てきたものは「スリラー」でリズムは文句無しだが、曲がよくわからず出だしをひたすらループの候う。
十回も巡ればさすがに飽きる。
のっていれば楽しいが冷めると苦痛の諸刃で、そんなことを忘れて気持ちが良いのは銭湯の洗い場が一番で、詩吟、童謡、ロックだろうがゆっくりとした曲調がお湯の流れとよく合う。