短く、1つだけ。

普天間移設の当事者であった自民党の谷垣総裁と、今の当事者である鳩山首相の討論は、現実と理想(はっきり言えば妄想)の対決であり、全く噛み合わなかった。

…報道ステーションがどう編集しても全く擁護できなかった鳩山首相の答弁は規格外でした。
理解不能で意味不明なあの答弁を聴いたとき、怒りや笑いを通り越して感情が冷えました。
先月の話になりますが、初めて集会とデモに参加しました。

労働組合の、です。

ご存知の方も多いと思いますが、この手の組合は憲法9条や権利といった言葉が大好きで、自民党(旧政権を構成するもの全て)や大企業といったものが大嫌いです。
「9条を無くすと戦争になる」だの「大企業は内部留保を吐き出せ」だの、本気で徹底的に反論してその欺瞞を打ち崩してやろうかと思いました。
(正直、何のしがらみも無いなら、講演者が拍手喝采で得意満面になってる所でマイクを取ってその嘘を暴いてる所です)

…という感想を終わった後で父に話したのですが、
「大体みんな真面目に聞いてなくて、付き合いで参加しているのがほとんどだよ」
と言われました。
実際、自分が参加した理由も単に数合わせでしたのでそれは分かりました。

そこで思ったのですが、政治に対する関心・意識の違いは「温度差」のように混ざり合えるものなのか、「水と油」のように混ざらないものなのでしょうか?
今の自分には見分けられません。

(ここから先は愚痴です)
完璧に反論できる「あちら側」のプロパガンダを延々何時間と黙って聴かされるのは、はっきり言って苦痛でした。
ついでにデモといっても、のぼりとかを持ってただ歩くだけでしたから、主催者側の自己満足以外に意味があるのかと。
そんなのでも「あちら側」が嫌いなものへのマイナスイメージだけはちゃんと残るから嫌になる。

次は「こちら側」の集会に参加したいものです。
今日のTVタックルのゲストは麻生さん。
これはネタにするしか!

(視聴中)

…ああ、やっぱり。
あそこまで支持率が下がった麻生さんを何で支持していたのか再確認した。
考えている事や言っている事、やろうとしていた事の理由が理解できるから、支持率関係なく応援していたんだ。
そう考えると、イメージや印象の力がどれほど強く、恐ろしいものかが実感できる。

「都合の良い」幻想に振り回さず、自身の利益を失わないためには、しっかり考えるしかない。