“yoshimi friends”~ よしみ と ともちゃん ~あなたに“可愛い”をお届けします~ (^-^)/♪ -5ページ目

“yoshimi friends”~ よしみ と ともちゃん ~あなたに“可愛い”をお届けします~ (^-^)/♪

yoshimiから、あなたにたくさんの”可愛い”をお届けします。
“可愛い”作品と日々の日常を綴りながら、あなたを幸せな笑顔に~(^-^)/♪


※エジプト南部ルクソールのセティ1世の墓の天井、「北天図」と呼ばれる星座を表した彩色画。



あの『絶世の美女』として知られるプトレマイオス朝最後の女王クレオパトラ7世 (紀元前69年~紀元前30年) の死によって、独立王国としてのエジプトは終焉を迎えたのショボーン汗汗アウグストゥス(ローマ帝国初代皇帝在位紀元前27年~紀元後14年)は事実上、エジプト王として君臨、ローマ帝国の属州となったエジプトは重要な穀倉地帯となり、毎年莫大な量の小麦がアレクサンドリアからローマに積み出され、ローマ市民の食糧として提供されたの爆笑あせるあせるそれは皇帝権力の根源ともなった。その結果、アレクサンドリア※1は、かつての地中海世界の中心的役割が薄くなり、ローマにその地位を奪われ、ただ重要な貿易港として在り続けるだけだったのチューダウンダウンこのようにエジプトはローマに搾取されていたが、歴代のローマ皇帝は、王朝時代から連綿と続く古代エジプトの伝統を尊重し、神殿や神官(ヒエログリフを読むことができた)は保護されていたの爆笑アップアップ


※アレクサンドロス大王(ギリシャ生まれ、エジプトファラオ在位紀元前366年~紀元前323年)が紀元前331年にエジプトに建設したプトレマイオス朝の首都。ヘレニズム文化(古代ギリシャ、古代オリエントの融合)の中心都市として繁栄。


紀元後312年、ローマ帝国の属州であったエジプトもキリスト教国となり、エジプトを支配するようになった。キリスト教徒(コプト教徒…主にエジプトにおけるキリスト教徒)達は、異教徒の先祖達が残した神殿を次々に破壊するかまたは教会に改変した。そしてヒエログリフも異教徒の産物として忘れられたのチューダウンダウンその遺産破壊行為は休むことなく徹底的におこなわれた為、ヒエログリフを解読する手がかりを取り戻す機会はほとんど失われてしまい、その後1,500年間、フランス人のジャン・フランソワ・シャンポリオンが解読に成功するまで、世界最大の文明の1つとされるエジプト文明の生んだ文字を読める者は、ひとりとして存在しなかったチューダウンダウン 


ギザのピラミッドについて遺された古い物といえば、書記メンチュヘルが刻んだラメセス期 (第19王朝紀元前13世紀頃) の石碑しかないし、第18~19王朝(紀元前1543年~1187年頃)時代の教養ある書記達は、『観光客』としてギザのピラミッドに訪れ、感嘆の言葉を落書きとして無数残したと推測されているが、ピラミッドを覆っていた上質な石灰岩の化粧石とともに消えてしまったのショボーン汗汗古代エジプト最古の葬祭文書であるピラミッド・テキストはギザの3大ピラミッドでは見つかってないが、サッカラ※にあるピラミッドの内、およそ10基の玄室の内壁にピラミッド・テキストが刻まれているの爆笑アップアップ


※エジプトにある広大な古代の埋葬地であり、古代エジプトの首都だったメンフィスのネクロポリス (墓地または埋葬場所)だった。多数のピラミッドがあり、現在のカイロから南に30kmほど行ったところにあり、7km×1.5kmほどの領域をサッカラと呼んでいる。


ピラミッド・テキストが初めて現れたのは、第5王朝最後のウナス王(紀元前2350年頃)の玄室および前室である。葬祭文の集大成とも言えるこの文書が、このような長々とした形に練り上げられるまでには何世紀もの時間が必要だったのであろうニコニコ音譜音譜その重要性を考えると、ウナス王の前の王達、『クフ王』、『カフラー王』、『メンカウラー王』といった第4王朝の偉大な王達が手元にそうした葬祭文を持っていなかったとは考えにくいし、おそらく、死者の書(冥福を祈り死者と共に埋葬された葬祭文書)にあるような定型文を記したパピルスの巻物を持っていた可能性が高いの爆笑アップアップ


ピラミッド・テキストは明らかに太陽神の支配する天空の領域に力点を置いており、このことから学者達は、ピラミッド・テキスト集成の大部分が考案され定式化された地はへリオポリス(カイロ近郊に存在した古代エジプトの都市。名前はギリシア人によって名付けられたものでギリシア語でヘリオスの町=太陽の町という意味。)であろうと推測されているのるの爆笑ラブラブラブラブ王は神々の広範な家族に加わる。実際のところ、王の死と再生とは帰郷に他ならない。王は太陽神の船に乗り、冥界の天空と様々な原を旅する。あるいは王は、ハヤブサ、トビ、またはガチョウとなって天空へ飛翔するか、バッタとなって跳ね飛び、あるいは、風やあられ混じりの嵐のような自然の力の助けを借りて昇天する。王の行き着く先は、昼と夜の天空であるが、これは王が北の不滅の星々の中に加わるからである。亡き王が『オシリス』と同一視されているように、ピラミッド・テキストもまた、来世の持つ地下の冥界としての側面を提示しているの爆笑ラブラブラブラブ


参照・参考

◎ 創元社 「ギザの大ピラミッドー5000年の謎を解く」… ジャン=ピエール・コルテジアーニ  著、 吉村作治   監修

     ・創元社  「図説 大ピラミッドのすべて」ケヴィン・ジャクソン   著 、 吉村作治   監修

     ・株式会社 雄山閣  「古代エジプト全史」河合 望   著

     ・翔泳社  「天空の蛇  禁じられたエジプト学」 ジョン・アンソニーウェスト   著  

    ・東洋書林 「図説ピラミッド大百科」 マーク・レーナー   著

    ・ガイアブックス  「古代文明の世界大図鑑」ドミニク・ラズボーン博士 編集

◎Web

    ・アレクサンドリアの興亡The rise and fall of 

             alexandria

    ・ エジプトー世界史の窓  

    ・ 聖家族のエジプト逃避

    ・ ウィキペディア

    ・ カラパイア


本当にありがとうございました<(_ _*)>


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『だんな、絵が出ました!』人夫頭※1 “ハムザ”が言ったの爆笑ベルベルエジプト考古学の第一人者吉村作治先生が、ルクソール※2西岸のマルカタ南地区の発掘をはじめて3年目。マルカタ南地区は、正式にはデイル・アル=シャルウィートと呼ばれる地域で、グレコ・ローマン時代※3に建てられたイシス神殿がある。1971年度からの3年間、文部省からの科学研究費助成金の支給期間終了までの残り数ヶ月に迫ってきた爆笑ダウンダウンこの辺で何かを見つけないと、今後、続けられるかどうかわからないなぁ』と昨夜、吉村先生の恩師、初代隊長、当時早稲田大学、考古学専攻、川村喜一助教授と話をした矢先の出来事であった。“ハムザ”から『実はあの小高い丘は現地人の間では、コム・エル=マサック「魚の丘」(魚が埋葬されていた)と呼ばれていてあやしい丘なんです。どうか掘らせてくださいよ』との申し出にオーケーしたの爆笑ベルベルこの話は、数日前にも“ハムザ”と土地の有力者“ホスニィ”が揃って吉村先生のところに来て薦めたことで、その夜のミーティングでは、スルーされてしまった話なの爆笑ダウンダウン1974年1月14日、小高い丘を堀りはじめて数十分後、なんと絵がでたのびっくりラブラブラブラブさらに掘り進めると極彩色の絵の描かれた彩色階段が現れたのびっくりラブラブラブラブさらにさらに掘り進めると、方形の泥レンガでできた基礎部分がでてきたの爆笑チョキチョキどうやらこの遺跡は、彩色階段を伴う、泥レンガでできた建物であり、当時は鮮やかな色彩の文様で装飾されていたと考えられたの爆笑ベルベルそのニュースは、世界中に伝えられ、日本の大新聞も大きく取り上げてくれ、中には「ツタンカーメン王墓発見以来の快挙」という過分な賛辞もいただいたの爆笑ベルベル

どえらいものを見つけてしまった!!

明けて1975年1月7日には、その遺跡の場所から『ネブ・マアト・ラー』というカルトゥーシュ※4が刻印された泥レンガが出土したの爆笑ラブラブラブラブなんとその建物の施主が『ネブ・マアト・ラー』すなわちアメンヘテプ三世※5であることが分かったの爆笑ラブラブラブラブそして、発掘調査も既に5次を数え、そろそろ恒久的な宿舎を建設しようではないかという気運が生まれルクソール西岸に発掘拠点である‘’ワセダハウス‘’が1976年12月に見事完成爆笑クラッカークラッカーその後も何もかもが順調に進んでいた矢先、1978年12月、恩師川村教授が48歳の若さで逝去された。川村教授を失い、これからどうしていいかわからず悲劇的な状況であったが、吉村先生のこれまでの大変な努力と苦労、紆余曲折の末取得した発掘権、この発掘を自分たちの代だけでなく、定着させ、後の世に受け継いでいってもらうために頑張るという川村教授との固く誓った約束を守るため悲しんでいる暇はなかったのえーんアップアップそして早稲田大学当局をはじめ、多くの方の支援のお陰で、無事調査は継続され、今現在一度の中断もなくエジプトの調査が行われているの笑い泣きアップアップ

※1…にんぷがしら…力仕事に従事する労働者の親方。エジプトでは、エジプト人が、発掘作業を行う。発掘現場での仕事はエジプト現地で雇った人夫たちが行う。発掘現場での仕事は村人たちにとって貴重な現金収入の道であった。

※2…エジプト南部、古代エジプト王朝の新王国時代(紀元前16~11世紀にかけて)にテーベと呼ばれ、首都として栄えた。この町はナイル川中流域に位置する。日が昇る方角であるナイル川の東岸には、カルナック神殿やルクソール神殿など生を象徴する建物が、日が沈む方向のナイル川西岸には死を象徴する、王家の谷や王妃の谷などがある。王家の谷にはツタンカーメン王の墓がある。

※3…美術史上、古代ギリシャからローマへの過渡期の時代。紀元前140年頃~紀元後300年頃。

※4…古代エジプトで使われていたヒエログリフの文字(記号)の1つで、ファラオの名前を囲む曲線

※5…ナイル川西岸に広大な王宮を営んだことでも知られ、ツタンカーメン王の祖父であり、古代エジプト第18王朝の王(在位紀元前1417~1379)、トゥトモス三世以来続いたエジプト最盛期の最後の時代を治めた王。







 1986年6月、   ドリルで穴を開けるフランス、オペラシオン・ケオプス・チームの隊員、ジャン=ピエール=バロンさん。なんと許された3つ目に掘った最後の穴から、大量の“謎めいた”砂が溢れだしたのびっくりアップアップ それまでピラミッドは石だけでできていると思っていた専門家は感動したとともに世界中に事実が漏れてしまい、当時大ピラミッドは、人類の宝、貴重な古代遺跡を傷つけたことで非難が集中、その結果フランス隊の調査は中止に…そして表には出なくなってしまったガーン ダウンダウン

事態を収拾しようとしたエジプト考古庁は、遺跡を傷つけない方法で日本に調査を依頼したの爆笑音譜音譜そして1987年1月、吉村先生率いる日本調査隊の非破壊で科学的な調査が進んだの爆笑ラブラブラブラブ地中浸透レーダー※1を使用してフランス隊の発見した空間と同じ所に空間を認めたことにより、この騒動は一段落したの爆笑ラブラブラブラブ。フランス隊が砂を発見したのを一歩進めて、日本チームは顕微鏡で分析し、それがピラミッド周辺の砂ではないことを知った。ギザやサッカラの砂の成分は、大部分が方解石※2か、その他の鉱物だ。問題の砂はほとんどがまじりけのない石英※3で、地元の砂よりも粒がかなり大きいの 爆笑ダウンダウン古代の建造者たちが、わざわざ運んでくるほど、その砂には特殊性があったのだろうか…ピラミッド内部における、その役割は何だったのか… 爆笑はてなマークはてなマーク

※1…GPR:Ground Penetrating Radar…高周波の電波を地中に発信して、受信機が戻ってきた信号を処理して、地中に変則的なものがあるかどうかを測定する。

※2…炭酸カルシウムの鉱石。石灰岩の主成分鉱物で、鉱石として扱われる場合は、石灰石、石材として扱われる場合は、大理石と呼ばれる。

※3…二酸化ケイ素23(SiO2)が結晶してできた鉱物。六角柱状のきれいな自形結晶をなすことが多く、ガラスのようなつやのある鉱物。中でも無色透明なものを水晶と呼ばれ珍重された。

さらに日本調査隊によって、今まで知られてなかった部屋の存在が次々と明らかになったの爆笑アップアップ 大ピラミッドに地中浸透レーダーを入れ、水平通路、女王の間、大回廊、王の間を探査したの爆笑アップアップ 特に水平通路の下には部屋があること、また女王の間に通ずる水平通路は現在あるものと平行して、両側にもうひとつあり、その先に女王の間と同じ構造をした部屋があることが分かったの 笑い泣きクラッカークラッカー これらの成果を公表してひとつひとつ確かめようとしたが、やはりエジプト国民の感情『大ピラミッドは人類の宝、よって何人も手をつけてはならぬ』という考えにより今日まで手付かずの状態なの ショボーンダウンダウン

※引用、参照させていただいた、goo辞書様、本 平凡社様 吉村作治 著『エジプト発掘30年』、web 日本国語大辞典様、web 阪急交通社様 世界遺産~The World Heritage,~、Wikipedia様、本 創元社様 ジャン=ピエール・コルテジアーニ 著、吉村作治 監修 『ギザの大ピラミッド~5000年の謎を解く』、本 朝日出版社様 吉村作治、栗本薫 著 『ピラミッドミステリーを語る』、ソフトバンク クリエイティブ株式会社様 ボブ・ブライア、ジャン=ピエール=ウーダン 著『大ピラミッドの秘密』、web 日本学術振興会様、早稲田大学文学部ニュース様、IFSA向学新聞様、web RAMESESⅡ様 『エジプト旅行記 2004』、WASEDA ONLINE様、本当にありがとうございました<(_ _*)>

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大ピラミッドを訪れる旅行者たちの大多数は、内部に入っていかないチューダウンダウンエジプトの団体ツアーはたいてい旅程があわただしく爆笑あせるあせる大ピラミッドの周りをぞろぞろ歩いたり、車で移動してピラミッド群のパノラマ写真を撮ったり、そして車で移動して、スフィンクスや河岸神殿を観に行くことになったり爆笑音譜音譜 ラクダ🐪に乗らせてもらったりと、ガイドさんも「あまり時間がありません。次々移動しなくては」が常套句であったみたいなの爆笑アップアップラミッドに入るのに、ピラミッド内部の湿度を一定に保つため、一日百枚限定の特別入場券を、わざわざ買ってまで入る観光者は、本当に珍しかったの笑い泣き汗汗

そんな中、1986年、ピラミッド内部を訪れたフランス人旅行者2人、設計技術者のジル・ドルミオンと建築家のジャン=パトリス・ゴワダンが、王妃の間へ続く低い通路でうずくまっていたとき妙なことに気づいたのびっくりびっくりひらめき電球その通路は、だいたい幅1.1メートル高さ1.2メートル、長さ30.5メートル、磨いた石灰岩ブロックでつくられているのチューチューダウンまなく知り尽くされたと思われていたピラミッド内部に、4500年間も秘匿とされたままになっていた一室があるという証拠らしきものを、そこに積まれた不自然なブロックの積み方※から発見したの爆笑爆笑クラッカー

※どんな文化圏だろうと、どんなレンガ塀を見ても、安定させるため上段のレンガはその下の段のブロック2つにまたがって載るというおなじみのパターンになっている。だが、そこはブロックが、下のブロックのそのまま上に重ねられていて、ブロックの継ぎ目がプラスの形を作っていた。大ピラミッドでそんな積み方をしているのはこの箇所だけであった。


二人の興奮は冷めやまずチューチューメラメラ、隠し部屋の発見と、そこに眠るクフ王の財宝宝石赤宝石赤宝石赤を発掘するという大きな夢をいだいてフランスに帰ったのラブラブロケット今だったら発掘は、学術的権威のある大学研究者でなくてはならないが、1980年代は発掘に関する規制が今よりもずっと緩かったのグラサングラサンチョキ彼らはプロフェッショナルであり、りっぱなプロフェッショナルな知り合いもいたので、2人はすぐにオペラシオン・ケオプス (クフ計画) というチームを編成した。アマチュアのチームながら、彼らのプロジェクト計画はりっぱなものだった。ブロックを一つも動かさずに、ピラミッドの非破壊検査をしようとし、精密重力測定という技術を活用している会社の協力もとりつけたの爆笑爆笑ラブラブ

質量あるものは何でも、万有引力をもつ。よく知られてるところでは、月の引力が地球の潮汐 (潮の干満) を引き起こすという現象があるニコニコベルベル大ピラミッドに組み込まれた石材ブロックの引力を、精密重力計 (マイクログラビメーター) という非常に感度の高い装置で検出することができる。二人はフランス外務省の後援を得て、エジプト考古庁に遺跡を調査するための許可をとり、オペラシオン・ケオプス・チームはさっそくエジプトへでかけていったの爆笑チョキチョキそして、ピラミッド全体の上から下まで、四方の側面からくまなく、何千という精密重力測定記録をとり、かつてなかったほど詳細な図面を作り上げた爆笑チョキチョキ彼らは、フランスへ戻ると、スーパーコンピューターが何千という精密重力計の測定値を分析し、ピラミッドのX写真に匹敵するものを何百枚とプリントアウトした。確かに、王妃の間へ続く通路の西側壁、あの普通とは違う積み方をされたブロックのまさにその奥になんらかの空洞があるようだったの爆笑クラッカークラッカーエジプト考古庁は、非常に興味深いものだったので、フランスチームに対して、隠された部屋に達するかどうか、壁に小さな穴を3つあけてみることを許可したの爆笑音譜音譜そして、さっそく3つの穴をあけてみたの……つづく爆笑アップアップ

P.S.その後2003年、大ピラミッド建造方法の研究に没頭したフランス人建築家ジャン=ピエール・ウーダン氏は、オペラシオン・ケオプス・チームと面会した。そのチームの一員、ジャン=ピエール・バロン氏がピラミッドを上から下へと計測したときの奇妙なことを思いだした。ピラミッド上方84メートルあたりの北東の角にノッチ(切れ込み段)があった。そのサイズは各辺が2.15メートル※、つまり正方形だった。さらにノッチのそばの穴に、砂漠のキツネ🦊が姿を消すのを見たのだ…爆笑

※古代エジプトの用語に置き換えると、5平方キュービット。いかにもエジプトらしい寸法。キュービットとは、その地におけるキュービット、エジプトでキュービットを表す象形文字は『肘』そのもの。ピラミッドもキュービットを基準にしてつくられている。その長さを精密に測定した結果、長いキュービットは王の腕から、短いキュービットは人民の腕からと2種類使われていた。

※引用・参照させていただいた、ソフトバンク クリエイティブ株式会社様 本 『大ピラミッドの秘密-エジプト史上最大の建造物はどのように建築されたか- (著者 ボブ・ブライア―、ジャン=ピエール・ウーダン)  、朝日出版社様 『ピラミッド・ミステリーを語る ハイテクで知る5,000年の謎(著者 吉村作治+栗本 薫) 、Wikipedia様、YouTube様、本当にありがとうございましたm(_ _)m



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