ある朝、目が覚めたら…『靴下』になっていた。

若い女性向けの可愛らしい靴下なら嬉しかったのに、何の飾り気もないグレーともベージュともいえんボケた色の紳士物だった。

おまけにあろうことか、オレの持ち主は中年サラリーマン…

はぁ…

出来ることならこのまま履かれることなくタンスの肥やしで一生を終えたい…


チッ…オレに気づきやがった、乱暴につかむなよ…

おいおいまだプラスチックの留め具が付いてるんだよ!
ったく…

わぁ~~お!?
な、なにすんねん…
留め具の端持ってグルグル回して…

ブチッ!

あ~~れ~

ドサッ…

ら、乱暴な取り方しやがって…だから男はキライなんだよ。


まてまて!?
テメェ夕べ風呂入ってちゃんと足洗ったろうな…指の間とかも…

な、なんだよザラザラじゃねえか!水虫じゃねぇだろうな!?

うっ…
チクショウ…
ちょっとズレて小指の横が気持ち悪くなるようにしてやる!
エイッ!!

フッ…

急いでる朝じゃ直してる間がないだろう。
靴履けば余計に気になるぜ。
今日一日気持ち悪がってオレの存在を意識しろ!
し、しまったオレはあの臭い革靴の野郎とべったりチークダンス…いや…もっと触れ合うランバダ!?
さ、最悪だ~orz


……………………………
そうそうたまには靴脱いで解放しろ…
小指の所気持ち悪いからってゴソゴソ指動かすなって!くすぐったいよ…
手でひっぱるなり履き直すなりしろよ、もう意地悪しないからよぉ…

……………………………



う~…
コヤツまだ仕事の後呑みに行くヤツじゃなくて良かった…
真っ直ぐ家に向かってるよ…


はぁ…やれやれ…
そうそうもう靴下脱いじゃって下さい!

うぉ~い!(江頭2:50風)
なにしてくれるの!?
台所の床にこぼれた水拭いて、洗濯機のパンツの野郎の上にポイッかよ~…

はぁ…
泣けてくるねぇ…



…………………………



靴下…もうちょっと大事に扱おう…
今度、カラフルでお洒落なヤツ買ってこよう!
カッチカッチ
カッチカッチ…

いつからだろう、聞こえるようになったのは?…

秋の夜更け、虫の合唱が盛り上がる♪
時おり吹く季節を運ぶ一陣の風に一瞬、静寂が訪れる…

ヒュ~~~~
………

すると虫たちの合唱を誘うようなメトロノームのような音が…

カッチカッチカッチ…


それに合わすようにまた一斉に虫が鳴き出す。

リーンリーン
ガチャガチャ
スィーッチョン
コロコロ
リリリ…

それでも昔に比べればこの田舎も虫が少なくなったか!?…

鳥や蛙、水辺の昆虫…
もう見る事のない種も…

自然環境が悪くなったのだろう…



チッチッチッチッ…

秋も深まり虫の声も弱々しくなったある夜…

あの音は短い間隔で聞こえるようになった。

チッチッチッチッ…

時計の秒針のような…

それにしてもどこから聞こえてくるのだろう…

地面?…
まるで地中に大きな目覚まし時計を埋めたような…

なんとなく命の時間を刻んでるようでイヤな感じがした。
テレビをつけてまぎらわそう…
折しも環境問題の話題が始まっていた…
大気汚染、二酸化炭素、温暖化、異常気象…
地球は疲弊している…


原発事故による放射能汚染の話題も…

と、その時…
あの音が変わった…

チチチチチ…

なんだか更に短くなった…

そうそれは時計というよりも
まるで時限爆………………………………………………………………………
いやな予感がしてたんだ。


朝から靴下をずれてはいて小指の所が気持ち悪かったり、
自動改札に引っ掛かったり、
こし餡だと思ったらつぶ餡だったり、
割り箸が妙な形で割れたり、
口内炎が出来たり、
咳したらドアに頭ぶつけたり、
会社の窓から見た雲が変な形になったり、
社会の窓に引っ掛かったり…

思い出す悪い前兆は数えきれない…

とどめは課長からの仕事。
「明日朝の会議までに間に合わしてくれ!」
まぁコレは覚悟してたが…
家に持ち帰って徹夜だな…


独身貴族、気楽なもんさと思っていたら…
なんやかんやとややこしい仕事はみんなこっちに回ってくる…

私鉄の線路近くの安アパートの二階の部屋に帰るとすぐに小指の気持ち悪い靴下を脱いで、うがいしながら口内炎を確認した。

時間短縮、コンビニ弁当で夕食すませ、ひとまず休む。
夜に仕事する時はその方がイイ。

集中する時はやはり静かな方がイイ。
夜も更け街の喧騒も消え、さぁやるか!
と思ったら…

ガガガ~
ガチンガチン…
ガガガ~

夜中に工事?
あぁ鉄道の方か…
そういや回覧板で回って来てた、ご迷惑おかけしますって…
よりによって今夜かよ…
参ったなぁ…
普段閉めない雨戸とカーテンを閉め…
「ええい、うるさい!音よ消えろ!!」
と叫んだところでどうにもならん…
素人考えの思いつく事を全てやって、なんとか仕事に集中した。


ふと目覚めるとまだ暗い!?いやいや雨戸だ…
慌てて時計を見る!
良かった大丈夫。
いつも通りで朝の会議に間に合う。
肝心の仕事は?…
OK!どうやら集中出来たようだ。
何だか今日は気持ちイイぞ。
いつも賑やかな線路沿いの道からの学生の声や車の音がしない…
あっ雨戸閉めたままだしなぁ…

それにしても静かだなぁ…
まっいっか…
気にせずサッサと着替えて玄関へ。
昨日脱いだままの位置の靴に合わせて後ろ向きで靴を履きそのまま外へ。
タンタンターンと鉄製の階段を降り…
ん?
音がしない?
革靴のかかとで階段を蹴ってみる…
ん…
えっ?
何?
……
そういや天気予報見るのにテレビつけたが何も聞こえなかったような…
朝食は牛乳をレンジで温めてだがチンて鳴ったっけ?
いつもうるさいカラスの鳴き声もしない…
た、大変な事が起きてる?

あっ
昨日…
「音よ消えろ!」
なんて言ったから…まさか…

いやいや違うって
そんなばかな…
と、とりあえず会社に行こう。

線路沿いの道を急いだ。
いいじゃないか!?
うるさい管理人の「燃えないゴミは火曜!」
ってのが聞こえなくていいじゃないか…
隣の部屋のニイちゃんの下手なギターも聞こえなくていいじゃないか…
おふくろからの電話で「あんたそろそろイイ人いないのかい?」って言われずにいいじゃないか…
近所のガキんちょどもの奇声が聞こえなくていいじゃないか…
…いや…そんな事はない…
耳の不自由な人の事考えれば…
少しは気持ちはわかっただろうか!?…

まてよまてよ…
歩きながら原因を考えた…
アパートに帰った時は異常はなかった、線路の工事の音が聞こえていた…
雨戸を閉めカーテンを閉め…
あの後、仕事に集中した時は自分の意識的に周りの音が聞こえなかっただけで…
起きた時にはすでに…
ひょっとしてコレ…夢?…

…んなわけないんだなぁ…
周りの様子は?…
みんな慌ててるような…
でも毎朝こんな感じか!?…
駅まで行けば誰かと話せ…いや…何かは意思の疎通をはかれる…


しばらく歩いて線路を渡った側に駅舎がある。
ん?
踏み切りの向こうの道で人だかりが…
あっ
事故だ!
やっぱり音の無い世界になって危険なんだ。
みんなパニックになるぞ!
慌てて人だかりの方にかけよった…

キキー
ドン!

激しい衝撃と痛みが…
その時…
乾いた空気の音とともに人の声が右から…

「大丈夫ですか?…」

良かった聞こえる…
元に戻ったんだ…

ガヤガヤ…
ザワザワ…

「…ぉい、どうしたんだ…」
「…この人が急に飛び出して来て…」


薄れゆく意識の中で…
左耳に手をもっていった…

そうか…
コレか!?


手には小さな黄色い耳栓が…