親の介護を突きつけられた日③ | Defect Protection

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アラ還兼業主婦且つ夫が急逝して突然未亡人です。
メガレンジャーと岡田准一さんが推しです。V6箱推しだったので今は岡田一門でアイビーでわんふーです。興味のあるものがあちこちにあってとっ散らかってるごった煮な感じのブログです。

 ①がこちら


 ②がこちらです


 

妹が生まれた頃、父は今で言うリストラにあいました

オイルショックのせいです

父が無職になったのでそれまで以上に貧乏になりました

母も臨月まで仕事をしていましたが、出産のため仕事はやめました

収入源が絶たれたんです

(いわゆる縄暖簾みたいなお店を経営していました

自宅でお店を開店したのは私が中1の頃です)

 

私は当時中学2年だったのでけっこういろいろ覚えています

1年間父は無職でした

いろいろ就職活動はしていたようですが・・・

そして得たのが定年まで働いていた職場でした

営業で全国をまわるため、ホテル住まいで長期出張みたいな感じです

家にいる期間は1年のうち合計1ヶ月もなかったと思います

 

 

もともと夜の仕事をしていた母は朝寝坊でした

離婚後は朝ご飯も作ってくれないので少4の頃から朝ご飯と夜ご飯を

私が用意して弟にも食べさせてました(これは妹が生まれるまで続きました)

お財布を預けてくれていたことだけは助かりました

それと中学になったら自宅で母が店を始めたので厨房へ行けば何かしら食材がありました

それを使って調理して食べられる様になった時は幸せだと思いました

 

親二人が寝ているところをそーっと通って登校準備をしていた時に

ハンカチを出すのを忘れて戻ったところうるさいとどなられ

そこへ座れ!と言われたので座った途端に足で頭を蹴り飛ばされたこともあります

蹴られた勢いで家具にぶつかりダブるで痛い思いをしました

痛くて悔しくて悲しくて泣きながら学校へ行った記憶は忘れることができません

大体私の服やハンカチなどを入れた引き出しが親が寝ている枕元においてあるのが

いけないんだと思いましたけど。(後日自分で引き出しの位置は変えました)

 

出産費用が足りないので父が自分の兄弟に電話をかけてことわられたこと

そのあと八つ当たりで私は殴られました(グーで頭をゴン!とやられました)

 

それに比べて親が年いってから生まれた妹はそれはそれはかわいがられて

甘やかし放題甘やかされて育ちました

 

そんなことを子供時代に何年もされた私がいまさら老いた親の面倒見ろと言われても

さあなぁ~?

と感じてしまうことは親不孝で無責任なんでしょうか