ディア・ハンターのブログ-rob1

雨なのに爆走する64コンバー アルタデナにて



ディア・ハンターのブログ-rob3
よく見ると頭突きの痕が・・・・


ディア・ハンターのブログ-rob2
グラスハウスの上では宇宙人が・・・


なんか暗い話題が続くと良くないので、どうでもいい話をここで一つ載せようと思う。久しぶりにグラスハウスのオーダーが入り、昔なじみのロバートに電話して「グラスハウスのラグある?」って聞いたら、雨の日なのに「今から来い」と。。早速待ち合わせ場所に行くと、雨の日なのに64コンバーで待っていたロブ。笑
付いて来いって言うから付いていくと、あのデカイ車体と細いタイヤで飛ばす飛ばす。。でもせっかくならトップも開けて気合の入った所を見せて欲しかった。苦笑
で、到着してロブの車の前に行くとなんと、、、この64君の顔に殴られた痕が、、、というか何かに頭突きでも食らわしたのか?
おまけに見に行ったグラスハウスは改造しすぎていてクライアントは気に入ってくれなかったし、フードの上には宇宙人が死んでるし。。


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創刊号のカバー。この「レッツ号」というのは誰のアイディアだったのだろうか?笑


ディア・ハンターのブログ-lm1

その「レッツ号」は1993年10月15日発行。この後に生まれた読者も多数いると思う。



ディア・ハンターのブログ-lm3
私の連載時の紹介文


先日「GM最後の日」と題して、2009年のジェネラルモータース破産についての日記を書いたのは記憶に新しい。それを読んで共感していただいた方も多数いたと思う。
さて本日は、またまた「最後の日」の記憶を題材に日記を書こうと思う。そう。それはGM破産と同じくらい、、、いや、それ以上にショックだった、「ローマガ最後の日」。。。。

私が、芸文社さんの Lowrider Magazine Japan のお手伝いをさせていただいたのは90年代に遡る。クレンショーの黒人街を案内させていただき、ローライダークルーズとゲットーの関係スポット取材をエスコートしたのが始まりであった。
その後、黒人OGたちのインタビューや、エクストリーム系バイクの取材など、多岐にわたりお手伝いをさせて頂く機会に恵まれ、私自身もローマガの取材を通じて新たな人々との出会いの機会を持つ事ができ、成長させて頂いた。思えば渡米して21年、クレンショーエリアの自動車修理工場から身を起こした私の人生は、シェビーの輸出を中心としたロサンゼルス・オートモーティブシーンの日本への紹介、それに関わる雑誌記事の仕事でここまで歩んできたと言っても過言ではない。そのローマガが、2010年4月号を最後に無くなってしまった。。。シェビーはつぶれてローマガは無くなる、、、まるで私の足跡をこの世から消してしまっているかのようなここ数年の時代の流れに、戸惑いを隠さずにはいられない。ネットの発達によるメディアの変貌の流れは、こういった所にも確実に影響が出ているという事か。

ブックケースの一番左端にある”ローマガJapan創刊号 No.1”を手にとってみた。色々な思いを巡らせながら1993年から17年、今までご苦労様でしたと素直に思った。そしてもう既にあれから1年以上が経っている。



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マッハ初乗り トーランスビーチにて2010年元旦



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まだまだ元気に走る



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「マッハはやはりこの角度」という角度が、マッハには沢山ある


2010年、新たな10年の始まりとして、早速マッハで初乗り。近くの海岸まで、バックミラーに映すはただ真っ白な煙のみ。

海岸の駐車場でマッハの写真を撮っていると、50才&upっぽいおっさん達がよってきて昔の自分のバイクの自慢話をはじめる。何と自己中心的な人々で構成されている社会なんだろうこの国はとつくづく思う。

おそらく海までの道のりで、信号の度に白煙をかけて後ろに残してきた車両のドライバー達は、この得体の知れないクラシックバイクとそのライダーに対して「元旦から何と自己中心的な野郎なんだ!!」と罵っていた事だろう。