momotaroさんのブログ -30ページ目

昔話などに出てくる…

昔話などに出てくる


みすぼらしい姿で
誰もが嫌がるような人物が

実は神様だった


というケース


あれ、

実は、

ほんとなんじゃないかなーって
子供の頃から思っていまして…



(3歳くらいまでに
大量の児童文学や絵本を
とりあえず摂取してしまうと、誰でもこうなるのではないか?と思うのです。無意識下の世界です。「神様」という存在については、特定の宗教とは関係ありません。)


今年、50になりますが


まだ、そんなことを
どこかで
ぼんやりと感じて生きてきました


そして

最近


みすぼらしいとか
嫌われてるとか

そういう目立つものが
何もない人も

すべての人が

実は

神様と同じだということを

教えて(伝えて)くれるものに出逢いました



でも
神様の姿を見せてくれる(神様の姿を見抜ける?)時は
いつもじゃない


いつも
本当は神様なんですけど


見ようとしなければ
神様は見えない
というか


まあ
実際は
「見よう」なんて
しない方が
わかったりするんですけど


しかも
それは
時間とも切り離された存在なので
時間にとらわれている生活の中では
見えにくかったりしちゃうんですけど



とにかく
そういうことを


やっぱり
そうだったんだーって
感じながら

色んな物を見ていると


あ!

って思うことが増えてきます


それは
たとえ一瞬でも

そっちが
本当で


嫌なことや
苦しいことや
悲しいことは
どんなに重くても
どんなに長くても
真実ではないから

何も心配いらないということを

最近
教えてもらいました。



今朝は
世界陸上のリレー
銅メダルでしたね!


テレビにはうつらなくても確かにあった世界


決勝でいきなり
メンバーが変わっても


個人個人では
メダルに届かなくても

リレーなら
メダルに届く

そんな世界


でも
ボルトが調子良かったら
メダルに届かなかったかも

それでも
確かにあった世界を
たまたま
ボルトが途中で走れなくなったから
見せてもらえました




その後
アニメのワンピースを
少しだけ
見たんです



子供を助けるために
脚を切ったシーンでした



確か
ルフィーも
子供の頃に
腕を切られてでも
助けてくれた人がいましたよね


私は
心が狭いもので


子供の為ならいいだろうけど…


って思っちゃってたんです


具体的に言うと

例えば
大災害があった時

幼稚園や小学校で
先生や保護者が命がけで
子供達を守るのは

すんなり
受け入れられる


でも

例えば
介護施設で
要介護の人達を
心も身体も健康な人達が命がけで助けて

要介護の人達は無傷で

心も身体も健康な人達が
亡くなったり
身体が不自由になったりしたらどうなのよ?

みんなが
そうなっちゃったら
困るんでないかいって…


極端だし
相模原事件の人みたいな気持ちに近い気がして

誰にも言えないで
ひそかに
そんな心配をしていたんです



でも
今朝ワンピースを見てたら

突然
そんな心配はいらないなーって
一瞬だけど
思いました




まだ一瞬だけなんですけど


その一瞬っていうのは
多分
私の心の暗くなってる部分に
差し込んだ光のようなものなんだと思うんです



だから
一瞬でも
そっちに光があることがわかる


確かに光があると

今は信じていよう



そう思いました


ひょっとしたら
昔話とかを作った人は
そういうことを
知っていたのかもしれませんね(笑)

母が作ってくれたもの


刺繍を施した
ハサミ美容院入れです。


小学生の時
学校で
お裁縫が始まった際、


母が作ってくれました。


今もまだ
大切に
使わせていただいています。

8月6日という日に

朝一番に
徹夜して世界陸上を観てから寝室に来た息子の
世界陸上話を聞き
息子は眠り



その後
私は
毎日見ている
海老さんのblog開く


8時15分
黙祷


しかも
8月6日は
海老さんのお父様の
お誕生日という


生きているということは
時間


先日105歳でお亡くなりになった日野原先生の言葉

その時間を
私はどう使いたいか



小・中学生の頃の私は
夏休みに戦争について
考えなくてはいけないと
かなり意識していた

8月6日、8月9日
そして8月15日



何故か息子に強く
引き継がれているこの意識は
やはり私の母の影響と思う

今朝は
世界陸上の話で
頭がいっぱいになっていたようだけど(笑)


私より8歳も歳上なのに夫は
ほぼ何も考えず
遊ぶことしか考えていない夏休みしかなかったようだった
それはお幸せに違いないし
平和の賜物と思う


しかし
私は今朝のblogを
羨望、憧れを持って見た


こんな大人で
私もありたいと思った



「なりたい自分になる」


麻央さんで有名になったこの言葉


実は2008年に
初めてblogを自分で書いた時に
私も強く感じ
blogで書いた言葉



あの頃は
気分障害から
立ち直ろうともがいていた

まだ
週に1回か2回
何か出来ればいい方で
寝たきりの事が多かった



夢とか
目標とか
やりたいこととか
特に無くても


こうはなりたくない
とか
なんか
このままじゃ嫌だな
とか

なんか素敵だな
なんかいいな
なんか羨ましいな
という気持ちを素直に感じた時に


まだ
こんな気持ちがあるんだ!と
自分の中に発見した時に


まだ
「なりたい自分になりたい」
「なりたい自分に近づきたい」


そういう
羅針盤を手にしたような気持ちになる



なりたい自分さえ
まだはっきりとわからない
けれど



羅針盤は確かにあると感じる