momotaroさんのブログ -28ページ目

恋って
どんな感じかな


いつも
夜学ですれ違うだけ


先輩達に
可愛がられてる男の子


彼の後ろ姿を見られるから
金融論の授業は楽しみ


いつの間にか
いつも目で追いかけていた

二十一歳の頃


時々
帰り道
バス停でバスを待っていると
他の人と一緒に車に乗せてくれるくらいの
知り合いになった


彼はアパートで独り暮らし

美味しいスパゲッティを作るらしいと
夜学の仲間が
食べさせろと押し掛けた


その時に
一緒に行けなかった私は


ある日
駐車場で
食べにきませんかと
彼に声をかけられ

ドキドキした




それから
朝が苦手だという彼に
朝、電話を入れる約束をしてみたり


文通してみたりしてた


その頃
悩んで元気がなかった私を
鰻屋さんに連れて行ってくれた



食いしん坊の彼は
美味しいレストランをみつけると
美味しいものを食べて元気になるようにと
よく連れて行ってくれた



キンモクセイが薫る頃には
彼のアパートの鍵を渡されていた



ひとつ年下の男の子



なんだか彼のこと
ちゃんと見られなかった


気がつくといつも
彼が眩しくて



そのままの恋を
冷凍庫に入れたまま


20年の時が流れた

ペットボトルのフタ

2010年


私が母の家まで歩いて
顔を見に行くようになって

母はとても感激してくれた。


母にとっては
いつも車でしか通らない道のり

遠いのに
歩いて来てくれるなんて、と。


そして
母は突然思い立って
歩いて私の家まで来てくれたことがあった。




2010年の夏

暑い日だった。



母は途中でバテて
もしもに備えたのか
コンビニでペットボトルの水を買い
また歩き始めた。



しばらくして
どうしても水を飲まなくては、と切羽詰まって
飲もうとした。


でも
病身の母には
ペットボトルのふたが
固くて開けられなかった。


母は
その時
開けられなかったら
倒れる
と思って大変な思いをした、誰でもいいから、通りすがりの人に頼もうかと思ったくらいだったけれど
誰も通りかからなかった
と言っていた。



幸い
必死に開けようとして
なんとか
開けて飲み、飲みながら
家にたどり着いたのだった。



今でも
ペットボトルを開ける時は
母が開けようとして
開けられなかった時のことを思い出してしまいます。

母の畑

テレビで
のらぼう菜や
内藤とうがらし
を栽培しているお話が出ていました。


母も
のらぼう菜と
内藤とうがらし

作っていました。



母は
畑を借りて
他にも野菜を沢山作ってくれていました。


母の実感では
母の父が
自家菜園をしていて
西日本なので
京野菜など作って送ってくれていました。

母の父は
山菜の採れる山を持っていたので
山菜も送ってくれました。

(…そんな実家の父(私から見ると祖父)を尊敬していた母は
見習って畑を始めた面もあります…)


母には姉が二人
妹が二人おりまして

姉二人は
両親が選んだ会社経営者と結婚
妹二人も
大卒の教育者と
某放送局の社員といったふうに

経済的に安定した夫に恵まれていましたが

母だけは
自分は小・中・高校の教員なのに

高校を出た後
運送業を経て
文房具の会社に勤めていた父と結婚するというので

初めは両親に反対されていたにもかかわらず
結婚してしまったので


色々苦労しているだろうと
心配して
色々送ってくれていたようでした。



春先には山菜など
夏には夏野菜…ながーいナスとか色々
お正月には
沢山お餅をついて丸もちにして
とっても美味しい山陰のもちのり等と一緒に送ってくれました。




沢山の手間をかけて
大切に大切に作ってくださったものを
いつも
感謝して
お祖父さん
お祖母さん
を思いながら
遊びに行った時の思い出話をしながら
母からの話を聞きながら
感謝いっぱいの気持ちで
いただいていました。



そんなふうに
していただいた命だから
大切にしようと
大切にしたいと
思えるのかもしれないなーと思います。



今日は
息子が18歳になる誕生日です。


息子の好物を作って
お祝いしたいと思います。