水の中。 -38ページ目

水の中。

海外小説のレビューと、創作を。


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どなたのエッセイであったのか、残念ながら忘れてしまったのですが、

女優さんであったか、女性の作家さんであったか(それも忘れてしまった……)が、

「同性の作家の作品を好んで読みます」

と書いていたのが印象に残っています。

何故なら、性に対する感じ方に引っかかりを感じなくて済むから、だそうで。

ここで言う性とは、もちろん性行為のことではなくー、

ええと、性差のことですね。

最近気がついたのですが、

私自身は男性が女性がというよりは、どうやら世代的な部分に引っかかりを覚えるようで。

ある年代以前のひとというのは、現代では誰もが避けて通るような差別的な表現を、わりと平気で使うのですよね。

「女子供が好むもの」であるとか、

「~は貧乏人がやることだ」のような。

神経質に「これは差別である」と騒ぎ立てるのもどうかと思いますが、

そういった表現を入れなくても、じゅうぶんに意味の通る文章の中であえて挿入されているのを見ると、

「ふーん」


と思います。


反対に、若い人が自分より年配の人間を「オジサン」「オバサン」という名称でくくるのも、

「ふーん」

と思います。

かく言う私も、日常生活などで

「この若造が!!」

などと心の中でののしることもあるわけですが(古いタイプの罵りだな……)、それをいちいち人目にふれるところに書いたりはしないだけの配慮は持ち合わせているというだけで、結局のところマナーの問題なのかもしれませんが。


あまりこまかいことを言い始めるときりがないのですが、

何が不愉快なのかとこうして考えてみると、

自分と立場の違う人間をあっさり切り捨てる、その迷いのなさが、イヤなのかもしれません。


とり



遅くなりましたが、書庫を更新しておりますー。


いまちょっと自宅にいないので、きちんと更新されているかどうか自信がないのですが、

時間を見つけて、ひさびさに創作考ぽいことをやりたいと思いますー!


では、またあとで!




浦沢 直樹, 手塚 治虫
PLUTO 4 豪華版

あのー、私はすぐに読了した本を手放してしまうので、
じつはもうこのストーリーを追えていないよーな気がするのですが……。←そんな人がいったい何の紹介を


そしてこの物語のテーマらしき
「完璧な電子頭脳は間違いを起こすのか」とか

「ロボットも人を殺すのか」とか、
そのあたりの問いにも、実はぜんぜんまったく興味がない(問いかける意味がわからんです。人間性って何だというところから、ではロボットにも人権があるだろという話になっていくのでしょうか……)のですが、
サスペンスな空気を楽しませてもらっています。



ところが!


巻末にですね、
その空気を台無しにしてしまうよーな、
サイバラ先生のあとがき(ってヘンでは? せめて解説とかいうべきなんじゃ……)漫画が!!


す、すごいですねえ。
一瞬にして空気を塗り替えてしまう、強烈なこの芸風……。


本作「PLUTO」にとっては、正直なところ何のメリットもないコラボではないかと思われますが、
ひさびさにサイバラまんがを読みたくなってしまったので、西原先生の言う「営業」としては大成功ではないかと。


いやー、それにしてもビックリした……。


(↓ちなみにこのへんが西原先生の代表作ですね)


                                              
西原 理恵子
まあじゃんほうろうき トリ頭怒涛編    
西原 理恵子
まあじゃんほうろうき (3)                  

高校生の涼子は、今年もいとこたちとともに叔母の館へ集っている。
美しく聡明な「千波ちゃん」の死から二年――
再び不可解な現象が起こり始め、いとこたちの間に疑惑がわきあがる。


彼女の死は他殺だったのではないか?
そして、犯人は彼らのなかにいるのでは?


佐々木 丸美
崖の館


巻末の解説にもありますが、作者の佐々木丸美さんは10年ほど活動されたあと作品が出版されなくなった、

言ってみれば「幻の作家」なのだそうです。

私自身はこどものころに図書館で全作品を読んでいるのですが、それでいて「大好きです!」と言い切ることもできない、説明しがたい作家さんなのですよね……。



自分でもやや不思議なのですが、何故なのかとじっくり考えてみると、「すばらしい」と思う部分と「イヤだ」と思う部分が、半々くらいあるからなのではないかと思うのです。



本作「崖の館」についてだけ言うのであれば、外界から断絶された館を舞台に、「亡くなった従姉の残した日記」を読み解くことで犯人に迫っていくというミステリ。犯人の動機は「?」な部分もありますが、鍵となる「日記」の使い方が非常に上手く、同じような題材を扱った本格系ミステリよりは小説として遥かに読ませます。



しかし、この作者さんがそのあと発表していく「水に描かれた館」「夢館」、そして別シリーズ(と呼ぶほどハッキリ分かれていないので余計に分かりにくいような……)を読むと分かるのですが、
ミステリを書きたいわけではないようなのですね。
大きな意味での「謎」は中心にあるのですが、それは生まれ変わりであったり、ドッペルゲンガーであったり、いわゆる超常現象であったり、心理学であったり。

現代においても「ややトンデモ系」と受け取られるような題材を扱っているのですが、作品によっては現実寄りであったり、そうでなかったりするので、ジャンル分けしにくいような……。

いっそ「ファンタジーです!」と言い切ってくれたほうが、読み手にとって受け入れやすく、リアリティーがあったように思うのですが……まあ、それは作者に非があるのではなく、出版社側の問題ですね。



そして、全作品が相互に関連がある(たぶん)というのもちょっと……。

全作品を通して読んでみれば「ああ……」と思ったり、推理しつつ楽しめたりする部分なのですが、単体で一作を読むだけでは

「なんのこと?」

で終わってしまうのですよね。
そして全作品を読んでいてさえ、なんとなく「全貌が見えていない」ようなところがあって、どうにも釈然としないのです。



物語を全てリンクさせる必要があるのか。
それは作者のひとりよがりな内輪遊びではないのか。



しかし、今回この「崖の館」を読み終えて思ったのですが、
もしも作者が故人となる前に出版の機会に恵まれていたとしたら、これはひとつづきの大きな絵となったのかもしれません。
たとえ完成しなかったとしても、出版されつづけていれば、パズルのピースをひとつずつ埋め込むような楽しみを読者に与えてくれたのではないでしょうか。



……と言っているうちに本作の感想から離れてしまいましたが、
この物語は涼子という、佐々木作品には珍しいほど邪気のない主人公(他のヒロインはわりと頑なですよね~)の一人称で、とても読みやすいです。
涼子ちゃんてイイ子だよな~。



解説の方はこの一人称の甘いテイストが気恥ずかしいそうですが、私はこのイトコたちが語り合う芸術論のほうが気恥ずかしい……。
だって庶民はですね、政治経済についてお茶の間で語り合うことはあっても、


ミレーの「晩鐘」の評価でケンカしたりー、
「ラスコリーニコフについてどう思う?」とか言ったりしないしさ……

誕生日にパステルナークの詩集も贈らないものね……


いや、そういう演出がゴシックロマン的なのは分かっているんですけど、

ここんちのイトコ達には混ざりたくない……。




12


あけましておめでとうございますー!


みなさま、よい新年をお迎えでしょうか。
わたくしの年末年始はというと、ダンナの実家で嫁業に励んでまいりました!


えーと、


餅をちぎって丸めたり~
おせちをつめたり~
皿を洗ったりとか~


まあ大変!


(↑実は役に立っていないのでは……?)


まあ、その程度のヨメではありますが、それでも一日に13時間くらい良い人を演じ続けていると、
しだいに集中力が切れてくるのですよね……。

来年こそはこの壁を越えたいなと。そのあたりが今後の課題です。

ていうか演じなくてもいいような、良い人になるべきなのか……。



新幹線でいくつか本を読んだので、ご紹介したいと思います。
新年初レビューは佐々木丸美かアンドレア.H.ジャップ(どちらも女性ですね~)で。




                  八方

                         


ががん!


ああああ、なんだかダラダラしているうちに、今年はあと、えーと
あと何日でしたっけ? (←だめだこのひと)


今はですね、イヤイヤ年賀状の残りを書いて書いて、
ああ、明日の仕事帰りはもう新幹線に乗ってるんじゃーん!
なんにも用意してないじゃーん!


と慌てている時に、何故かダンナが友達を連れてスキーから帰ってきたり~(おみやげにもらったチョコまんじゅう美味しくない……チョコとまんじゅうの不幸な出会い、というカンジです……)。
そんなこんなで、こんな時間に!



ブロガーの皆様、
ここを訪れてくださる皆様、
今年もたいへんお世話になりました!
のろのろ更新のココですが、皆様のおかげでたくさん刺激をいただいて、楽しい一年を過ごさせていただきました。




次回の更新は年明けの1月2日か3日あたりになると思われますー。

えーと、書庫サイトのリンクページは年明けになりそうですが、
「水上~」の3話は更新……更新できるかどうか。アヤシイところですが、朝までちょっと頑張ってみますー。


今までと違う雰囲気のものにしたいなーと(毎回そんなことを言ってる気がしますが……)思っている創作なのですが、
進歩してるのか退化してるのか、あるいはいつもどおりなのかさえ、分からない自分です。
でも、来年もマジメにコツコツやってまいりますので!


それでは、よいお年を。

前作(?)である「ハラスのいた日々」は、読み物としてなかなかドラマチックなところもあったりもしましたが(柴犬ハラスが! ハラスが雪山で行方不明になってー、筆者が必死で捜索するのですよ!)、

こちらは「犬のいる暮し」というタイトルそのままの淡々としたエッセイ。


中野 孝次
犬のいる暮し


しかし本書の非凡なところは、だんだんと老境にさしかかっていく高齢者の孤独が、なかなかハッキリしっかり語られているところではないかと……。


だいたいが、こういった物語でない読み物を好むひととゆーのは、そういうものは望んでいないと思うのですよ。
エッセイって「ちょっとイイ気分にさせてくれる」「元気を分けてくれる」、リフレッシュアイテムのようなものではないですか。


ところが本書の筆者はですね、若者もそうでないひとも普段は目をそむけていたいようなことを、繰り返し語り続けるのです。
老いとか衰えとか別れだとか、そういうものを。



そのうえ語り口もガンコで、昔ながらの偏見も随所に垣間見られ、
けっして読んでいて愉快なわけではないのですが、読む価値がないわけでもない、という……。むむ。



これは「ハラスのいた日々」もそうなのですが、

失礼ながら、ひとつの読み物として優れているというよりも、
そこにこめられた「物言わぬ動物」への愛情に対する共感が、読ませてしまうのですよね。
ひとんちの犬がイタズラ好きだろうが走りが得意だろうが、実際にはどうでもいい話ではないですか。



だけど、読んでしまう。
ああ、自分もこういうこと言ってるなーと思いながら、読んでしまう。



愛犬家の知人に「貸してあげる」と、なかばムリヤリ押し付けられた本書でありますが、
洋光台あたりの土地の開発ぶりが分かったりして(そうかあそこは坂が多くて不便だなーと思ってたけど、そういう歴史があったのか……)、なかなか面白く読みました。


筆者である中野さんは現在かなりの高齢ではないかと思われますが、
犬とともにお元気でいるといいなあ……。


記憶を消され、一般人としての生活に戻った玄野のまわりを探るフリーライター・菊地。
事件とのかかわりを否定する玄野のもとへ、弟アキラからの警告がもたらされる。
「時間がない。すぐに逃げろ」
まるでとりあわない玄野だったが――

奥 浩哉
GANTZ 20 (20)

いつも説明の少ないこのまんがですが、どうも導入あたりの展開が不親切すぎるような。
一巻読み飛ばしたかと思いましたよ(誰さ菊地って……)。


そして私は表紙のひとを玄野くんの弟かと思い込んでいたのですが、
あー、そうか、そっちのホストみたいなひとか!
人違いでしたが、それにしても玄野弟はいつからアニキ思いになったんだ? という謎の展開。



とはいえ、やはり驚きますね~。
100点を達成して、記憶をデリートされ、GANTZチームから放免された玄野くん。
しかしそんなに甘い世界ではないので、
どうせまた追いかけまわされた挙句に、仕方なく復帰するのだろうと思っていたのです。が。

甘いのは私でした!!
ひえー、復帰どころか……復帰さえ許されず、という悪夢のような結末。



しかしそうなると、このあと誰が主役を張るのでしょう。
加藤かな。まあ、もともと玄野くんもそれほど視点となる主人公というわけでもなかったので、このまま群像劇風になっても違和感はなさそうですが……。
個人的にはレイカさん主役がいいなーと思ったりする、薄情な読者の自分です。
というよりですね、「GANTZ」という物語は、常識を外れたところでガンガン先に行ってほしいので、これでいいのです!
巻末に珍しく予告編を掲載していますが、あれはなかなかこの世界をあらわしていてイイですね~。



「起こることも 出遭うことも 未知」
「GANTZへ堕ちた新世界へ ようこそ」



うーむ。やはり出口のない絶望あっての「GANTZ」ですね。
このまま結末まで、振り返ることなく走り抜けてもらいたいものです。



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気がつくと、えー! もうクリスマスですか!

仕事のほうは有能な同僚のおかげで(ありがたいことです……)、どうにか落ち着いたのですが、私の個人的な年末の予定は半月ほど遅れている――ような。
今年が、あと一週間しかないなんて、ウソのようですね~。



こちらでもクリスマスにふさわしい書籍などの紹介をしたいなーと思っていたのですが、
果たせずに終わりそうです。



とりあえず書庫サイトの小説部分の更新はしていきたいと思いますが、よくよく考えると、あそこはまだ仮オープンのままでしたね。
年内にリンクページを完成させ、ここでお付き合いのある創作系のブロガーさんたちのサイトと繋げさせていただいたいと思っております。
その際には、ヨロシコでございます。



ところで我が家のクリスマス(イブイブですが……)。
昨年はかなり高価なシャンパンを用意したのですが、酒全般によわいダンナに
「なんか胃が……胃がキモチわるい……」
などと言われてしまったため、高い酒などは無用と判断して、
今年は安くて美味しいカヴァを用意しましたよ!


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しかし価格帯がどうこうでなく、

発泡酒自体が苦手であるらしい彼は、すぐさま沈没してしまい、今もそこで寝ています。


ご、ゴメン……! (やっぱりノンアルコールにすればよかった←子供用シャンメリーとか!)


上高地で発見された女優の死体には、臓器のかわりに石が詰め込まれていた。
残された体液から犯人はあっさりと割り出されたのだが、しかし、この男に犯行は不可能のはず。
彼は横浜から出ていないのだ――


島田 荘司
上高地の切り裂きジャック

えーと。御手洗モノです。


まず「上高地」も関係なければ、
「切り裂きジャック」でもなんでもないという、
すごい誇大広告なタイトルなわけですが、これはもっとマシなタイトルはなかったのでしょうか……。
しかし読者に本書を手にとらせるだけのインパクトはありますので、そういう意味では成功しているわけなのですが。



女優が殺されたという、この事件。事件自体も真相も、TVの二時間サスペンスのような内容で、御手洗さんファン以外には面白くもなんともない物語。


にもかかわらず、私自身はかなり楽しく読みました。


何故だろうと考えたのですが、これは、やはり石岡くんが……
石岡くんがですね、わりと頑張っているのですよ。


時代的には、里美ちゃんがセリトス女子大(私のおぼろげな記憶では昔はフェリスと言い切っていたはずなのですが、何か都合でも悪くなったのでしょうか……)を卒業して、働き始めたころという、以前ここでレビューを書いた「龍臥亭幻想」よりも数年前の事件なのですね。
「龍臥亭幻想」ではすっかり退化した感のある石岡くんですが、本作のころはかなり生き生きした様子なのです。


頑張ってる!
頑張っているではないですか、ダメな子なりに! ←ほめてる
 
登場人物の魅力というやつは、物語にとってかなり大事な要素なのだなあと思いました。




さて、実はこれにはもうひとつ中篇が収録されておりまして、
それが「山手の幽霊」(これはまた極端に地味なタイトルですね~)。



地下シェルター、祟りによる連続死、幽霊。などという、魅力的な謎を配しているのですが、
ははあ……ああ、そういう物語ですか。
作者らしい社会的な問題をあつかった物語かと思ったのですが(シェルターの素材に何らかの問題があって人体に影響が出るとかの話かと思ってた……)、そうではなく、地形を活かしたミステリー。
どちらかと言えば「斜め屋敷」系のお話ですね。


これはまだ御手洗さんが日本にいたころという、時代的にはかなり昔の設定なのですが、
この物語で面白かったのは石岡くんの「DNAってなに?」発言のその後。
どうやら、読者からかなりの反応があったようですね。


いやー、だって、アレは作者が悪いですよ。
石岡くんの、というより一般大衆とゆーものの知識を、相当ひくく見積もっているのでは?
しかし本作でそういった作者のミス(だと思う)を訂正することなく開き直って笑いにしてしまっているところに、島田荘司というひとの作家魂を感じました!
……いや、そんなとこに感じてもアレですが。



という、本筋はどうでもいい感じの2作でございました。
このシリーズのファンであれば、読む価値はあるかもしれません。