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水の中。

海外小説のレビューと、創作を。

シドニィ シェルダン, Sidney Sheldon, 天馬 龍行
異常気象売ります〈上〉


シドニィ・シェルダン氏がお亡くなりになったそうですが(ご冥福をお祈りしております)。


じつは「天使の自立」しか読んだことのない身なので(あれは後半が面白かったなー)、作品についてあれこれ語りたいことがあるわけではなく。
では何を語りたいのかと言えば、その驚きの創作スタイルについて。



訃報を伝えたニュース番組で聞いた話では、この作家さんは、口述筆記によって作品を生み出していたのだそうです。



口述筆記。
彼が口にしたことを秘書がタイプして、それを確認して不要部分をそぎ落とし――
という作業を何度となく繰り返して、完成された時には、元の六分の一ほどに量になっているのだとか。



すごい話ですね~!

以前、私なども自分が忙しくて、PCに向かってのんびり文章などを書いている時間がないときに、
「口述筆記とかできたらラクでいいなー」
とボンヤリ思ったことはありますが、実際にやるとなると話は違います。



いや、ムリだ。
自分は思いつきを口にして、それを他人に書かせるなんて、ラクそうだなーと思われるかもしれませんが、
これはむしろ、イマジネーション豊かで、文章に対してこだわりのある人でないと、物語にはならないでしょう。
話し言葉と文章とは違うものです。
読書の際に、ひとは文章を頭の中で「音読」してはいるのですが、これは実際に声にだして読むリズムとは微妙に違う。
これらを修正したり、内容の辻褄を合わせるなどの作業を考えると、
たいていの人の場合、フツーに自分で書いたほうが、よほど手間がかからないのではないでしょうか。



おそらく、この方法というのは、
自作の世界にすごくはまりこんでイメージを展開させているひとが、その細かな部分が「文章を書く」という作業をこなしているうちに失われてしまう、ということを勿体なく思って選んだやり方ではないかと思われます。



いえ、もちろんご本人に聞いたわけではないので、あくまで私の想像ですが。



ベストセラー作家でありながら、自身も大変な読書家であったそうで、
創作において「読者の想像力を重んじて、書きすぎないこと」を心がけていた作家さんだそうです。



いま気がついたのですが、私がこの方の作品をあまり読んでいないのは、
「本がでかいから」ではないかと。

単行本と……あとは新書サイズしかないのでは?


文庫がいいのですー!
どこかで文庫で出してくれないでしょうか……。




最近とみにのんびり気味なここですが、

書庫サイトの小説部分を更新しました。


えーと、次回はまた創作考ぽいものをやりたいなーと思います。



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ジリアンとマイケルは幸せなカップルだった。
夫は成功したアート・ディレクター。妻は弁護士事務所の優秀なパラリーガル。
ある仮面舞踏会の夜、深夜の道路でマイケルは不思議な少女を拾った。
「私をみつけにきて」
その日から、彼ら夫婦の幸せは壊れ始めるのだが――

クリストファー・ゴールデン, 鳥見 真生
闇に棲む少女


いまどき驚くほど仕掛けのない、真正ゴースト・ストーリー。


今はホラーといえども、ただの幽霊話って、あまり見かけないではないですか。
狂気による恐怖とか、
超常現象に見えるけどウィルスであるとか、
そういう種類のホラーは見かけますが、これはまったく本当に「この世ならぬもの」に憑かれた夫婦のお話です。



私はですね、
それが「自分にはない物の考え方」でも「初めて知る情報」でも、何であってもよいのですが、新しいものを得られない物語は読んでも仕方が無い、と思っているのです。
これなどはまさに「そういう物語」なのですが……。
意外にも引き込まれて読んでしまいました。
どこに引き込まれたのかというとですね、


悪霊(?)に、思い出を奪われたせいで、善良さを失った妻ジリアンの、凄まじいばかりの変貌ぶり。


うわー、こええ……。
通りすがりのもの全てを四文字言葉で(!)罵り攻撃するという、下品で意地の悪い、どうにもならない別人に成り果ててしまうのですが……これにハラハラして心を痛めてしまうのです。


「しっかりしてジリアン!」
「ああっ、上司にそんなこと言っちゃダメ、ジリアン!」
「元に戻ってジリアン!」


と手に汗にぎっているうちに、物語が終わってました……。
あのー、こう書くと私がすごくお人よしみたいですが、ホントにこれくらい心配になってしまうのですよ。言動がひどくて。



最後はめでたしめでたしなのですが、
ひとつだけ、どうしても納得のいかないことが。

この事件の被害者である、もうひとりの女性の息子トム、彼はなんと殺人の疑いをかけられているというではないですか。
あれだけ協力してもらったのに、警察に自分たちの名前を出していないということに「マイケルは感謝している」そうですが、
それでいいのか……?


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ささやかながらに更新しております、ここの小説レビューですが。
とりあえず自分なりの感想を自分の言葉で書いてから、気になるようであれば、ひとさまがどのような感想を書いているのかなーと、読み歩いてみたりしています。

「えー、そういう感想もあるのか!」
とビックリすることも多いのですが、下で書いている「シリウスの道」に関しては、ホメているか、そうでないかの差はあるにせよ、珍しくみなさん同じような感想を書いていらっしゃいますね~。


◎広告業界事情が面白い。
◎人物が魅力的。


ここで私がやや驚いたのは、「人物が魅力的である」という部分に、「主人公がカッコイイ!!」というご意見が多いこと。

私は外見の直接的な描写の有る無しにかかわらず、わりと「自分の印象」でイメージしているのですよね。
作者である藤原伊織氏がインタビューで「人物の外見の描写はしない」と言っているのを読み、初めて「あー、そういえば……」と気がついたくらいで。



確かにあらためて言われてみると、藤原作品の場合は直接的な外見描写などはせずに、人間関係や会話によって人物を浮き上がらせる――早い話が他の登場人物に褒めさせてみたり、モテモテにさせてみたり――という手法を使っているのですよね。


しかし、それにもかかわらず、読み手としての私はどうやらガンコにこれを受け入れていなかったようで、最後の最後まで自分のイメージにしたがって、主人公・辰村を「なんかだらしないオジさん」として読み続けていたのです。


そういえば、「なんでこの人モテモテなんだろう……?」と、終盤あたりで不思議に思ったような。


他の方が「カッコいい!」と褒めていることからして、これは作者の技量でなく受け手である私のほうに問題があるように思うのですが……。



何故だろう。

単なる好みだろうと言ってしまえばそれまでのことですが、
うーん……。
ああ、そうか。
アレだ。
外見描写がどうこうでなく、個人的な感情として、組織にいるくせにアウトローを気取る人間が好きになれないのですよね。
あー、なるほど。だから脳みそが好意的な情報を受け取らなかったのかもな……。



何を「カッコイイ」と感じるかは、人それぞれなので、この主人公の「理不尽なお偉いさんにはへつらわないぜ!」みたいなところを「わー、権力に屈しない男ってカッコイイ~」と思ったりする気持も、分からないではないのですが。


私にとっての「誇り高さ」というのは、もう少し違うものなので。


まあ、違うからこそ、自分なりの創作をしてみたり、いろいろな作家さんの作品を読む意味があるのかもしれませんね。




                         

ナンバー・ポータビリティー制度の時代の波にのって、auっ子になってみました!


ていうかダンナがドコモな私に決して合わせよーとしない(端末が高いからイヤだとか言いやが……いえ言うのですよ。ケチー!!)ので、歩み寄ってみたしだいです。


携帯

W44S(SonyEricsson)


メモリースティック派なので、ついついコレを買ってしまったのですが……


これ、テレビが見られるのですが……



べつにそんなにテレビ見たくねえし。



という自分にいまさらながらに気づいてしまい、なんだかすごく無用な長物な雰囲気です。
そうなのですよ。
私はテレビっ子ではなく、読書家なのですよ!!


えーと。
でも、車に乗っていて、助手席で眠くなったら見ようかな、テレビ……。

広告代理店に勤める辰村には、忘れられないふたりの幼馴染がいる。


ふってわいたような18億円の広告コンペに、社内に敵の多い辰村は不利な戦いを強いられるが、
クライアントである大東電機の常務の妻は、彼の幼馴染の明子なのだった。
25年ぶりに再会した明子は「脅迫されている」と辰村に告げる。
脅迫の内容は、彼ら三人だけが共有するはずの秘密だった――




藤原 伊織
シリウスの道〈上〉
藤原 伊織
シリウスの道〈下〉


この物語のみどころは、やはり広告業界事情ですね。
不利なスタートを切った18億円競合に、主人公が立ち向かっていくところが痛快で面白いです。
逆にミステリとして見てしまうと、ちょっとプロットに隙がありすぎるというか……



脅迫と言う謎の部分も、まあたいした謎ではなく。
戸塚パパ(辰村の部下の戸塚の父。現職閣僚)も、何度も都合よく使われすぎのような。



そしてなんと、「テロリストのパラソル」に出てきた浅井が物語にからんでくるのですが、
あれはどうも、ゴーインというか、ご都合主義というか……。
「テロリストの~」の主人公・島村は、この物語の三年前に死んでいるとかで、そのへんのこともチラリと挿入されるのですが……。
浅井の、島村への思い入れなどを、
ここで匂わされてもな……。
作者の思い入れで本編とは無関係なことを持ってこられても、非常に邪魔くさいのですよね。



などと文句ばかり言っておりますが、上下巻、かなり楽しく読みました。
藤原作品は人物がとても魅力的なのですよね~。
設定部分がではなく、動いて話している、人物の描写そのものに魅力があるのです。



ミステリ好きには特におすすめしませんが、小説としての面白さはある本作。
「ややハードボイルドな企業小説」くらいに思って手に取るのなら、楽しめるように思います。



あー、ただ、私はこの主人公よりもかなり血のつめたい人間であるらしく、
彼の熱い主張には、ところどころ置いてきぼりになってしまいました。
(明子の夫の半沢が興信所を使って調査したことを、どうして自分で調べようとしないんだと部長の私生活を持ち出してなじったり~、あれは理解に苦しむ。部長が離婚しようが子供の親権をあきらめようが、この人には関係ないじゃん……)




自分でもまったく気がついていなかったのですが、
メッセージ・ボードのところの「読書中の本」というところで、ひとさまの作品のタイトルを捏造しております。


正しくは、藤原伊織「シリウスの道」。


                        


なんだシリウスへって。へって、行くのか。
遠いだろ。8.6光年かかるだろ。ていうか歩けねえし!


と自らにツッコミを入れてみましたが、この作品「シリウスの道」の主人公、藤原作品には珍しく引きこもりではない(!)のですね~。全部が全部そうではないのですが、「テロリストのパラソル」「ひまわりの祝祭」のイメージがどうも強すぎるのか、
なんというかこう、


引きこもり中年→本当は凄いんだぜ!



みたいなものばかりを書いている作家さんのような気がしてしまいます。

そういえば「競馬シリーズ」のディック・フランシスなども実はそうですよね~。


ディック フランスシス, Dick Francis, 菊池 光
騎乗
騎手なんかしてる(このへんの社会的事情が日本とちがう)けど→じつはお金持ちなんだぜ! ほーら家具の趣味もいいんだぜ!(冗談でなくコレが結構出てくる。家具の趣味ってそんなに大事なのか……)
……というパターンが多かったり。

この主人公の造形、作者本人が得意とする――というより、書いていて気持ちのよいパターンなのでしょうね。
カタルシスを感じる部分が書き手と読み手で一致していれば問題なくエンターテイメントとなるのでしょうが、藤原作品のアレは「作者本人にとってのみ必要な」カタルシスを感じられる設定なのだろうなーと思うわけです。


まあ、誰にでも大なり小なり、そういった「かたよった欲求」があり、それが個性であったりもするので、悪いことではないのですが。


というわけで、「シリウスの道」、今回の主人公は有能でやり手のおじさまです。
作者おとくいの広告業界のお話で、なかなか面白いので、そのうちレビューを書かせていただきますね。



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「海外小説のレビューと、創作を。」

とか書いてあるココですが、

すでに創作は下げて書庫でしかやっておりませんので、看板に偽りアリですね。

……というのは、まあ、どうでもいい話なのですが。



この「創作すること」と「創作物を読むこと」、まったく反対のようでいて、じつは意外と近いものがあるのではないかなーと思うのです。
他の方はどうなのか分からないのですが、少なくとも私自身にとっては、「同質の楽しみ」であるようで。



そして私はどちらかと言えば「読むこと」のほうが好きであるらしく、「書いてると読むヒマがないー!」(物理的に時間がないというより、どうも集中できない……)などと、ややイラッとするほど。



以前にもここで書いたように思うのですが、「読むこと」というのは、ただ読むだけのことなのですが、これが意外と受身ではできないことなのですよね。
楽しむためには、読んで、想像して、理解しなくてはならないのです。
「書くこと」の場合は、これとはまったく逆の過程をたどり、理解して想像して書きあらわさなければならないのですが、「物語世界にかかわる」という意味では、どちらも似たようなものだと思うのですね。


まあ、私にとっては、というだけの話なのかもしれませんが。


なので、世間様の書評などを読んでいると、ついつい「こういう批評をするひとが物語を書いたらどうなるのかなー」などと考えてしまうのです。
そして「書評家のひとの小説が読んでみたい」と思うのです。

いえ、意地の悪い意味でなく、なんかすごいモノを書いてくれるのでは? などという期待があるのですね。



しかし、作家さんの書評などには「へえ」と感心するものがあるのですが、その逆はないような……そもそも書評家さんとは、創作はしないものなのでしょうか。こっそりしていたりするのでしょうか。



ああ、書評家さんの小説が読みたいなあ……。



という歪んだへんてこな欲望を、ここ数年かかえているのですが。

どなたか叶えてくれませんか(どうやって……?)。





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あのーう。
ブログを始めた当初、各ブログランキングサイト様に登録させていただいたのですがー、
登録したまま放置状態となっておりまして、
たとえば右サイドバーにある「ブログランキングネット」さんのところなどは、
いまだ自分のところの紹介文に
「現在OVER連載中。書評もあり。」
などと書いてあったりして、すんごい恥ずかしいのですが……!!



もっと恥ずかしいことに、登録修正するためのIDとかパスワードがどこかへ行ってしまい、

というかPCを買いかえたときに管理がですねゴニョゴニョ。


というわけで修正することもできず、私は永遠に「OVER連載中」のブロガーとして生きるしかないようです。カッコわる。


みなさま、パスワード管理にはご注意を!

「レディ・キラー」と名づけられた連続殺人鬼。
FBI行動科学課のキャグニーは、事件の分析を天才数学者グロリア・パーカー=シモンズへ依頼する。

プロファイリングの価値を認めず、多額の報酬を要求する彼女に反感を抱くキャグニーだったが、
事件は意外な形で彼らを巻き込んでいく。

アンドレア・H・ジャップ, 藤田 真利子
殺人者の放物線


おおー、新ヒロインですね~。
作者はパトリシア・コーンウェルの作品を仏語に翻訳している方だそうで。

本作のヒロイン・グロリアは、「天才数学者」でありながら、秘められた不幸な過去を持つ、線の細いタイプの不安定な女性……

つまり、コーンウェルの検屍官シリーズの主人公スカーペッタが持っていないマイナス要素までも全てそなえているという、ある意味では「完璧なヒロイン」なわけです。


スカーペッタが「鉄人のように強い」というわけではありませんが、有能で頑固で自分をコントロールする術を知っている大人であり、しかもわりと他人の無能に分析的で厳しかったりするので、まあ、なかなか共感しにくい人物ではあるのですよね。

対してグロリアは「なんだか放っておけない」脆い人だったりするので、キャグニーを始めとする登場人物も、みんな彼女が気になって気になって、もうメロメロ状態。
キャグニーの部下モリスも彼女にメロメロで、私はですね、このモリスの偏執的な愛着(すでにストーカーっぽい)が、最終的には犯人からグロリアを救うことになるのかも……と思っていたら、べつにそんなことはなく。
ただメロメロであっただけでした。なんだったんだろ、あれ。



ストーリーは連続殺人を扱ったもので、尿に含まれていたある成分の解釈によって、事件が転がっていくという、ごくフツーの内容。
しかし、ストーリーの語り方と言いますか、見せ方が変わっていて、そこが面白いのです。



三人称なのですが、えーとですね、つねに視点となる主人公がいるわけではなく、

かと言って作者の神の視点による三人称とも違い、
なんというか場面によって主役が交代するような、「視点もちまわり」なのですよ。


私自身は、こういった視点がコロコロ変わるようなことを無意識にやっている作品が、じつは大嫌いなのですが(読みにくいという以前に、小説作法としてナシなんじゃないかと……)。

「登場人物全員がそれぞれに秘密をかかえている」という、
この作品のつくりと非常に合っていて、これがとても上手いのですよね~。



全体的にそつがなく、計算された面白さのある、たいへん上手なサスペンス。



しかし読み手に「上手だな」と思わせてしまうというのは、どうなのでしょうね。
「なんかわけわかんないけど、すっげー面白い!」
というほうが、エンターテイメントとしては正しい気もしますね~。



本作はシリーズとして、すでに6作が発表されているそうです。
日本でも出してほしいなあ。