サトウユウイチのごすぺる放浪記 -801ページ目

最後のメッセージ


ユーリのごすぺる放浪記


 先月の末に、イギリス人宣教師カウエルさんが日本を離れる直前に出席された釧路キリスト福音館での礼拝のことを書いておきたいと思います。


 帰国のことをご本人の口から最初に聞かされたのは、先月の秋のことでした。


 以前にも書きましたが、私がクリスチャンとなったのは、仕事で釧路に住んでいた頃にカウエルさんとお会いしたことがきっかけでしたから、彼がいつ帰国されるのかは、僕が釧路を離れてからもずっと関心のあった事でした。


 実は前に一度、ご本人に直接その事を聞いてみたことがありましたが、僕が釧路にころはまだ小学生だった一番下の子が大学を卒業するまでは、日本で今の仕事を続けたいと思っている、とのことでした。


 そしてその子がイギリスの寄宿学校を卒業することになり、一時は日本に骨を埋めることも考えたようですが、イギリスに戻って向こうの教会の人々に日本の教会のことを伝えるように、と示されたたため、今回の帰国を決意されたそうです。


 ご夫妻が帰国される前の最後の礼拝は、平成21年5月24日。

 決して大きくはない教会は、別れを惜しむ多くのクリスチャンによって埋まりました。


 いつもどおり、リビングプレイズを中心とした賛美や聖餐式が行われた後、聖書箇所として申命記30章11節から31章6節までが示され、日本における最後のメッセージのために、カウエルさんが立たれました。


(最初は、こんな感じ)



ユーリのごすぺる放浪記

 私の手元にあるメモを元に、彼がどのような事を話されたのか、微力ながら要約して残しておきたいと思います。

 もし同じ礼拝に出席されたかたで「ここは違う」と思われたかたがいらっしゃいましたら、どうか遠慮なく教えてください。


☆☆☆☆


 私が日本に来ることによって、幾人かの人が神様を信じるようになったことを嬉しく思っている。

 私は土の器にすぎないが、それを神様が用いてくださったことを感謝している。


 今回の聖書箇所は、放浪を終えたイスラエルの民がカナンの地に入る直前、モーセが彼等に語った最後のメッセージ。

 その時点では将来のことはわからないが、モーセは将来を楽観視していた。


 私達の生涯には、できることとできないことがある。

 しかしモーセは、一番大切なことは決して難しくないと言っている。

 それは、神様を知ること。


 神様は私達に救いをもたらすために十字架にかかられた。

 救いを得る道は簡単。それは、信じるか信じないか、でしかない。

 まだ信じていない人に言いたい。

 なるべく早く、イエス・キリストを信じなさい。


 そして、これが宣教師としての私の最後のメッセージです。

 まだクリスチャンではない人には、

 「どうか、神様を信じなさい。」

 そして、クリスチャンには、

 「あなたのクリスチャン生活は、御言葉に対する態度で決まる。 それを信じるか、信じないか。」


 神様に仕えることは、義務ではありません。

 主を愛し、主の道に歩むことです。


 モーセはイスラエルの前から居なくなりましたが、彼等はヨシュアとともに約束の地に入りました。

 あなたを祝福される神様は、勝利の約束とともに、すでに先へ行って私達を待っておられます。


(ここまでくると、もう、こんな感じ)



ユーリのごすぺる放浪記

 

 私達はこの教会から居なくなりますが、教会はこれまでどおり続いてゆきます。

 なぜなら、神様がここに、ともに居てくださるからです。


 ☆☆☆☆


 メッセージ終了後、山形牧師夫妻からカウエルご夫妻に花束が送られました。



ユーリのごすぺる放浪記


 私達は言われるまで気がつかなかったのですが、宣教師と牧師が同じひとつの教会で何十年も働き続けるということは、そう滅多には無いことなのだそうです。


 特にカウエルさんは、時には派遣元の団体の考えに反することになるほどに、日本と日本人にとっての教会とはどうあるべきかを考え抜き、実践して来られた結果、釧路の地に大勢の老若男女が集う、理想的と思えるほどの教会を建て上げられました。



 礼拝が終わったあとでささやかな送別会が行われ、私からは教団に転籍させていただいたことのお礼と、今後もまた何らかの形で共に歩ませて欲しいということをお伝えしました。

 短い間でしたが、日本での最後のひとときをともに過ごせたことを感謝しています。


 そうそう、実は御主人とともに日本を離れるカウエルさんの奥様に、まだ家族にすら話したことがない僕の計画を打ち明けておきました。

 遠い異国の地からでも、彼女が祈ってくださるなら、いつかきっと実現することでしょう。