皆さんお久ぶりです!
まったく書かないまままた時間が過ぎてしまった。。。お変わりないですか?
父の認定は介護3から介護1となり、
素晴らしいケアプランで、地域医療連携のお世話になっている。
かえってこんでいい~~ダメになったらその時言う
と母が手紙をよこし、物足りなくもあるが、そうしている。ありがたいのが正直な気持ち。
いくらテレできたとしても、ね。
うちは寺だったと今更思うのだけど、
ひと様が居住空間にいて、やってきて、なんだかんだ動いてくれることにほぼ違和感がなく、慣れるのが早く、
週6日ケアの方が、日に1時間来て下さるケアプランを、受け入れ、どこか楽しみに、一日のルーティンに組み込んでいる。
人が出入りする環境が幸いした、寺にもいいことがあるものだ。
夏は寺参りもあるので通所は休んでいたが、、
施餓鬼が終わると秋(さすがにもう施餓鬼法要はできない)の気配が漂い始め、動物的に減速OKを感じるのか、
昨日から通所も再開し、大きなお風呂を楽しみに伺っているようだ。風呂はえーもんじゃ。
何かあればケアマネさんから連絡あるし、総代さんも助けてくれているから、
東京の長女は出る幕無し。
いまのところ
いまのところ
必ず次の段階はやってくる。
春から梅雨にかけては、2月に1度は八王子の達也さんと、ゆっくりランチして散歩もしたりした。
この2か月は、酷暑と仕事の多さでお散歩もできていないけど。
達也さんは、昨年5月に22年の介護が終わった。国立に直営店を出したのが2000年、
2001年春にお母さんが脳血栓で倒れ半身不随になった。その間、介護もあるけど、ふたりで死ぬほど働いた。
2018年春に私が催事出店中止を決定したため、同時にケイクラフツは長いお休みに入った。
最近話すのは、国立、百貨店、丸善で売らせていただき、たくさんのチャンスをいただき、
お客様に愛していただいたこと、製作や店の思い出について、日ごろは全く忘れていても、
記憶のサンゴ礁に出会いたいなら、話せば会えるので、また話そうぜってこと。
そして、お母さんが亡くなるまでの3年間はどんな感じだったのか、も。
家族の関係性や背景によって、また、仕事の内容によって、介護の形も多様なのだと最近思う。
社会的に最も信用が高くなる50代60代70代は、決して一人では乗り切れないと想像はしていたのだが、
今その「時の断面」に体を突っ込んでその断面組織を吸収してる感じがする。
これからいっぱい周りに世話になる、相談し、力を貸してもらう。
私は貸してもらいまくるつもり。
そんな感じの今です。皆さん
またかけるとき書きます!
どうぞお元気で!