その後、彼と私は隠し子の話題はさけて、普通に付き合った。

彼は、私にめぐり合えて本当に嬉しい、前妻は教授と母親が決めてきた人でまったく愛情がなかったが、家族になった限りは愛そうと努力はずっとしていた。

それなのに、妻から離婚の言い渡されて本当にショックだったといった。


私たちはお互い東京都大阪を暇を見つけては通い会い、距離が縮まっていった。


毎日電話がきた。

とても会話自体が面白い人だ。

医師は麻生前総理ではないけれど、ちょっと社会性がない人が多いが、彼はあまりそれを感じさせない。

医者同士ならではなのかもしれなが、食事の趣味も似ている、選ぶお店やホテルのランクも似ている。とても楽だった。


会話も業界のことを楽に話せるし、仕事内容もよく似ているので話が弾んだ。

私たちの特殊な業界はこの壁がいつも普通の人との恋愛の壁になっている。

一般の人に仕事の苦労や状況を説明するのはとても面倒くさいのだ。


彼は、こんな思いをさせたのだから、yuriを絶対大切にする、この許してくれたことは絶対忘れない。

僕が求めている女性は、僕に頼るだけでなく、一人でも一生懸命頑張っていてきらきらしている人で、伴侶というパートナーなんだ。

お互いの未熟な面をともに補っていける関係でいたい。

yuriは女医としても立派に頑張ってきているよ。そのyuriと共に生きて生きたい。

そして今回の償いに、僕にyuriを幸せにするチャンスが欲しい、結婚して欲しい、

と何度もプロポーズをしてくれたが、私はまだ待って、といい続けた。


彼女にしたような仕打ちを私にするかもしれない・・・・・という不安があり、私は様子をみていたが、私にはそのような片鱗さえみせなかった。

とても優しくて温かく誠実だった。

やはり彼女には特別な嫌悪があったようだ(だったらしなければよかったのに・・・)


ねーもし私が経歴詐称していたらどうするの?

yuriはそんなことはしないよ、たとえあったとしてももうそんなことはどうでも僕にはいいんだ、今ここにいるyuriの全てを欲しいと思う、という。


ならどうして彼女の詐称は許せないの?なぜ彼女はだめなの?

と私は聞いてみた。




にほんブログ村 恋愛ブログへ
にほんブログ村 にほんブログ村 恋愛ブログ 女の本音・女心へ
にほんブログ村 にほんブログ村 家族ブログ 夫婦へ
にほんブログ村

どうしたら、あのような夫婦になれるのか?

その方が亡くなった後、挨拶にきたご主人に聞いてみた。


『私たち夫婦はとても辛いことを二人でずっと乗り越えてきたんです。

楽しいことなんてほとんどなかった、本当に毎日毎日がつらかった、

でも今はその辛さにも感謝しています。あの辛い時期があったからこそ、お互いの大事さがわかるのです。

どんな形でもいい、目を開けなくてもいい、今一緒にいてくれるだけでいい、そう自然に思うのです。

美味しいご飯を食べに行ったり、旅行に行ったり、映画を見に行ったり、

そういう楽しいことなら誰とでも、いつでもできる、だから大して思い出にはならない。 

逆に辛いことを乗り越えるには本当のつながりがないとできないのです

その見えないつながりができた時、存在するだけでいいという間柄になれるような気がします』


と話してくれた。

私はこのご主人の話に、夫婦の絆の真髄をみた気がした。

お互い辛い時間をともに乗り越える、

この先にしか真の幸せはないのではないかと思った。


ここで、私は彼と別れて気楽な生活に戻るのはとても楽だが、それで私は成長するのだろうか?

嫌なことばかり避けて通って人間力は上がるのか?

この人と別れて、優しい、隠し子の居ない、普通の人と恋愛して楽しい毎日を送ることが成長なのか?


私は私の人間力を確かめたくなった。

彼のことは好きだけれど、その恋愛パワーでこの辛い事実を乗り越えられるのか?

私は今まで自分の人生を一人で強く、清く、それこそ凛々と歩んで行くことになんの迷いもなく、自信さえあった。
しかしそれは一人の舞台だったからではないか?
自分の独力を過信していないか?
一人きりの社会(家族)でしかやっていかれないのではないか?
人の罪を許す心がないのか?

色々考えた。

そこで、私はこれを乗り切ってもう少し彼を見定めてみようと思った。
見ている間に嫌なところが、合わないところがでてきたら、そこでさよならすればいい。



そして私は言った。


私は今日限りもうこの話題は出さない、後からぐちぐちいつまでも責めたりしない。
これからのあなたを見させてもらう。

次にこの話題を話すときは彼女に認知をせがまれた時、二人で裁判をどうするか相談しましょう。
だからもう関係を絶って、連絡もきてもしないで。
そうしたら何事もなかったように明日から振舞う、
子供を意識しないで生きていく決心をするから、このことは許すから、といった。

あなたも私に黙っていて辛かったでしょ、
もう一人で辛い思いをしなくていいのよ、

と言ったら、ありがとう、と泣いた。


その翌日からは彼の実家で過ごすことになっていたので、実家に向かい彼の両親と楽しく過ごし、この話題は一切しなかった。




にほんブログ村 恋愛ブログへ
にほんブログ村 にほんブログ村 恋愛ブログ 女の本音・女心へ
にほんブログ村 にほんブログ村 家族ブログ 夫婦へ
にほんブログ村

私は今までまじめに働いてきて、もう一人前の専門医になった。

しかし、結婚に興味がわかなかった。

ナースは『先生~夜中に一人でいると急に淋しくなることありませんか?』

というが私には一人で淋しいと思ったことがない。


それは一緒にいなくてもココロの中に恋人がいたり、家族がいたり、支えがあったので満足していたし、心にいるだけであたたかかったので、逆に一人の時は楽しく満喫していた。

人と一緒に居ることばかりが幸せではないと思っていた。


今まで彼がいなかった時期はないし、私が淋しいと思っている暇なく、友人や同僚や上司との関わりで忙しいくらいだったから。

一人で生きていく能力もあり、私には家族が多い。

結婚しなくてもこの家族と、甥っ子や姪っ子と楽しく暮らしていくものだと思っていた。


しかし、この私の考えが変わったのはある家族をみてからだ。

その家族を見て、夫婦愛って本当にあるんだ、結婚も悪くないかも、と考えた。

私は患者さんの死をたくさんみてきて、夫婦とはなんだろうとずっと思ってきた。


その夫は妻の病状を説明した時、手の施しようがないと言った私の前で声をあげて泣いた、まさに男泣きだった。

その後も意識のない妻のところに足繁く通い、髪を洗い、とかし、話しかけ、お化粧をしてあげる、、、、、

そして妻の入院費のために新聞配達と昼間の仕事を両立させていた。



私は夫婦と言うのは、初めの頃はどきどきする恋愛感情もあるが、何年も一緒にいると家族と言う枠でくくられ、愛しいとか恋しいという感情ではなく、戦友のような関係になってしまうか、まったくさめて共同生活者となる関係だと思っていた。

『一生恋愛、恋人気分』なんてテレビのCMではないけれど、ないものだろうと。


私は比較的情にもろく、思いが強いほうだか、これも結婚と言う形をとると覚めてしまうのだろうと思っていた。


しかし、家族の情だけであそこまで末期の妻をかいがいしく世話をできるだろうか?

本人はもうわからないのだから、それは夫の自己満足でしかない。

本当に自己満足だけなのか?


どうしたら、あのような夫婦になれるのか?その方が亡くなった後、挨拶にきたご主人に聞いてみた。







にほんブログ村 恋愛ブログへ
にほんブログ村 にほんブログ村 恋愛ブログ 女の本音・女心へ
にほんブログ村 にほんブログ村 家族ブログ 夫婦へ
にほんブログ村