うみへいく -68ページ目
おはようございます。

やっぱり雨で寒いです雨
今日は心療内科の日です。

もともとあおのかかりつけなんですが、いつも私の眠剤も一緒に頂きます。

今日は不整脈や夫のことを話してみようかしら?と考え中。

午後からこども家庭センターにも電話してみますけれどI。



今日は眠いです。
ここ数日、逆流性食道炎の症状が強く出ていて夜中に胸の痛みで目が覚めてしまうのですよねガーン

パリエットのジェネリック飲んでるんですけどね~あせる


まぁこれもストレス続くと悪化する傾向にあるので、私の体は今かなりSOS出してるってことなんでしょニコね。



blogでは元気でいようと思ってますし、子供の前や仕事中もニコニコしてますが、本当は大声で泣きたくて仕方ない感じかなぁ。

いや、泣かないけど。

自分が強くなるしかないし。

ひーたんを見ていると「定型発達者」ってこういう風に物事見て判断して動けるんだな、というのを思い知ります。

思い知るってことは、私が「非定型発達者」なんでしょうねショボーン


よく母親から「おまえは普通のことが出来ないダメな子供」と言われましたが、私が非定型発達者だったなら、母もさぞかし私を育てるのに苦労したのでしょうね(笑)。

あー、だから「死ね」とか言われてたのかぁ。

うわぁ、私、鈍臭いなぁ……I。自分でもビックリするレベル❗
鈍いってある意味才能だわ(^-^;)。

私、自分が傷ついてることに気付くのが異様に遅いんですよね。

その場ではふーん、てくらいしかなくて、後からジワジワ来るんです。

で、体を壊したり、情緒不安定になったりして、「あ、かなりキツかったんだな」と思うわけですI。


で、反省しても数日したらなんだっけ?て忘れちゃうので、また初めから傷付いて、それが何年も積み重なると恨み辛みに変化して、今度はそこに囚われてしまう。

そゆときに自己嫌悪のきっかけがなにか来たら、もう希死願望に繋がってしまう。自分の存在意味とかわか滝汗なくなってしまう。

私みたいに弱いってことは、自然の摂理からしたら淘汰される対象なんじゃなかろうか、と。


私が悪いんだ

私がダメなんだ

これですよ。
我ながら鬱陶しいにも程があります。


あーっ、鬱陶しい!すっげめんどくさいな、私ゲローむかっむかっ


どうしたら強くなれるんでしょうかね。

カウンセラーから言われる言葉にすら傷付いて自分を閉じちゃいますから、御話になりません。


っていうか、ちょっと待って。
深呼吸しよ。

多分、今特別です、よねキョロキョロ


もともとよわっちいかも知れないけど、今は特に疲弊してるので余計なんですよね。


今までだって、あおの療育と向き合ってきたし、両親との関係も闘ってきたし、夫に殴られてもここまで来たし、

頭が禿げても、自傷しても、数々の心の病に罹患しても、今日まで生きてきて、好きなこと見つけてやって来ましたよね。

単に鈍いからだとしてもさ!

それって、私の生きる力だと思ってもいいですよね?笑い泣き

ちくしょー、鬱陶しい私なんかだいっきらいだぁ!笑い泣き

(;´Д`)ハァハァ。

というわけで、病院へ行ってきます。

宝くじ当たらないかなぁ!チュー





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こんばんは。
ちょっと寒い雨が降っています。
明日も寒いかな。

皆さんお風邪を引かれませんように。

Novemberですニコニコ

今月は子供たちを連れてドラクエのオーケストラ公演を見に行くこと、hideちゃんのホログラフィックライブに行くことが楽しみです照れ



さて、今日はちょっと病気のお話。

私は子供の頃から自律神経が弱い方で、このメンタルが弱いことは、私のcomplexなんです。

母親から散々そこをなじられて怒られてきましたから滝汗



中学時代は喘息も酷くて、咳が酷くて寝られないとこっそり真夜中に起き出して、ホットミルクを飲み、ベランダに出ます。

夜風に当たっていると心が落ち着くことを本能的にわかっていたんだと思います。

宇宙を見てると嫌なことや辛いことが遠い出来事のような気がしましたしね。


親に苦しいことを訴えられなかったことはとても辛かったです。

思春期の頃、私は悩みや痛みや苦しさを両親に話すことはほぼありませんでした。

一人で黙って飲み込むのです。

その反動が体にきてたのかもしれませんね。当時はわからなくて、弱い私を母が怒るわけで、だから余計に自己肯定が苦手になって…(笑)。
あおみたいかな(笑)。

過呼吸は高校生で初体験でした。
円形脱毛もその頃から。


でも大学以降は結婚までありませんでした。
自由でしたからニヤリ
留学もして、仕事もして、実家から離れて心は自由でしたからね。


それが、結婚してからまた悪化していったのですね。


症状としては、


過呼吸、蕁麻疹、喘息、不整脈、
頭痛、目眩、吐き気、気を失うような違和感、喉に異物があるような違和感、
倦怠感、常に疲労感、ネガティブ、希死願望、過食(20kg以上の急激な体重増加) etc.


書き出してみるとなかなか凄いメンタルのデパート( ̄▽ ̄;)。


でも私はそれは自分が弱いのが悪いと思っていましたし、育った家庭環境のせいだと思っていたのです。


それ+夫のアスペルガーだと気付くまで長い長い時間を要してしまいました。


結果論的には、私にもADHDがあるようなので、私の異質さが原因で夫と接していて病み、同時に夫の異質さゆえに、私が病むという両方のせいだったのだと、今は思いますが。


兎にも角にも、相性的には非常に悪い組み合わせだったのでしょうね、私たち夫婦はショボーン

今はマンションの件もあるので、性格の不一致だけでは済まなくなりましたけれどもムキー



で。

2年ほど前、酷い目眩発作を起こして救急搬送され、そのまま入院になったことがあります。

目眩での搬送は2度目でしたが、その時は嘔吐も止まらなかったので、脳の検査が必要ということで入院になりました。

有無を言わさずでしたので、腎盂腎炎の時のように子供がいることを理由に入院拒否は出来ませんでした。


まぁ、子供もだいぶ大きくなってたので助かりましたけれども。


で、入院になったので夫に連絡を入れ、色々段取りを取りたかったわけですが………ほんっとに今までと変わらなかったです。

まず自分でどうにかしようとは考えてくれず、勝手に夫の母にさっさと連絡して、うちに入ってもらい、自分は仕事only。

仕事はしてもらわねば困るので良いのですけど、気持ちや言葉はどうした!?て感じでしたね(笑)。
だいたいあおも、いきなりおばあちゃんがいる生活を受け入れるのは厳しいのですし。


義母ですから、私だって気を使うし、自分が入院中に家の中を触られるのは抵抗がないわけじゃないのですよガーン

まぁ、仕方のないことなので、もちろん義母には感謝しましたけれど、夫から妻へなんかないのかよ~、とがっかりしました。

2週間近くの入院で、脳の検査して、最初は異常があるとか言われちゃって、どれだけ怖かったことか。

嘔吐するほどの目眩ですからもちろん体を動かすこともできず、排泄もベッド上だったくらいです。

絶えず気持ち悪いし、世界はぐるぐる回っているし、あんなに不安で不快なことはなかったです。


入院中、夫が来たのは2回だけ。

下着やパジャマを頼んだときですね。

でも当然私の下着を見つけ出せなくて、彼が持ってきたのは自分の下着でした。

そしてパジャマ代わりに、自分が出たマラソン大会でもらった、なんちゃらタイトルの入った長袖ポロシャツみたいなもの。

って、夫の下着を着ろってことかよ?ムキーIはぁ?

恥ずかしくて着れないです、はい。

そして要らないよと言ったのに、何故かブラジャーがたくさん(笑)!イミガワカリマセン。



結局、姉に連絡して神奈川から病院へ直に、下着やパジャマ、タオルなど必要なもの一式送ってもらいました。

姉が送ってくれたことを見ても、夫は何にも感じなかったですし、夫の下着なんか着れない、と私が言っても、なんで?えーやん、別に、という世にも理解しがたい返事でしたけど。

もうこーゆー反応、標準装備ですねゲッソリ


お見舞いに来てくださった義母は、おっきな夏ミカンを5、6個まるごと持ってこられて、起き上がることもできない私は、もちろん剥くことも出来ず、食べることもできませんでした。
また、ポカリスエットを買ってきてほしいと頼んだら、コップもないのに2リットルのを買ってこらたのもビックリしましたが(^-^;)。

まぁ、そのへんは気持ちはあるのだと思つことにして感謝しましたけれどニコニコあせる


で。

目眩が酷い中も私的には子供の学校のことやらで夫に連絡を取らなくてはならなくて、嘔吐をこらえ、千鳥足でナースさんに心配されながら電話をかけていたのですが、

電話をすると、夫の口から仕事の愚痴が出てくるわけです。

もう仕事を辞めたいとか、何が嫌とかなんとか。



来たよ、この予想を裏切らない絶望感(笑)。

お見事!

あー、電話しなきゃよかった、と心の底から思いました。


具合悪くて入院してる私が必死で夫をなだめるわけです。

なんのこっちゃ┐(´д`)┌、ですよ(泣)。

私が愚痴りたいですってば笑い泣き

まぁ散々な入院でした。
結果、脳に異常はありませんでした(その1年後くらいに脳動脈瘤が発見されてますけれどね)。

私の体調不良は、色んな検査をしました。

脳外科、心臓外科、内科、消化器科、耳鼻科、などなど。

でもこれといった異常がなくて、結局心因性ってなるんです。


これがカサンドラだったのかと気付くまで20年近くかかってしまったわけです。


「もっと心を強くしなさいよ!
学習しなさいよ!
自律神経が弱いからって自分に甘ったれてんのよ!」

とはひーたんのお言葉えー


「そーかもしれないけど、神経を強くする方法なんてわかんないし、もとから何か欠如してる脳みその私なら、ないものはどーにもなんないじゃん!」

と反論したら、

【それじゃぁあーさんが旦那さんに、こっちの言葉が伝わらないよーって怒り嘆いてるのと同じじゃん。
あーさんにも、私の言葉が伝わらないんだ?そう思われていいんだ?プンプン

って言われちゃいましたガーンIII。


へ?夫と同じ………?


お、同じなのか?滝汗滝汗滝汗え?


いやいやいや、嫌だーっ❗

私もっと頑張ります笑い泣き
【脳みそにないから出来ない】って言ってたら確かに夫と同じだーっ笑い泣き
嫌だと思えるなら外から取り入れて訓練するしかない。

あ、そうか。
私が私を療育する必要があるってことか。



まぁ、言っても、発達障害のくくりなら同じなのは確かなのですけどねチューあせる

相変わらずひーたん、痛くて厳しいわ笑い泣き(笑)。

でも正論だから恐ろしい。

そして私を前に進めようとするから更に恐ろしい子(笑)。

ひーたんには感謝しきれませんね照れ






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【コウノドリ4巻】にDVを受けてる妊婦さんのお話がありました。

「家族ってなんですか?」と被害者の妊婦さんの問いに対して、鴻鳥先生は、自分は孤児だったからわからない、と答えます。

そして、母子シェルターに入ること(孤独になること)を決めた妊婦さんに、先生は言います。


※コウノドリ4巻(鈴ノ木ユウ先生、講談社さん、ゴメンナサイ。お借りします)

と。




私はずっと……

子供の時からずっと、「家族ってなんだろう」と思っていました。

だから、結婚して家庭をもったら家族が出来る。想像で想い描いた家族がつくれる、そう思っていたのかもしれません。


子供が出来れば自然に家族が出来る、と。



自分が言われたみたいに、「死ね」とか「殺してやる」とか私の口から子供には言わない。

父は、母や娘である私たちに暴力をふるったけれど、きっと私が産む子供の父親は違う。

そんなことはありえない。


ありえないんだ。


私は勝手にそう思っていました。



けれど、私の結婚と出産はあらゆることが想像の外でした。

当たり前ですよね(笑)。


でも、その外っぷりはちょっと極端だったのもしれません。


夫はなんだか変わっていて、自分の世界の中で勝手に生きてる。

妻であるはずの私の気持ちに寄り添ってくれない。

会話がずれていく。

共有できる感情がどれなのかわからない。

夫の一般常識は、一見普通の一般常識にも聞こえるから、ぼんやりしてる私は深く考えることもなく、夫から夫の正を主張されると、そうなのかな?と思ってしまう。



そうなのかな、

そうなのかな?

私が間違えたのか。



けれど、あおの療育(子育て)はとてもとても大変で、

なんで?

って思いながらも、それは当たり前。

それは私の責任。

みんな大変なのが普通。


そう自分に言い聞かせて、泣きながらも飲み込みました。

そんな中で夫がまさかの暴力。


「家族ってなんだろう」

私はずっとその問いを自身に投げ掛け続けました。



あるカウンセラーから訊ねられました。

貴女が結婚してから今日まで幸せだった時の記憶を思い起こして私に教えてください。



幸せ?

どれ?


私は凍りつきました。
いつ幸せだったのか、わからなかったのです。


私は、自分の育った環境のせいで心を病みやすいのだと思っていました。


夫への不信感や違和感を抱きながらずっと、

私の両親があんなだったから、私はこんななんだ、と呪いのように信じました。



けれど、……私は夫との結婚生活で間違えたのです。

夫を冷静に観察しなかったこと。

あおの療育で自分も疲れて傷ついていたことに気付けなかったこと。


私は母親だから、何もかもを背負うのは当たり前だと信じていたこと。


夫が働いてくれてることに感謝しなくてはいけなくて、だから、他のことは全て私が背負うべきものなのだと思っていたこと。



だったら、

家族ってなに?


幸せが何処にあったのかわからなかった私です。

そりゃ、その答えがわかるわけもありません。


夫から暴行受けたとき、凄く怖くて、悔しくて、腹が立ちました。

泣きました。

夫が落ち着いてからはもちろん糾弾しました。


けれど、何処かで、こんなもの、と思う私がいたのです。

暴行、暴言に馴れていた私でした。


夫はしばらく毎日、ごめんな、ごめんな、と言っていました。

父も暴力をふるったあとは猛省するのです。

そして父がどれだけ母を殴っても、姉を殴っても、両親は離婚することはなく、生活環境はかわることなく、そのまま日々は続きました。

だから私も、夫との日々を続けました。



私は間違えたでしょう?

夫婦って、片方がメインで働き、片方がサブで働き、それによって生活費をつくり、

それから一緒に子供をつくり、

一緒に子供を育て、

相談したり、悩んだり、考えたり、
ましてや、我が子に障害があるならなお、

感情や気持ちの共有をして生活するものなんですよね。



私があおを育てるのに辛かったことは、

あおの障害のサポートについてじゃなかったんです。


あおの療育を一人で背負った私への、夫からの理解と、共感、共有がなかったことなのです。

夫に対して期待はもっていたかもしれませんが、依存したのではありません。

共感と共有を求め続けたのです。

得られることのない、それを。


家族とはなにか。

私にもわかりません。


けれど、私の家族は、私の側にあり、共に泣き、共に苦しみ、抱き合い、励まし合い、闘った、私の息子たち、

あおといと なのです。


他に誰が必要でしょうか。

私は孤独だと思いましたが、

私には17年前からあおが、11年前からはいとも、ずっと側にいたのです。


それだけで充分なんじゃないかと、…思いました。


私はまだまだよわっちいけれど、

私の家族を守りたいです。


まだまだたくさん悩むけれど。


今はそう思います。











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あおといとを車に乗せて、ビッグボーイへ向かう途中のことです。

二車線の左側を、私は法定+αくらいの速度で走っていました。隣の斜線には車が1台、私より少し先行して走行していました。

が。

いきなり左車線に寄ってきたので、私は減速しました。

その車は法定くらいの速度でしたが、センターラインを跨いで走行を続けました。
ウィンカーも出ていませんびっくり

私はその先で左折したかったので、センターラインを跨ぐこの車が一体どうしたいのかわからなくて困りました。

うーん、と思って様子を見ていると、やがてそのままこちらの車線に侵入。
ノーウィンカーです。

私もかなり減速してたし、車間も取っていたので衝突はしませんでしたが、危ないなぁ!とちょっとムカップンプンときました。

私の前へ入ったその車は、よろよろと更に左側に寄り、法定以下に減速。

車のリアには、高齢者のもみじマークが貼られていました。

左に寄ったので、停車するのかと思いきや、そのまま走行。
なんだろ、なんだろ?と思いながら左折地点へ。
もみじマークの車は赤信号なのに停止線を越えて目の前の直線道路の真ん中近くまで前進して停車。
相変わらずのノーウィンカーゲロー

信号が変わるとそこから発進して左折。
右車線へとゆるゆる移行。

本気で苛々してきた私は直進だったので左車線に入り、信号で停車し、横に来たその車の運転者を見ました目

もみじマークはまたしても停止線を無視していましたがガーン

運転者は白髪の男性ご老人。

信号が変わって私は発進しましたが、いとが後ろを振り返って言いました。

右折レーンにいたもみじマークは、直進車が全くいないのに一向に右折しなかったようです。

その後のことはわかりません。


まさか、認知症じゃないよね?
と、ゾッとしました。

一体何を考えて運転しているのでしょうかプンプン

宮崎の事件があったって何も気にされていないのでしょうね…滝汗

あんな車に巻き込まれたくないなとつくづく思いました。

あれ、危険運転でしょう?
お巡りさん、何とかしてくださいませえーん
お疲れ様ですの夕方です♪

仕事で利用者さんとお話してる方が気が紛れますチュー

帰宅したら、いとがお友達と5人くらいでリビングで楽しそうに遊んでました。

食べかすやゴミだらけで、いつもなら全くもうガーンむかっってところだけど、

今日はこんな風に子供が楽しそうにしてる姿は有り難いなぁって思いましたラブ


そして、こやってスマホを開いていたら、いつも私を攻撃してくるみーこにゃんが、珍しく喉を鳴らして私の膝の上に乗ってきましたニヤリ

私が落ち込んでるのわかるのかなぁ笑い泣きドキドキ

ありがと、みーこにゃん。

それから、仕事のあと、ご近所で仲良くしてる独居のおじいちゃまが入院された病院へ行ってきました。

息子たちのことをいつも気にかけてくださいますので、お洗濯もののお手伝いをさせていただいています照れ音譜

そしたら、今夜は息子さんつれてハンバーグ食べておいでよってちょびっとお小遣いくれました!びっくりえーん

お断りしたんですけど、どうしてもって。

悩んだけど、有り難く頂いて今夜はHalloweenだし、あおといとを連れてビッグボーイに行ってきちゃいます爆笑ラブラブ
ひゃっほぅ爆笑



なんかね、嬉しいなぁと思いました。
私今、絶望感でいっぱいで、午前中は生きてるのもしんどい、てあおみたいにちょっと思ってました。



でも、そのおかげで人の優しさや当たり前の日常に感謝することを思い出したような気がします。

わんこの散歩中にいとの同級生が、お母さんと仮装した姿で歩いていて声をかけてくれました。

英語教室でHalloweenPartyしたんですって( *´艸`)。

元気一杯のお母さんの声と、その子たちの声までもが、なんだかとても嬉しくてたまりませんでした。


例えば、妊娠して男に逃げられてシングルでも働いて育ててるお母さんなんてたくさんいるじゃないですか照れ

私がこの子を育ててやる!って。

その強さ、今の私に必要なものだと思いました。

親の事情は子供には関係ありません。

私が病んで子供たちに精神的な影響を与えているのなら、それを回避するのが親のつとめですね。

もしもカサンドラで私が病んでいるのなら、診断書取れないか、心療内科の先生に相談してみようと思いましたニコニコ。持っておいて損はないと思いました!

そして、今日おじいちゃまがくださったお小遣いは、ちょびっとだけど貯金して、家計費で子供たちをビッグボーイへ連れて行くことにしますニヤリ音譜うふふ。


そうして、行くべきところへ行きますニコニコ

1つずつ前へ駒を進められますように。

頑張れ、私ウシシドキドキ

追記

カラオケから帰って来たあおに、ビッグボーイ行くよーと事情を話したら、「Halloweenだからお寿司でも行こうかなって言ってたやん。お寿司やと思ってたから帰ってきたのに、ビッグボーイやったらカラオケしてたらよかった!」と床に転げて悲しげに拗ねて言われてガーンガーン

これよ、この読めない感じ(笑)。

お手伝いして頑張って頂いたビッグボーイへの切符(笑)だったのにねぇ。

確かにお寿司もいーねぇ、なんて言ってはいたけどさ(笑)。

一気に萎えましたわ( ̄▽ ̄;)あせるダウン

「あお、その言いぐさは不愉快じゃプンプンむかっ何処が不愉快にさせたか考えてちょーだい」

と言ったら、「えー、わかるけどー、ごめーん」だってあせるあせる

まぁいっか。
私もちょっと敏感になりすぎかもショック汗