うみへいく -64ページ目
ストレスたまると時々イラスト描きます。


でも絵を習ったことはなくて、あくまで我流なのでお粗末ですガーン。スミマセヌ


ハリーポッターとかトッキューとかジパングとか、んーと、おおきく振りかぶって銀魂なんかをよく描いたなぁ、と懐かしいですニコニコ


今となってはもう描けないケド笑い泣きあせる


あの頃は、40代の自分がこんな苦痛の中にいることになるなんて思ってもいなかったわけですが。

はぁ~傘


でも、今朝ね、

【いとの同級生のお母さんが妊娠したので、産科に同行するという夢】を見たんですよチュー

胎動があるって嬉しそうなお母さん見て、私も嬉しくて、お腹に触らせて頂くのですラブガーベラ

幸せでした。
まぁ、コウノドリの影響かもだけど、夢占いによると、援助者が現れるとか幸運が舞い込むとか、なんか良い意味合いでした口笛


そろそろイイコトあっても良くない?笑い泣き

今夜は餃子を作りまくろう。
やっぱりなんかストレス笑い泣き


そういえば、

かわぐちかいじ先生の【空母 いぶき】が読みたいな日本アメリカ






ストレス解消にもなるので夢中で描きました。

女の子、というか立派な女性ですが( *´艸`)。
↓鉛筆HB onlyの下描き。

未完成です。
一旦寝ます。

イチョウイチョウイチョウイチョウイチョウイチョウイチョウ

こんにちは。
再びUP。
加筆修正(11/8)したものです。
完成品。
↓鉛筆HB 色鉛筆 ホワイト



お粗末さまでございました笑い泣きダウン

Model/SAYA  
Thanx Saya.
雨です雨
こんばんは照れ

今夜は母子3人でコウノドリ第4話を観ました。


これ、親子の会話のネタ提供になるんですよね~ニコニコ


今日は21週で切迫流産になるお母さんが、数百グラムの小さな赤ちゃんを早産してしまうお話。


ここから質問の嵐です。

いと「切迫流産てなに?」

あお「数百グラムの赤ちゃんてどんくらい?」

いと「このお母さんも大変なの?このお父さん、凄い必死だね」

あお「うわぁ、ちっさー。怖い。赤ちゃん怖い!」

いと「NICUてなに?」

などなど。

私が、

あおは【切迫早産】
いとは【切迫流産】

と明かすと二人ともびっくり。

あおは29週で切迫早産だったから24時間点滴で絶対安静だったし、いとは切迫流産で出血が止まらず、この子はもたないと医者から言われたよ、と私。

ドラマではなく本当にあったことです。


生まれてくるって本当に奇跡なんだよ。
そう二人に言った自分がはっとしました。

そうだ。

あおもいともちゃんと産まれてきたんだ。
それだけでも有り難いじゃない?
ダメかもと二人言われて、命かけて産んだのだから。

あおは週数早くてちっちゃくて大変で、

いとは誕生三日目で感染症にかかり保育器に戻され(最初NICUと言われたけど、エヌが満床で保育器になったのでした)、

いとと共に退院できなかった私は毎日搾乳しては母乳を届けに行ったのでした。

暫く触ることも許されず、ガラスの此方側から泣きながらいとを眺めたこと、いつの間にか遠い過去の記憶になってました。

あんたたち、こんなに大きくなってさ、産まれてきてほんとに良かったね!二人して発達障害があったってさ、医者が難しいと言ったものを頑張って産まれてきたんだから凄いもんだね!

と、あおの背中を叩きました。

あおといとはふざけて、イエーイ(○´∀`人´∀`○)!とハイタッチしてましたけど、そんな光景見れるだけで幸せですねおねがいラブラブ



コウノドリ、ほんとに素敵な作品です。
夫にも読ませたい、と思ったけれど…………やめておきますキョロキョロ


あお曰く、

「きっと、へえーすごいねだけで終わるよ。おとさんも凄い頑張ったとか言い出しかねない(^-^;)」

いと曰く、

「実際おとさんはこのドラマのお父さんみたいな反応してくれたの?」


……………あんたたちのおとさんはね、

何にも変わらなかったよ( ̄▽ ̄;)。
早産でも流産でも、なーんにも言葉も表情も変わらなかったよ。

いーんだか、悪いんだかわからないけどもね。


いとが先日、近所のYMCAの行事で何やら作ってきましたキョロキョロ

初めて一人で金槌、鋸、釘を使ってのモノづくり。

机を作ったそうですニヤリ


それが、あちこちガタガタしてて、脚の部分もグラグラで、もうゴミみたいだよねショボーンとショボショボ言ってました。


私は仕事が忙しくてろくに見てやれなかったのですが、

先程夕飯づくりの最中に、突然トンカントンカン始まったので、調理の手を止めて見に行きました。

おとさんの工具を引っ張り出してきて、何とか補強しようとしていますチュー


へぇー、こーゆーのやるんだなぁ、とちょっと感動して見ているうちに私もムズムズ口笛

「貸してみ?釘はこうやって打つんだよ」

とやり始めたらなんだか楽しいじゃありませんか爆笑

いとが無理に打って割ってしまった板や、変な方向から飛び出してる釘を抜いて打ち直したり、二人してついつい夢中に。

なんとかテーブル部分は固定できたものの、脚がつけられません。

結局明日大きな釘を買いに行きたい、言い出したので、付き合うことにしました。





さてさて、いとが納得するように出来上がるでしょうか( *´艸`)ドキドキ




あおが 広汎性発達障害 を診断されたのは小学4年(9才)のとき。

それまでの私は、初めての子育ての中で、あおが標準なのか、非標準なのかなんてわかりませんでした。

そりゃそうですよね。
そもそも子供の標準ってなによ?て話だし、初めての子育てなわけだし。

まわりの子と比べたときに、ん?あれ?
ていうのはありましたけれど、それ以上深く考えることもなかったです。

幼稚園が始まるまでは。


だから、あおが奇行に出たり、暴走したりしたら当然怒鳴って怒って、叱って、時にはゲンコツ、時には平手打ち、お尻もパンパン❗やりまくりました。

けれど、幼稚園が始まってからは会話が噛み合わないことが辛くなってきました。

叩いたって噛み合わないものは噛み合わないし、理解してくれないものは理解してくれないし、興味ないものは興味ないし、私はよくあおの目の前で子供のようにわんわん号泣しました。

なんで?

なんでわからないの、あおっ!

なんでなのーっ?

えーんえーんえーんうわぁぁあんえーんえーんえーん



てな感じですガーン
今思えば実に残念な母親な感じです( ̄▽ ̄;)(笑)。


もちろんそれだけ泣いてもあおは私が泣く意味がわからなくてきょとんとしてるか、怖すぎて一緒に泣くかでした。

マジで苦しいんですよねーえー


これって、下手したら首絞めちゃうお母さんいると思いますよ。

私はあおを窓から落としてやる!と思いましたし。



で、実際はどうしたかと言うと、座布団を二、三重に重ねて柔らかさを確認してから、「お前なんか落としてやる!」と言って、座布団上10cmくらいからポスッと落とすんですショボーン

もちろんあおは面白がってキャッキャッと笑ってるんですけど、私の心は泣いてましたね。


ポスッ


ポスッ



たった一人の部屋で、見知らぬ土地で、私はそうやってあおを座布団に落とすのです。


なんていう悲しい光景でしょうか。

今タイムスリップしてそこへ行けるなら、私は自分とあおをハグしてやりたいくらいですショボーン



そして、9才であおの診断を受けたとき、担当医から言われたのは「怒鳴ったり、叩いたり、怒ったりしてはいけません」でした。


説明を受けて、そうしてはいけない理由は理解できるんですよ?
先生の言ってることはもっともだし、それまでの経験からも、怒っても何も伝わらないことはわかってましたし。


でも私は万全な母親じゃありません。

頭の隅にはいつも怒鳴ってはダメと、あるけれど、やっぱり感情的に怒ることはたくさんありました。


多分私が結構厳しく接したのであおの自己肯定力は低くなってしまったんだと思うし、そこは今17才になったあおにごめんね、などと言ったりしてコミュニケーションはかってます。

あおがどう思ってるかはわからないけどキョロキョロ


けど私は、あおについては【発達障害だから親は感情的に怒鳴ったり叩いたりしてはいけない】はナンセンスだと思っています(個人的見解  ケースバイケース)。

もちろん叩くことは良くないのですけれど、叩かなければわからない痛みがあると思うからです。

発達の子供は推測が苦手です。

定型の子供もそうだと思いますが、叩かれる痛みを知らないと、容赦なくお友達を叩く可能性があると思うのです。

それと、母も人間だということ。

感情的にもなるし、間違えもするし、バカなこともするんです。

親は常に正しいなんてことを、子供に思ってほしくありませんでした。

だから私はあおにも自分の感情を隠さず剥き出しで接してきました。親にムカついて親を批判してくれたら良いと思っていました。

もちろん適度にセーブはしてましたけどね(笑)。


理由はよくわからないけれど、お母さんが怒っているからここの場面でこれをしてはダメなんだな、とか、これは危険なことなんだな、とか、こう言う言い方したら相手は不愉快なんだな、というのを、私が怒ることで伝えてきたと思います。

真摯に向き合って話し合いもしましたし、喧嘩もしましたし、笑ったりふざけたり、……感情の交換を、喜怒哀楽全て、あおとは向き合って出してきました。

それが、正しいとは言いませんが、10才のあおと、17才のあおは、他者への理解力という点において、随分と後天的に訓練されたなぁと実感しています。

発達障害は治らないと言われますが、療育という訓練によって、また加齢によって、後から学び変化するものがあるのは事実です。


だからこそ、早めの発見が必要なのだと、何度も言いますが、本当にそうなのだと思います。


障害と聞くと絶望しますが、一番わけがわからなくて生きることに困るのは発達障害者本人なのです。

それが我が子ならば、生きづらさを少しでも緩和してやるために、障害の事実から目をそらしてはならないと私は考えます。


生きづらい原因=障害と言われる部分

なのですから、そこをサポートすることで生きづらさを緩和できるわけです。


障害を、障碍と書きなさいとか、そんな表面的な文字の問題など私にはどうでもいいてすし、あおも気にすらしてません。


大切なのは障害者本人がいかに自分の弱点を自覚し、他者からどんなサポートを必要とし、そのサポートに対して礼儀として感謝できるかということ。


そんなこと、障害者だけでなく、定型の人だって同じことですけれどね。


自分の楽しみを持ちながら、一人の社会人として、お金を稼いで生きていけること。

私はあおにそんな将来を手渡してやりたいのです。


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