うみへいく -63ページ目
なんかね、思ったんだけど、


小さな子供とそのお母さん(プリミprimipara)のケアをする仕事ってないですかね?

そのための資格は何とか。


ちょっと調べるかなぁチュー



私、老人介護職で心理カウンセラーとファーストエイド指導員の資格あるんですけど、あと赤ちゃんに関する資格取ったら転職出来ないですかねニヤリ


前から思ってたけど、老人より赤ちゃんとそのママさんのお役に立てるお仕事したいわぁチューリップ



老人介護はちょっとね、色々とね。

同じう○こ取るんでも、赤ちゃんのがいいし爆笑(笑)。

まぁ、それだけではないですけどねチーンあせる




うーん、今朝ね、突然の排便にオムツを替えるのに、荷物一杯で右往左往してたママさんがいらして、お手伝いしたんですけど、ほんとにすっごく感謝されてね、こっちも、気持ちよかったんですよおねがいドキドキ

赤ちゃんは泣いてもかわいいし。



ご老人にも優しい人はもちろんいるし、ありがとうっておっしゃってくださる人もおられるのは確かなんですけど、


まあ、そーではない人率のが高くてねショボーン


認知症も大変だし、まぁ報われないんですよねショボーンあせる


なーんて、言ってたらダメだよねー笑い泣きはぅーん。







【第二子 いと】

あおの出産から5年。

私の2回目の出産が始まりました。

いとは妊娠初期に切迫流産で出血が止まらなく、多分無理だと言われてました。
トイレに行くたびに絶望感にうちひしがれたものです。


ただ、いとの時は子宮筋腫がもう半石灰化しており、育つことがないから気にしなくてよいとのことでした。

なので、切迫流産を乗り越えられればあおの時のような入院とかはなくて済むだろうなと思ってました。

切迫流産の時期は、あまりに早期だったので、doctorも自然に流れると考えたのか入院はありませんでした。

で、ダメだろうと言われたいとは無事に育って臨月。

予定日を3日過ぎた時に、いわゆるお印と言われる出血を確認しました。

そこからじわじわと陣痛が始まりましたが、
前駆陣痛期間が長かったため、私的にはちょっと余裕をかましてましたf(^_^;)。

そこへどーん、と強い陣痛が。

「あれ?やばい?」

という気持ちが一瞬走り、取り合えず病院へ行こうとなって、車に乗りました。

痛みは段々強くなります。

「やばい、本気で陣痛みたい」

と夫に告げ、でもまだ我慢できる程度だったので普通に病院へ入りました。

クリスマスシーズンで、入り口にツリーがキラキラしてたのを覚えています。

産科の病棟で、「すみません、陣痛みたいです」と言うと、「電話してくれた?」と言われて、滝汗

「す、すみません、電話し忘れましたガーン
と言うと
「困るのよ、もう!」
と怒られて待合室で待たされました。

あのときはすみませんでした笑い泣き

そうこうしてるうちに、陣痛室へ誘導。
モニターをつけて、赤ちゃんの心音を聴きながら、いよいよかぁ、という気持ちになりました。

隣のベッドでは初産のママさんが旦那さんに励まされながら唸っていました。
もう2日間待ってると言ってました。
微弱陣痛だったのです。

私の方は経産婦になるので、多少余裕があり、ベッドでは、大丈夫大丈夫❗と思っていましたが、
なんと、すぐに強烈な波が襲いました。



何故忘れてたんだ、私っ!愚か者めっ!

これじゃないか!

これがマジモンの陣痛じゃないかあっ!


と思いましたね口笛

「でるでるでるでる!」と叫びながらナースコール連打(ごめんなさい)。

助産師さんかすぐに子宮口の確認。

「やっぱ経産婦は早いねぇ、もう4cmだよ。もう少ししたら分娩台行くからね」

ヒイーッ、今すぐ行かせて!

と内心思いましたが、声にならない声で頷きました。

その後あっちゅーまに分娩台へ。

隣の妊婦さんが、「なんでーっ!えーん置いていかないで!私より先なんてずるいーッ」と叫ぶ声を背中に聞きながら、心の中で「すまん(。-人-。)」と思い、いざ出産へ。

ところが、ここからが長かったです。

いとの頭囲がでかくて、なかなか降りられず産道で引っ掛かってしまったのです。

時間がかかったため、助産師さんは途中で別の妊婦さんのところへ。
一人で分娩台に残った私は必死でいきんでましたが出てこず、なんとそのまま寝こけてしまうという失態をおかしましたガーン

戻ってきた助産師さんにパンパンと叩かれ、

「ちょっと、今寝ちゃダメよ!まさかそんなに眠いの!?」

と。


だってね、2ヶ月くらいまともに寝てないわけですよ滝汗
前駆陣痛に悩まされてましたからね。
それでつい寝ちゃったんです笑い泣き。すみません。

そこから本腰入れて産むことになり、産科医も来て、ナースも来て、さぁ出して!てなりました。
少し吸引もしました(吸引分娩)。

いきんだときに、左腕に刺さってた点滴の針が吹き飛んで抜けて、血がブッシューッ!と吹き出してました( ̄▽ ̄;)(笑)。

そうやっていとは生まれてきました。
臍帯は首に巻き付いてました。大丈夫でしたけど。

そういえば、あおのときは足首に臍帯が巻き付き、外へ出るときに足を思いっきり蹴って外そうとしてましたね。

赤ちゃんて凄いです。

いとのときは私の出血が多くて輸血もしました。

寝てる場合じゃなかったですよね。

ほんとにあの頃にコウノドリがあったらもっと危機感を抱いてたろうなあと思います。反省。

無知って罪だなあ。

分娩室で休んだあと、立ってトイレへ行くように促されて、立ち上がった瞬間の目眩と、ボタボタボタッという大量出血でマタニティパジャマと床を真っ赤に染めたことは記憶に鮮明です。

あれほどの出血をそれまで経験したことも見たこともなかったからです。

母体もまた凄いものですね。

もう二度と産むことはないですが、無知な私のもとから無事に産まれてくれた二人に心から感謝します。


頑張ってくれてありがとう。




おはようございます傘

雨です。

ちょっと鬱陶しい朝ですが、コウノドリ繋がりでワタクシメの出産のお話をチュー


【第一子 あお】
29週 切迫早産 子宮筋腫10cm

あおは1200gあるかないかの時に、私陣発してしまい、緊急入院となりました。

今産んだらエヌに入れても助かるかどうか?と言われて、とにかく絶対安静。
子宮口は1cm強開いてました。

母子手帳調べてみましたら、37週まで点滴監視で持ちこたえていますねニコニコ

でも30週以降度々陣発を繰り返し、その都度注射(点滴とは別)で陣痛を止めていました。

とにかく、1日でも長く母胎に留めたいというdoctorの意思がありました。

筋腫が一緒に育っちゃってね、あおは胸元にもう一人の赤ちゃんの頭を抱えている状態のようなもので、狭くて動けないし大変なんですよ、と言われましたね。

で、37週突入と共に出すよ!ってなって、カイザーと50%50%だったため、麻酔科医、新生児科医(小児科兼任だったかな)、産科医全て揃えられるタイミングで出すからね、と誕生日を決められました。

前日にラミナリアを入れて子宮口をこじあけて、点滴は陣痛促進剤と入れ替え、強制的に陣発を起こしました。

このラミナリア!

忘れもしない、ラミナリア!

陣痛の痛みは忘れても、ラミナリアの痛みは忘れられません(笑)。
悲鳴と涙をこぼしましたからね。

doctorは、痛くないよーとか言ってましたけど、嘘つきーッ❗
と思いました(笑)。

そしてカイザー半々の確率でのお産が始まりました。(浣腸しました)

薬で強制的に起こす陣痛の激しさは言葉になりませんね。
子宮破裂の危険を伴うものですから。

助産師さんの存在だけが心の救いでした。
(夫は要らねー、と心底思いました)



きゃぁ!いたいーっ!なんてかわいい声は出せません。

獣みたいに

うおぉぉぉっ!

と唸ってました。

陣痛室の外にいた父親が、「なんだあの声は、あーの声か?恥ずかしいやつだな」と云っていたのも記憶しております(根にもっております 笑)。

じゃぁ、てめぇが代わって産めよ!ムキーむかっむかっむかっむかっむかっ

と思いました。

で、子宮口はなかなか全開してくれなくて、これ以上は危ないね、緊急カイザーに切り替えようというdoctorの声が聞こえて、もう私はなんでもいーからはやく切るなりなんなりして産ませてくれ!と、心底思っていました。

すると、助産師さんが慌ただしく、

「先生、ダメです!子宮口全開して頭が触れます!」

と。

そこからダダダと動いて、私は歩いて分娩台まで連れていかれ、出産となったのでした。

出血はあまりなく、あおはそりゃぁ勢いよくぶりんっと出てきてくれたのでした。
最高に気持ちよかったです。

長年溜め込んだ便秘が解消された感じ?

出産前は会陰切開をビビってた私ですが、何にもわかりませんでした。
産後縫うときに、イタタタってなくらいでしたよ。

あ。

産後同室になった方が、「会陰切開間に合わなくて破れてしまって、縫うの大変だったの。私のアソコはビリビリでつぎはぎになった。もう使い物にならないわ」と嘆いておられたのがお気の毒でしたガーン


私の場合、カイザーにするなら、一緒に
筋腫もとってほしいと先生に話したことがあってのですが、それは出来ないと言われました。

お腹切るなら一緒じゃん、と思ったけど、今コウノドリを読んでると、私の認識は本当に甘かったなあと思い知ります。


次、いとの出産いきますチュー


なんだろね。

なんだろね。

余計なことをぐるぐる考えて、

すっごく疲れてることに気付いて、

ふっと寂しくなったら………

hideちゃんの背中が無性に恋しくなりました。



逢いたいよ、逢いたいよ、hideちゃん。

hideちゃんの声で、

新しい歌を聴かせてよ。



誰かが作ったのではなく、

カヴァーしたのではなく、

hideちゃんが歌ってよ。



こんなに苦しいときでも、

貴方がいたら

私の世界はもう少し明るかっただろうと思うんです。





こんばんはニコニコ

いとが、先日修学旅行へ行ったときのお土産をくれましたプレゼント



おかさん、心が弱ってるから、いとからなんか貰ったらそれだけでウルッ笑い泣きてしちゃうんですよ。

ありがとー笑い泣き

陰陽  

世の中はいつも表裏一体。
陰と陽でひとつ。

なんとなく考えさせられちゃいますねおねがい音譜

大事にします照れ