せっかくなので出産の話 ② | うみへいく
【第二子 いと】

あおの出産から5年。

私の2回目の出産が始まりました。

いとは妊娠初期に切迫流産で出血が止まらなく、多分無理だと言われてました。
トイレに行くたびに絶望感にうちひしがれたものです。


ただ、いとの時は子宮筋腫がもう半石灰化しており、育つことがないから気にしなくてよいとのことでした。

なので、切迫流産を乗り越えられればあおの時のような入院とかはなくて済むだろうなと思ってました。

切迫流産の時期は、あまりに早期だったので、doctorも自然に流れると考えたのか入院はありませんでした。

で、ダメだろうと言われたいとは無事に育って臨月。

予定日を3日過ぎた時に、いわゆるお印と言われる出血を確認しました。

そこからじわじわと陣痛が始まりましたが、
前駆陣痛期間が長かったため、私的にはちょっと余裕をかましてましたf(^_^;)。

そこへどーん、と強い陣痛が。

「あれ?やばい?」

という気持ちが一瞬走り、取り合えず病院へ行こうとなって、車に乗りました。

痛みは段々強くなります。

「やばい、本気で陣痛みたい」

と夫に告げ、でもまだ我慢できる程度だったので普通に病院へ入りました。

クリスマスシーズンで、入り口にツリーがキラキラしてたのを覚えています。

産科の病棟で、「すみません、陣痛みたいです」と言うと、「電話してくれた?」と言われて、滝汗

「す、すみません、電話し忘れましたガーン
と言うと
「困るのよ、もう!」
と怒られて待合室で待たされました。

あのときはすみませんでした笑い泣き

そうこうしてるうちに、陣痛室へ誘導。
モニターをつけて、赤ちゃんの心音を聴きながら、いよいよかぁ、という気持ちになりました。

隣のベッドでは初産のママさんが旦那さんに励まされながら唸っていました。
もう2日間待ってると言ってました。
微弱陣痛だったのです。

私の方は経産婦になるので、多少余裕があり、ベッドでは、大丈夫大丈夫❗と思っていましたが、
なんと、すぐに強烈な波が襲いました。



何故忘れてたんだ、私っ!愚か者めっ!

これじゃないか!

これがマジモンの陣痛じゃないかあっ!


と思いましたね口笛

「でるでるでるでる!」と叫びながらナースコール連打(ごめんなさい)。

助産師さんかすぐに子宮口の確認。

「やっぱ経産婦は早いねぇ、もう4cmだよ。もう少ししたら分娩台行くからね」

ヒイーッ、今すぐ行かせて!

と内心思いましたが、声にならない声で頷きました。

その後あっちゅーまに分娩台へ。

隣の妊婦さんが、「なんでーっ!えーん置いていかないで!私より先なんてずるいーッ」と叫ぶ声を背中に聞きながら、心の中で「すまん(。-人-。)」と思い、いざ出産へ。

ところが、ここからが長かったです。

いとの頭囲がでかくて、なかなか降りられず産道で引っ掛かってしまったのです。

時間がかかったため、助産師さんは途中で別の妊婦さんのところへ。
一人で分娩台に残った私は必死でいきんでましたが出てこず、なんとそのまま寝こけてしまうという失態をおかしましたガーン

戻ってきた助産師さんにパンパンと叩かれ、

「ちょっと、今寝ちゃダメよ!まさかそんなに眠いの!?」

と。


だってね、2ヶ月くらいまともに寝てないわけですよ滝汗
前駆陣痛に悩まされてましたからね。
それでつい寝ちゃったんです笑い泣き。すみません。

そこから本腰入れて産むことになり、産科医も来て、ナースも来て、さぁ出して!てなりました。
少し吸引もしました(吸引分娩)。

いきんだときに、左腕に刺さってた点滴の針が吹き飛んで抜けて、血がブッシューッ!と吹き出してました( ̄▽ ̄;)(笑)。

そうやっていとは生まれてきました。
臍帯は首に巻き付いてました。大丈夫でしたけど。

そういえば、あおのときは足首に臍帯が巻き付き、外へ出るときに足を思いっきり蹴って外そうとしてましたね。

赤ちゃんて凄いです。

いとのときは私の出血が多くて輸血もしました。

寝てる場合じゃなかったですよね。

ほんとにあの頃にコウノドリがあったらもっと危機感を抱いてたろうなあと思います。反省。

無知って罪だなあ。

分娩室で休んだあと、立ってトイレへ行くように促されて、立ち上がった瞬間の目眩と、ボタボタボタッという大量出血でマタニティパジャマと床を真っ赤に染めたことは記憶に鮮明です。

あれほどの出血をそれまで経験したことも見たこともなかったからです。

母体もまた凄いものですね。

もう二度と産むことはないですが、無知な私のもとから無事に産まれてくれた二人に心から感謝します。


頑張ってくれてありがとう。