友達が。


土曜日は学生囲碁界の友人たちの結婚式でした。

同じ大学の囲碁部が縁で結婚ということで、囲碁的には「無難なワカレ」と評します。


新郎新婦 その1


新郎新婦 その2


椿山荘にて


ケーキはつくりものでヨセた


ダメな人々と


二次会に現れたショッカーたち


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本日、子供囲碁教室のお手伝いで子どもたちと対局。

9子で逆コミ120目&144目&150目という尋常じゃないハンデを背負って初めて打ちました。


1局目の逆コミ150目は相当追い詰めた感があったものの、作ってみると60目ほど負け(白地が120目しかない時点でオワ)。

が、2局目、3局目は距離感がわかった・・・というかフルスロットルで切る、切る、殺す。

恐ろしい碁を打ってしまったもんやで。


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おはようございます。


しょっぱなから、なんのひねりもないダジャレで申し訳ない。


昨日、ポケモンGOが日本配信されましたね。

さっそく、やってみました。



個人的には、流行りものとか、人がこうだから、という流れに乗る感性はあまり持ち合わせていません。

どちらかというと、反発するタイプです。


ただ、会社で営業をやっていた頃に言われたこと、感じたことの1つに「他人がやっていることに合わせてみる」ということがありました。

特に営業では、ビジネスに直結する、しないに関わらず、新しい動向や情報にアンテナを立てておくべし!という文化があり「もっといろんなことに興味をもちなさい!」と言われたのですね。


個人事業主の多い囲碁界、我が道を行く人も多いかと思いますが、私は(自分の感性に反して)他人に迎合していくゾ~。


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今日は13路盤プロアマトーナメント戦 の準決勝、決勝がネット対局場「幽玄の間」で行われるようですね。

今月のスペースマンでGO! でもお伝えした通り、大橋拓文六段は、ロシアより愛をこめて・・・もといロシアより対局参加です。


Twitterで実況したいのはやまやまなんですが、本日友人の結婚式なので、残念ながら今日はなしでー。


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こんばんは。


気がついたら、前回の「私の履歴書」 から1か月以上経ってました。


ドラマ「HOPE」を見て、俺と重なることもあれば、そうでないところもあり・・・

まぁ囲碁側の描写を手厚く描きますかな。


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私の履歴書の6回目です。中1春~冬あたり。


■前回のあらすじ


内弟子生活

さらばじいちゃん


■まるで転校のような


内弟子生活開始と共に、近くの公立中学へ入学した。

ただ、クラスのみんなのほとんどは同じ小学校からの繰り上がりであったはずだから、転校のようなものだった。


今でも、それほど付き合いのうまい方ではないが、子どもの頃はより顕著だった。

シャイというのか、奥手というのか・・・。

つまり、多少のイジメにあった。


イジメに関する細かいことは、幸い覚えていない。

ただ、負けん気は強かったから、なんというか「屈する」ようなことはなかった。

ある日の放課後クラス会で担任の先生が見かねて議題にあげたときがあったが「よく頑張ったね」と言ってくれたのは覚えている。


そんな中でも、気にかけてくれる奴もいて、まあそんなに大変ってことはなかった。

囲碁がなかったらしんどかったかもしれない・・・が、そもそも囲碁がなかったら転校もしていないので、詮のないことか。


■進路


学校のお勉強は、まぁ何もしなかったけど、ごく普通の公立校だったから、90人中10番目くらいだったか。

まだ、この頃は高校進学も一応視野に入れていたから、授業は聞いていた。


そう、「高校進学も一応視野に入れていた」である。

当時の・・・あるいは今もかもしれないが、プロ棋士と院生の一部(プロ入りが狙える程度の上位層)は高校に行かないのが普通だった。


囲碁界の常識を端的に表すエピソードがある。

家で学校の宿題をする。

「おまえ、何を遊んでいるんだ。碁の勉強をしろ。」


まあ、芸事の世界は大なり小なり、このような感覚がまかり通っているものかもしれない。

別に、学校のお勉強をしたところで、それがすぐに役立つこともなく、ほとんどの子どもは漫然と、周りがしているからという理由でやっているに過ぎないだろう。

院生たちは「自発的に」囲碁に取り組んでいる、という自負はあったはずだ。


■院生手合・・・トントン拍子


俺が97年4月度に院生になって、当時のスタートはCクラスだったか、Dクラスだったか・・・

どこかで足踏みはあったはずだけど、たしか8月あたりで一度Aクラスにぴょんっと昇格した。


俺はやはり天才だったか。

・・・と思ったのもつかの間、ここでほんとうにボコボコにされる。

あまりに歯が立たな過ぎてちょっとびっくりしたような印象がある。


が、たしか当時Aクラス常連だった孔令文さん(現七段)にたまたま出来が良くて、唯一の勝利を挙げた。

あまりにも目が死んでいたので、子ども心に「ちょっと悪いことしたかな」と。


さすがにここまでは出来過ぎで、地力のなさが明らかになるにつれ勝てなくなり、Bクラスあたりが定位置だったはずだ。


■帰郷


中1のときは、プロ試験の本戦には進めなかった。

上位層に穴をあけられるほどの力を付けられなかった。


9ヶ月ぶりに実家に帰る。

父、母と話す。ごく自然のことだ。


おかしい。出てくる言葉がおかしかった。

敬語でしか話せない。

明らかにおかしい、親が心配しているのがわかる。

しかし、すぐにスイッチが切り替えられなかった。


趙治勲門下は、少数精鋭だった、と言えばいいのだろうか。

延べで弟子の数が約10名、内弟子として同居していたのは同時期に6名が最大だった。

上は18歳(金秀俊八段)、一番下が12歳の俺だったので、おおよそ1学年に1人である。


つまり、趙門は完全なる縦社会だった。

子供の頃の、1歳、2歳の差は大きかったし、その差を超えるような感性は持っていなかった。


そんなわけで、子どもの俺は自覚がなかったが、けっこう抑圧された状態にあったのかもしれない。

数日のうちに、元に戻ったと思うので両親もほっとしたのではないかとは思うが、心配をかけた。



まだ、中1のこの時は、あまり悩むようなこともなかったろう。

院生の中でも、おおよそ自分が一番下の世代だったのだから。

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