僻地脱出
やっと、僻地を脱出して昆明の都会に戻ってきました~!豪華なホテルだから部屋からネットにもアクセスできる!自分のPCだから漢字変換もばっちし!!全面ひらがな攻撃も意外に評判よかったけどネ(笑)でも、皆さんは面白がってくれてるけど、やってる本人は必死だったわけですよ。あんな僻地のネットカフェで←こんな画面を、クリックして入力する以外に手立てがないもどかしさ、侘しさは格別なものがありますよ。
今回のロケの道のりは大変でした。例えば、昨日の場合、羅平→昆明へのたかだか200kmの移動に8時間!何故なら、まともな道路がほとんどないからです。道の大部分は、頭を車の天井にぶつける勢いの凸凹道。この写真なんか見てくださいよ。何の工事だか知らないけど、行く先の道路沿いの崖をいきなり爆破ですよ。崩れた岩で道路は通行不能になり、岩を片付け終わるまで足止めを食らいました。そんなことはここ、ちうごくでは当たり前らしいです。まあ生き埋めにならなかっただけ儲けものです。ともかく、東京人の僕は、都会に戻ってくるとホッとします。それが「ちうごく」の中にある都会だとしても、中華料理以外のものを食べることができ、食後にはコーヒーを飲むこともできるからです。
ここにあと2泊したら日本に帰れます。
東京は今日、雪が降ったらしいですね。
こちらも今日は、雪がたくさん降りましたよ。
あしつぼ まっさぁじ
きょうも ぢごくの ひらがなくりっくにゅうりょくです
きようは てんきが わるいので さつえいは なし
うんなんしょうの ほてるには どこも あしつぼ まっさぁじの へやが あるので
やってもらいに いったら とんでもない うらが あることが はんめいしました
これについては ごじつ くわしく ほうこく します さむい
きようは てんきが わるいので さつえいは なし
うんなんしょうの ほてるには どこも あしつぼ まっさぁじの へやが あるので
やってもらいに いったら とんでもない うらが あることが はんめいしました
これについては ごじつ くわしく ほうこく します さむい
ちぅごくの へきちに います
こんなところにも ねっとかふぇが でも かんじに へんかん できないよぉ だめだこりゃ こめんと くださった みなさん ごめんなさい へんじは こんどね いっしゅうかん まぃにち まいしょく あぶらぎっしゅな ちうかりょうりを たべるのは ごうもんのよう です では またね
違法なビール

タイで飲むビールは旨い。それはタイ製ビールの味が特に良いから、という理由からではなく、35度にもなるその暑さや、南国ムードの解放感のためだろう。そして、撮影で汗を流したあとの一杯はまた格別に旨いものなのだ。
忘れもしない2月5日。その日の夕方も、仕事のあとの「格別の一杯」を飲むために、僕はまず、ツマミにするチキンのバーベキューを買ってから、ビールを買いにコンビニへと向かった。
そして数分後、僕はコンビニ店内の冷蔵庫の前に立ち尽くしていた。
冷蔵庫の扉に、こんな貼り紙があったからである。
「選挙につき2月5日午後6時~6日午前0時までアルコールは販売しません」
恐らくこれは法律で決められていることなのだろうがその理由がいまひとつピントこない。タイ人は前日から酒を絶たねばまともに選挙ができないのだろうか。飲んだくれて投票へ行かなくなるとか、酔って投票用紙の記入を間違えるとか?選挙なのだから宗教がらみの理由とも考えにくい。
ともかくこれは非常に深刻な状況だ。こちらはビールを美味しく飲むために、水も飲まずに我慢していたのだから。今すぐキンキンに冷えたビールをグビグビ、ぷは~!とやらなければ脱水症状で死んでしまう。こうしてはいられない。なんとしてでもビールを手に入れなくては。
これが法律であっても、お国柄からすると、さほど徹底されてはいないのではないか。どこかにきっと、ビールを売る店があるに違いない。それを探すのだ!
しかしコンビニを出てビールを探しはじめるとその士気は低下するばかり。なぜなら、どの店も、冷蔵庫にはさっきのコンビニにあったものと同じ内容の貼り紙があるのだ。そればかりか通り沿いのバーの、オープンテラスのテーブルに座っている観光客達、彼等のテーブルに置いてある飲み物はどれも、水かオレンジジュースかコーラばかりなのだ。君達はそれでいいのか!?遠路遥々、このクソ暑いバンコクへ、水を飲みに来たのか!?そうか、それも良かろう。だが僕は君達とは考えが違う。ここバンコクで、ビールのない夜など一晩たりともあってはならないのだ!しかも僕はすでにチキンを買ってしまっている。ビールがなくてはこのチキンだってあまりにも浮かばれないではないか!
そして歩きまわった末にようやく、冷蔵庫に貼り紙のない店を発見!思わず「ビール売ってるの!?」と言ってしまいそうになったがぐっと堪えた。余計なことを言って「あ!そうだ、ビールは売れないんだった!うっかりしてた!」などということになってはマズい。あくまでさりげなく振る舞わなくては。冷蔵庫から一本、大瓶のビールを取ってレジへ差し出す。レジ係の男は当たり前のように「45バーツ」と言うのでこちらも当たり前の顔をして代金を支払う。しめしめ。そしてビールを抱えて店を出ようとした時、別の店員がびっくりした顔で僕を見た。そして彼は慌てた様子でレジ係の男に向かって何か言った。タイ語なのでまったく分からないがきっと「ビールを売っちゃあ駄目じゃないか」みたいなことを言っているに違いない。つかまえられて、ビールを返せ、などと言われたら大変だ。速足でさっさと店を出る。
こうして僕は、苦労して手に入れたビールを大切に持ち帰り、冷めてしまったチキンをかじりながら、一杯やることができたのである。
そしてこのビール、「違法」に入手したものであると思うと、
その味はいつにも増して旨いからおかしなものだ。
救いのタイ料理「カーオ・マン・ガイ」
僕にとって、タイでの食生活は非常に厳しいものだった。「辛いから?」いいえ、辛いものは大好きですよ。「ああ、パクチーがダメなのね?」いや、パクチーもそこまでニガテではないんです。僕がダメなのは "甘く味付けされた料理" 。「パッ・タイ(やきそば)1皿15バーツ?(45円)安いねー!タイって最高!!
おばちゃーん、パッ・タイひとつ頂戴!卵も入れてもらいタイな!」
屋台のおばさんは手際よく麺を炒め野菜を炒め、卵をといて絡め合わせていく。
ああいい匂い。美味しそう。早くできないかな~ワクワク。
あれ?おばちゃん、その、大さじに山盛り一杯の白い粉は何?
まさか砂糖じゃないよね?・・ちょ・・・・ちょっと待ってーーー!!
<ドヴァーーーっ>
ア゛~~~!!
それから僕はココナッツミルクも嫌いである。デザートに使うならいい。でも料理に入れるのは絶対反対。特にカレーが大好きな僕にとって、その大好きな筈のカレーに、大嫌いなココナッツミルクを入れてしまうという、タイ・スタイルのカレーには遣り切れない思いがある。
勿論、タイ料理にも色々な種類があるわけで、甘くなく、ココナッツミルクの入っていないものも当然あるはずなのだが、知識のない僕にはそれらを見分けることが難しく、注文する料理はことごとく失敗、タイ料理の匂いを嗅ぐのもイヤという状態になってしまった。
そんななかで出会ったのがこの「カーオ・マン・カイ」。20バーツ(60円)。鶏のスープで焚いたご飯に蒸した鶏肉。素材の味の生きている、とてもさっぱりした食べやすい料理だ。タレが少々甘いのだが、少量だけかければOK。これを知ってからというもの、僕は毎日のようにこれを食べ続けた。
僕にとって今回のタイ旅行は、救われることの多い旅行だった。
「もうダメだ」と思うことが多い反面、必ず救いの手が差し伸べられる。
そしてこのカーオ・マン・カイも、僕を救ってくれたもののひとつである。
アユタヤー日帰り貸し自転車取材
バンコクから北へ80キロ。その昔400年間以上の長きに渡り繁栄したにもかかわらず侵略され、ことごとく破壊された街、アユタヤー。その遺跡を目にすれば誰もが、物事の儚さを思い知ることだろう。しかし、「儚い」ということは、決して悲しいことではない。突き詰めて考えれば、物事は儚いからこそ、価値があるのだから。
早朝、自然に目が覚めたので、少し遠出をすることにした。タクシーに乗りファランポーン駅へ向かう。途中、運転手が話しかけてくる。「どこへ行くの?」「アユタヤー」「タクシーでも行けるよ、600バーツ」アユタヤーまで600バーツ(1800円)とは驚くほど安く思えるが何もわざわざタクシーで行く必要もない。駅に着いてサンドイッチとソーセージ、ブラックコーヒーの朝食を摂る。アユタヤーまでの急行列車の料金は20バーツ。日本円にしておよそ60円。
7時にバンコクを出発した列車は意外にも定刻通り、8時45分にアユタヤーに到着した。「1日30バーツ(約90円)」という日本語の看板を掲げた駅前の貸し自転車屋で自転車を借りて街の中心へ向かう。道路標識はタイ語しか表記されていないのでさっぱりわからず、ガイドブックの大雑把な地図と方位磁石だけを頼りに街を一回りして下見を済ませ、順番を決めてから撮影をはじめる。とにかく暑い。35度の気温と高い湿度の中を自転車で移動するのは思っていた以上に重労働だ。数十分置きに水を買って、ボトル一本を一気に飲み干す。買った水はどれも水道水の味がするのは気のせいだろうか。時々、レンタルらしきバイクに乗っている観光客を見かける。バイクもあったのか・・・・。
アユタヤーの遺跡には有料のところと無料のところがあるのだが、有料の場合、チケット売り場の係員が良くない。料金を払うと「サンキュー」と言ってすぐにそっぽを向き、チケットを渡そうとしないのだ。「チケットは?」と言うと、「ハァー・・・・」とため息をついてから渋々、という感じでチケットを取り出すのだ。ひどい場合はこんな感じだ・・・
「チケットは?」
「ちょっと待って」・・・・・
「チケット!」
・・「待って」・・・・
「チーーケーーーーーーーット!!!!!」
「OK,OK・・・ハァァァー・・・」
どうしてこうなのかわかった。チケット売り場はあっても、遺跡の入り口でチケットをチェックする係りがいないのだ。売り場の係員は、チケットを発行せずに済めば、売り上げをそのまま自分のポケットへ入れてしまえる、というわけなのだろう。今回、撮影した有料の遺跡は4箇所で、そのうち3箇所の売り場がこんな感じだった。こちらとしては、遺跡に入れれば金がどこへ行こうとかまわない、と思えなくもないけれど、だからと言ってチケットなしで入場するのはやはり不安だ。もう少しきちんとした管理をしてもらいたい。
再び道に迷う。近くにあった店で水を買い、店の女性の道を尋ねるがまるで通じない。ガイドブックを開き、写真を指して「ブッダ!」と言うと女性は頷いて方向を指差した。礼を言ってその方向へ向かう。しかしいくら走ってもそれらしき場所は見えてこない。地図と方位磁石で確認すると、まったく逆方向へ何キロも走ってしまったことに気が付いた。やれやれ・・・他人はいつもアテにならない・・・。
こうして、アユタヤーの街を8時間に渡って走り回り、ワット・ロカヤスタで最後のカットを撮影したところで、朝食以来、何も食べていなかったことを思い出した。寝釈迦佛の近くにある屋台へ近づいて「何か食べるものは?」と尋ねたが通じず、店の女性は飲み物の並んでいるボックスを指差すので、身振りで”食べる”をやって見せたら通じたようだ。彼女が「ラーミィェン」と言って、ガラスのショーケースを指すので見てみると、半分ひからびたようなクイッティヤウ(米でできた麺)が太さごとに三種類と、中華風の麺が盛ってあり、麺の種類を選べるようになっているので迷わず中華麺を選ぶ。女性はもう一人の店の女性と顔を見合わせ、”ああ、やっぱりねー”という感じで頷いた。多分、日本人らしき客はみんなその麺を選ぶ、ということなのだろう。ラーメンは思っていたよりも美味しくて、もう一杯おかわりをしたいぐらいだったが、早くバンコクに戻りたいので再び自転車を漕ぎ、アユタヤー駅前を目指す。
酷使した身体は全身の筋肉が軋み、日に焼けた肌がひりひりと痛む。信号待ちの時、靴下の上のほうを少しめくってみると、白と茶色にくっきりと色が分かれている。1日でこんなに焼けるものだろうか・・と、指でこすってみたら、茶色い部分は土埃であることが判明した。さらに走り続ける。しかし途中からどうも自転車が重くなってきた。ひどく疲れているせいでそう感じるのだろうか。そのうち後輪から妙な音が聞こえてきた。
ボコッ・・ボコッ・・・ボコッ・・・ボコッ・・・。
愕然とした。最も恐れていた事態。パンクだ。地図を開いて現在地を確認する。駅前の貸し自転車屋まで2キロちょっと。今の体力で、パンクした自転車を2キロも漕ぐのかと思うと真っ暗な気持ちになった。しかも難関である橋を渡らねばならない。500メートルに及ぶ橋の、前半は心臓破りの登り坂だ。あとから考えれば、トゥクトゥクでも拾って自転車と一緒に乗ってしまえばよかったのだが、疲れた頭と焦る気持ちから、それを考えることもしなかった。ボコッ・・ボコッ・・・ボコッ・・重い・・・足が痛い。ピカピカの自転車に乗った、白人の観光客達が軽快に追い越して行く。ボコッ・・ボコッ・・ああぁ、、、マグロ納豆が食べたい。ボコッ・・ボコッ・・・シャワーを浴びてベッドに横になりたい・・・。
ボコッ・・ボコッ・・・ボコッ・・ボコッ・・・ボコッ・・・ボコッ・・・・・・・
物事は儚いからこそ、価値があるのだ。
但し、貸し自転車のタイヤに関しては、話しが別だ。



