15歳、中学3年生。地域で過ごす最後の体育大会でした。
息子は支援級に在籍しています。知的障害も発達の遅れも大きく、動きも独特で、昔から集団の中ではどうしても目立つ存在でした。
本来なら支援学校という選択もあったと思っています。でも地域の状況や体制も含めて考え、保育園3年、小学校6年、中学校3年、ずっと地域の中で育ってきました。
正直、保育園の頃から運動会や発表会は、私にとって「公開処刑」のような時間でもありました。
周りと違う。
できない。
浮いてしまう。
そんな姿を見続けることが、苦しかった。
でも、人って少しずつ慣れていくんですよね。
周囲も温かくなり、私自身も「受け止められるようになった」と思っていました。
だけど、最後の体育大会。
息子の姿を見た瞬間、心が大きく波打ちました。
もちろん、わかっているんです。
頭でも、現実としても。
周りもわかっている。
これが息子なんだって。
たぶん、1番理解しているのは私です。
なのに、1番つらいのも私なのかもしれない。
本人はというと、テンションが上がってフラフラしながら、競技そのものより、その場の空気を全身で楽しんでいる感じでした。
中学校は生徒主体の体育大会になり、先生方も「敢えて手を出しすぎない」方向で関わってくださっています。
だからこそ、余計に目立つ。
待ち時間には砂を触り続け、ジャージは真っ白。
先生が払ってくださる姿に申し訳なさが込み上げる。
「感覚グッズを持たせればよかった」
「予想できてたじゃないか」
毎年のことなのに、心がざわついて、自分の油断にも腹が立つ。
結局、15歳になってもこうなんだ。
だから“障害”なんだよなって。
そんな現実を突きつけられた気がしてしまいました。
暑さもあったのか、帰宅した息子に私は優しくできませんでした。
本来の彼の姿なのに。
結局、私自身がまだ受け止めきれていない弱さがある。
「こんなふうに産んでしまった」
そんな申し訳なさまで溢れてきてしまう。
息子に対するやるせなさ。
自分に対する怒り。
どうにもならない感情がぐちゃぐちゃに混ざって、夜中まで眠れませんでした。
涙が、勝手に溢れてきました。
15年経っても。
こういう仕事をしていても。
私はまだまだ未熟です。
でも、きっとそれでいいんですよね。
障害児の母の感情って、一直線じゃない。
愛している。
守りたい。
誇らしい。
苦しい。
しんどい。
申し訳ない。
腹が立つ。
でも大切。
その全部が、本当の気持ちなんだと思います。
だから私は、自分の未熟さも、波打つ感情も、まるっと認めていこうと思います。
否定せず、蓋をせず、
「今日もしんどかったな」って受け止めながら、また次に進んでいく。
淡々と、自分の機嫌は自分で取って。
今日はハーゲンダッツでも食べようと思います。










