少し時間があるので、
今日はちょっと真面目な振り返りを。
息子が生まれたとき、いくつかの危険因子があり、
「この子は何かあるかもしれない」
と言われていました。
でも私は、ずっとそれを否定していました。
「そんなことない」と思いたかったんだと思います。
染色体検査や遺伝子検査を何度も経て、
ようやく分かったのが、CDK13の遺伝子変異でした。
両親から受け継いだものではなく、
突然変異として起こるものだと説明されました。
分かるまで、実に9年。
9年かかって分かったからといって、
息子自身が変わるわけでもない。
できることが急に増えるわけでもない。
「じゃあ、何だったんだろう」と
思ったこともあります。
でも、知ることで分かることもありました。
この子がどんなところに弱さを持ちやすいのか。
これからどんなところに気をつけていったらいいのか。
今ある症状や身体の特徴、変形などが「そういうことだったのか」と腑に落ちることもありました。
そして、同じCDK13の遺伝子変異を持つ子どもたちやご家族とつながることで、ほんの少しでも誰かの役に立てるのかな、と思うようにもなりました。
世界的にもまだ症例数は少なく、これから検査を受ける人が増えて、少しずつ分かってくることもきっとたくさんある。まだまだ新しい分野なんだと思います。
そんなことを考えていたら、ふと
「人って、誰が完全なんだろう」と思いました。
誰だって、どこかに不具合があったり、
弱いところがあったりする。
ただ、それが生活にどれくらい影響するのか。
重い疾患や病気につながるのか。
それによって、周りから見た「障害」や「病気」というものになるのかもしれないな、と。
私は以前、生殖医療の現場にいました。
ちょうど出生前診断が出てきた頃で、今では一般的になっている検査も、当時はまだまだ新しいものでした。
患者さんからいろいろなことを聞かれました。
でも私は、医療者として「こうしたほうがいい」と答えを決めつけることはしないようにしていました。
肯定でも否定でもない。
正解でも不正解でもない。
その人が悩み、考え、選んでいくために、私はただ話を聴く。
そんな立場を意識していました。
その頃から、私自身は障害のある子どもの母親でもありました。
心の中では、複雑な思いを抱えていたと思います。
それでも患者さんの前では、自分の経験や価値観を押しつけることなく、ひたすら傾聴していた記憶があります。
今、周りには障害のある子どもたちや、その本人たち、お母さんたちがたくさんいます。
その子たちが成長していく姿も知っています。
だから、一人の人間としては、
「障害があることって、そんなに悪いことばかりじゃないよ」
と言いたくなることもあります。
でも、もし自分が同じ立場だったら……。
やっぱりものすごく不安になると思う。
同じ遺伝子異常でも、ダウン症でも、抱えている疾患や症状は一人ひとり違う。
その子が本当に持っているものは、それぞれ違う。
だから、無責任なことは言えない。
一方で、「障害があるなら淘汰すればいい」という一辺倒な考えだけでも、何も生まれないんじゃないかなと思う。
私だって、今でもいわゆる「普通」に憧れることがあります。
それは否定できない。
でも、息子がいたからこそ知ることができた世界が、ごまんとあります。
人とのつながり。
たくさんの素敵な出会い。
お友達とのつながり。
そして、今の仕事。
息子がいなかったら、きっと出会えていなかった人たちや、知らなかった世界がたくさんあります。
本当に、息子に教えてもらったことがたくさんたくさんある。
もちろん、こんなことを言っていても、どん底の時期もいっぱいあります😂
今日の朝だって、若干言い合いになったし、
イライラもした。
今でも感情の振れ幅は、
かなり大きい方だと思う。
でも、
今あるこの現象を「ありがたい」
と感じるかどうかは、自分次第なんだと思う。
同じ一日でも、
「なんでこんな大変なんだ」と思うこともできるし、
「今日も無事に一日を過ごせた」と思うこともできる。
その小さな振動を感じられるかどうか。
今日は、自分が元気なこと。
生かされていること。
家族が元気なこと。
自分の時間をもらえていること。
元気に仕事ができること。
そんな当たり前のようなことに、ちゃんと感謝して生きようと思う。
胸のハートに意識を向けて、
「今日もありがとう」
と声に出して。
完璧じゃなくていい。
揺れながらでもいい。
今日という一日を、今日の自分で生きる。
そんなことを、改めて思う朝です。





