子を持って知る親の恩/In The Stone"アース・ウインド&ファイアー" | でこのブログ

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今日はこの言葉です。

前にもありましたが、言葉通りの意味で説明も不要かと思いますので、何も無しということでご了承願います🙇



仕事がある時には、9時前後に「行ってきます🙋」とリビングにいる女房に一応挨拶して、それから2階の仕事部屋に入るのですが、1番初めにやる事といえば、翌日は何?と日めくりカレンダーをめくってのカンニング。


言い方が良くないか、カンニングは😅


予習ですね、予習🙌


国語学者でもないので、いつかみたいにいきなり聞いたこともないような格言が出てくると、戸惑うんですよね🤷


なので予習をすると。


ただ、それを見ると朝から晩までいつもそれを考えているようにもなってしまい、ともすれば日めくりカレンダーに縛られている?ような😑


根が真面目なので😅




そして、今日の格言


子を持って知る親の恩…


ですか。。



※孝行のしたい時分に親はなし


↑これですね、親という言葉から思いつく言葉は。


19年前にオフクロがオヤジよりも先に他界しましたが、そのあと2年後にオヤジも目を閉じました。


19年前だと、ワタシ43歳の時になりますが。


オフクロの体調が悪くなり、その頃によく言ってたのが


「ゆっくり旅行に行きたいね」

「美味しいものを食べたいね」


なんですね。


40代も忙しくしていたので、このオフクロの夢は叶えられなかった。


それが、すごく心残りなんですよね。


1日くらい休み取ってどこか連れて行く余裕も無かった?と自分に問い掛けるも、亡くなった後ではどうすることも出来なくて。



オヤジはオヤジで、ひとりになってしまったので「遊びにおいでよ」と、なんならうちにずっと居れば?と女房と言っていたのですが、結局1度も来なかった、来れなかった?かな。



寒がりなんですよ、オヤジは。


なので、電気毛布にアンカも購入して、風呂にも暖房器具を設置して、いつ来てもいいように準備してましたが来なかった。


たぶんですけど


オヤジ、目が悪かったでしょ?

例えば食事にしても、少し手助けが必要だったのですが、それはオフクロがフォローしていたからオヤジにとっては気も遣わずに事が済んでいたわけで。


それが家に来るとなると、僕ないし女房がオフクロの代わりをつとめなくてはならない。


まだ僕だったら、そこまで気を遣うこともないかもですが、女房にはそうはいかない、そう感じて来なかったんじゃないかと、その後に思ったんですけど。



今日は女房の両親を家に招いてひな祭り。


ひな人形は女房の祖母からのお祝いとうちの親からのものなんですが、段飾りの方は結婚の時に神戸から運んできたんです。

もう60年近く経ちますが、この度の引っ越しでまた神戸に戻ってきたという流れ。


結婚後、初めてのひな祭りの時に人形の飾り方がよくわからず、神戸の父に1から教わりました。

ケースの方はオヤジ達からのプレゼント。



義父母がこの段飾りを見るのも、その時以来。


今は人生100年とも言われる時代。


オヤジ達が生きていてもなんら不思議でもない。


子ども達が居ない中でのひな祭りだけど、オヤジオフクロも呼んで、6人で昔を振り返るのもいいよね。


あ、そーいえば、次女が大阪転勤になるとかで😲😅


生きていると色々なことがあるよねぇ。