なんか厳しいタイトルをつけてしまいました![]()
苦しんでいる親の立場の方、ごめんなさい。
でも、そう思う部分もあって、今日は実例を紹介させていただきたく思います。
しんどくなったら、メッセージくださいね。
重苦しい前置きをしましたが、親が子供の特性に気づくということが、どれだけ子供に良い影響になるかということを、小学校での短い経験の中で実感しましたのでシェアさせてください。
4年生の男の子でした。
なんとなく、優しい子でした。
話すのもゆっくりで、筆圧の薄い子でした。
いつものんびりしていて、言うなれば「裸の大将」みたいな感じの子![]()
私もそばにいて、のんびり、癒されるような子でした。
でも、普通級ではやっぱり、スピードに乗れませんね。
国語の時間などに「はい、○○さん」などと言われると、「あっ、あっ」となります。
でもそれも、のんびりしている・・・
のんびりさんでも、4年生ともなると、自分が周りとちがうことに気付いてきます。
(3、4年生を担当させていただけたことは、本当に学びでした。大きなちがいがあります)
のんびりしている中、少しずつ、自分がまわりと違うかも、ということに、
な〜んとなく、、、気づいていたのです。
担任の先生は、どちらかと言うと、マイノリティーには理解のない先生でした。
まんべんなく当てるけれど、そもそも「こたえられない」と分かって当てているというか・・・
でも、悪いとか指摘することもなく、「じゃ、次、○○くん」と、さっと話を振るようなタイプでした。
授業中、ボーッと思考がどこかへ飛んでいたり、消しゴムが落ちたのにも気づかないその子を支援しつつ、どうしたものかなぁ、と考えていた私でしたが、ある日、急に転機が訪れました。
ある日、その子が唐突に私に言ったのです。
自分から話題を振ってくる子ではありませんでした。
自分の中のファンタジーに暮らしている感じで、他者と共有しようという意識は薄いような。
「僕、発達障害かもしれないんだって」と![]()
そんなのとっくに気づいていた私はドキマギしながら、平静を装って訊きました。
「誰が、そういったの?」
裸の大将「おかあさん」
「なんか、そういうテレビをみていて、僕のことだって思ったんだって」
たった、これだけのやりとりでした。しかも授業中。
彼はまたファンタジーに戻っていきました。
(授業中だけどね
)
こっそり涙がとまりませんでした。
その子が、なんとなく、誇らしげだったからです。
自分がなぜできないか、を知ったからかもしれませんが、私はそれ以上に、
彼のおかあさんが、重荷をおろせたからだと感じました。
彼は、自分がお母さんを悩ませていることに、気づいていたのですね。
驚くべきことに、その日から、彼の書く文字が、日に日に濃くなっていきました。
先生はとっくに気づいていたし、それとして対応していしていた。
でも、お母さんが、「うちの子、発達障害かも」と気づいたこと、、、
そこには、「誰が悪いわけでもない」という事実があります。
親がそう思えたとき、子供に起こること。
おかあさんも、何もしていません。
ただ、気づいただけ。
自分も子供も悪いわけじゃないんだって。
それだけで、子供はこんなに変わるんです。
書く文字が、、、濃くなるんです。
あんなにのんびりしていた彼が、やっぱりどこかで悩んでいた。
自分がお母さんを苦しめていると感じていた。
そう感じて、胸がいっぱいになった日でした。
でこぼこな子たちがかわいいけど、支援したいけど、やっぱり親の支援がしたいと思った出来事のひとつでした。