前回、長女Hはやってくれた、と書きました。

 

何をかというと・・・

 

何の前触れもなく、籍を置いている公立校へ通いたい、と言い出したのですびっくり

(それまではフリースクールに通っていました)

 

 

 

いつだったのかな・・・

 

 

4月には入っていたような。

 

 

4月4日、通っていたフリースクールの保護者の集まりがあり、そのあとに校長先生を呼び止め、相談をしました。

 

先生ははじめ、「いいんじゃない?行ってみたいなら」とおっしゃっていましたが、「平和の勉強をして、広島への宿泊学習が終わるまでいたら?」とのことでした。

(平和学習を取り入れている学校で、6年生は学習をすすめ、広島へいくというカリキュラムが予定されていました)

 

 

話をして先生と別れた後、Hはとても機嫌が悪く、私が「どうしようか?」と聞くと、「いいよ、公立へは行かないよ。だって行かないほうがいいんでしょ。先生も言ってたし!爆弾」とイライラしながら話していました。

 

こうなるともう、短気は私は我慢できないような気持ちにもなるし(もっとうまく対応できればいいのにアセアセ)、Hがこうなったらもうだめだ、と思ったこと、先生のことを嫌いになってほしくなかったこと、あとは、「誰かがそう言ったら、そうなんだ」という認識が強いHに、「人に意見やアドバイスをもらっても、必ずそれに従わなければならないわけではない」ということをそろそろ伝えたくて、

 

 

「○ーちゃん(校長先生は親しみを込めてこんなふうに呼ばれています)は、ああ言ってたけど、それは○ーちゃんが思うことで、Hがいなくなるとさみしいよっていう○ーちゃんの気持ちの話だよ。

 

それを踏まえて、HはHの思う道を考えたらいいんだよ」

 

 

というようなことを私が話しました。

 

 

 

同時に、

 

「人に言われたからこうした」は、Hが失敗したときなどに使う常套手段でもあります。

 

 

みんなありますよね、

 

 

「だって、ママがこう言ったから」

 

 

3歳の息子ももう言います。

 

 

 

でも、それに逃げていても良い時代は、残念だけど終わってしまうかも。

 

 

 

それから、今回のように、人の生活、大きく言えば人生を左右するようなことにも、自分の意見を言ってはいけないということはない、ということも伝えたかったです。

 

 

「あなたがいなくなったらさみしい、近くにいてほしい」

 

 

言えたら良かったのかも、な場面が自分の人生にも思い出されますてへぺろ

 

 

 

何をどこまで理解したかはさておき、Hは、いきなり公立校へ通うこととなりました。

 

 

公立校の先生には本当に感謝です。

 

学校のホームページを見ると、予定表はなかったけれど、献立表は掲載されており、そこには「翌日」から始まる月間献立表が掲載されていました。

フリースクールよりは1日早く新年度が始まる日程でした。

 

 

私は仕事があったけれど、勤務中に「1本電話だけさせてください」とお願いして、在籍の公立校へ電話し、「Hがそちらへ通学したいと言っているんです、詳しいことは夕方にお話させてください」と告げ、学校からは夕方に電話をもらい、「明日からでもきてください。うれしいです」とお返事をいただきました。

 

きっとあの午前の電話から夕方まで、学校はひっくり返るほど大変だったと思いますが(名簿を作り直したり、下駄箱やロッカーの名前シールを貼り替えたりしてくださったことでしょう)、そんな寛容な対応をしていただき、Hは元気に公立校へ通っております。

 

 

詳しいことはまたおいおい。

 

 

私はというと、本当に参っていて、大人はあまりかからない溶連菌を勤務先で子供たちからもらい、高熱を出し、何がなんやらもう寝るしかない状態になって、これは絶対コロナ(しかも重症)だと思う日々を過ごしましたドクロ

(3軒ハシゴして溶連菌と判明)

 

 

Hちゃまの対応には慣れたかと思いきや、ひさしぶりにいろいろやられました。