隣の市の病院で、
「今の時点で初めて会っていたら、
私なら発達障害という診断はしません」
というようなことを言われました。
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発達検査の結果も、
「知的な遅れはないし、どれも平均かそれ以上」
ということで、
「お母さんが気にしすぎ」というイメージを持たれたという印象でした。
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学校でいろいろ問題も発生し始め、家庭ではもう、手に負えない部分もあったので、かなり参りました。
そこで助けを求めた都内の病院の、診察の日が来ました。
「困ったことがないとか、言わないでよね!」
なんていうセリフをHに浴びせ、出かけました。
遠い遠い・・・
通えるかな、とちょっと心配にもなりました。
待合で待ち、診察室から顔を出したのは、思っていた先生ではありませんでした。
前回の病院にも持っていった、これまでの流れなどをまとめたものや、これまで受けた療育の個別支援計画などを、多分計20枚ほど持って行っていました。
それを手渡すと、「先に読みます」と言って、診察室に戻っていかれました。
あれを読んでから、私たちを診察室へ招き入れようと考えてくださったことに、まず感激しました。
前は診察が終わった後に、読まれたのだと思います。
結果を言うと、Hはバリバリの凸凹ちゃんですよ、ということでした。
「本人が困っていないって言うから、問題ないって、ありえない」
「特性のある子たちが、自分で困っているってわかるのは、もっと後のことです」
「この発達検査だけを見ても、確かに全部平均かそれ以上だけど、この凸凹具合、これがまさに証明してる。この結果を見て、発達障害とは言えないんじゃないかって、それはおかしいです」
とのことでした。
Hを発達障害児にしたいわけじゃないけど、困っていることに名前をつけられること、それにより必要な支援を受けやすくなるということについては、私はやはり、ほっとしたのでした。
「普通の」学校をやめ、フリースクールにしたことについては、特になにも言われませんでした。
これを事前に相談したかったのだけど、予約変更などで、事後になってしまったこと、これもまた、そういうこと(運命、のような)なのだろう、と、今は思います。
コミュニケーションが取れない、話がちぐはぐすることなども、じっくりを聴いてくださいました。
前の学校で問題になった、Hの足が椅子にあった件も、「記憶が曖昧になったというより、こういう子は末端に意識が行き届かなかったりするからねー」とのことでした。
納得というほどのものはありませんが、先生の経験の深さなどに、とても安心したことを覚えています。
私立の学校をやめ、土曜の登校もなくなり、時間ができたため、放課後等デイサービスを利用しようかな、と考えていたので、それ用の意見書を書いてもらうようお願いし、Hと美味しいご飯を食べて帰りました。