Hが通うことになったフリースクールは、妹の通うキリスト教系幼稚園のある教会の中にあります。

チャーチスクールというか、オルタナティブスクールというか、そんな感じで、こだわりのある教育をしています。

幼稚園のほうも、こだわりをきちんと続けたいという理由で、認可外にこだわっています。




私はその中にある施設で秋から働いていたため、Hを敷地内で見かけることが多くなりました。



先生たちとも、普段から顔を合わせて話すことができるようになりました。


Hの様子を見ていると、なるほど、これではうまく行かないな、という点がたくさん見えました。


フリースクールと言えど、しっかりと学校の体をなしていて、安心もしました。


Hがけっこう優しい大人な対応で、お友達と話している姿も見ました。

(これは以前にも見たことがありました。私よりもよほど、聞き上手、誉め上手なのです)

(そのぶん家で激しいのかな・・・)




ある日、個人面談がありました。


教室に行ってみると、担任の先生と共に、校長先生の姿がありました。


校長先生は、幼稚園ではわらべ歌を教えていたりしていたので、知ってはいましたが、あまり話したことはありませんでした。(某有名なおばあちゃんなのです)


少し緊張もしました。



「いかがですか?こちらに来て間もないですが」というようなことから始まりました。


「そうですね、楽しそうにやっています。まぁ、娘はどこでも楽しそうなんですけど」


などと話し始めました。



ひょんなことから、診断名の話になりました。



「きちんとお伝えしなければと思っていたのですが・・・」と、私は少しずつ、娘の難しい点について話し始めました。



過敏により、環境面で苦手があること。


学校生活で関係する場所では、ココはココが・・・

 

 

あの椅子はHはどうしても座れないのですが、じぶんで言うことはきっとできず、ふらふらクネクネすると思います、など(^^ゞ



「あとは、表情を読んだり、相手の気持ちを推し量って考えること、自分の気持ちをうまく話すことが難しい部分があります」



校長先生は、ずっとうなずきながら聞いていました。



そしてあるとき、



「なるほど、それでですか。実は今日、お母さんに聞いてみたいことがあったのですが、お母さんのこれまでのお話ですべて納得できました」



「これまで、本当に大変でしたね」




ちょっとした一言ですが、校長先生の言葉、雰囲気、表情、すべてが、何もかを包み込むようで、心の底から、安心しました。




「今日はHちゃんの書いた作文を、ぜひお母さんにお見せしようと、用意していたんです。Hちゃんはお母さんのこと、大好きなんです」



たぶん私は、幼いころはHは私のそばにもおらず、私は自分があの子にとって何なのか、本当にわからなくて、子育ての楽しさはわからず、辛かった。だから今もちょっと、距離感には迷うところがある、というような話もした後だったと思います。



作文もそうでしたが、校長先生がほんの1、2か月の間にHをよく見ておられ、ちょっとした違和感を感じ取り、面談で私に何かを聞こうとしていてくださったことに感激しました。



Hの問題は、外からは本当に分かりづらく、いたって普通の子に見えるため、これまで一度も、そのように学校のほうから歩み寄ってもらえることはなかったからです。


普通に見えるぶん、「普通」を求められ、本人は混乱し、家族は疲弊してきたのでした。