こんにちは。
今日はカリテですね。
前回の組み分けから2週間……カリテが早い!![]()
学校説明会に参加したり、夏休みの予定を考えていたら、本当にあっという間でした。
わが家はというと……あまり勉強ペースは変わっていません。
というか、「過干渉にならないように気を付けよう」とスタンスを変えたら、私も以前ほどカリカリしなくなりました。
……その代わり、ちょっとやる気まで落ち着いてしまった気もします
。戦闘意欲半減?
とくに社会。
伴走してもなかなか点数に結びつかないので、「ここはもう本人の課題かな」と思うようになりました。
「お母さんはあまり関与しないから、自分の力で頑張ってね!」
……と、半分押し付けながら見守っています![]()
果たしてどうなるのか。
理科の気体の計算だけは少々心配ですが、本人はあまり危機感ナシ。
そして教えるのもなんだか難しい。どうしても化学式を出したくなってしまう。
…今日は本人を信じるしかありません。
そんなタイミングだったからでしょうか。
先日観たハリー・ポッターの舞台が、思っていた以上に胸に刺さりました。
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先日、中学・高校時代の友人に誘われて、赤坂で上演されているハリー・ポッターの舞台を観てきました。
(学校リサーチしなくちゃいけないのにね…息抜きです
)
行く前には友人セレクトのサラベスでブランチ。![]()
(こういう系のお店は自分1人じゃ行かないので、ソワソワ。笑)
ハリー・ポッター、結論から言うと、めちゃくちゃ良かったです![]()
魔法が飛び交う演出も圧巻だったのですが、何より私に刺さったのは、物語の中心が「親になったハリー・ポッター」だったことでした。
子どもの頃に読んでいた私は、当然ハリーに感情移入していました。
理不尽な大人たちに囲まれながらも、自分の力で運命を切り開いていく少年。
けれど今回、舞台を観ながら共感したのはハリーの方でした。
父親として悩み、迷い、失敗するハリー。
これが驚くほど身につまされる。
良かれと思って助言する。
良かれと思って先回りする。
良かれと思って友人関係に口を出す。
(ハリーも、ドラコの子供には一切近づくな…って言っちゃう
)
「ああ、それ子どもに言っちゃダメだよ、ポッター」
でも、その瞬間、同時に思う。
「すっごくわかる、その気持ち」
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息子は今、中学受験の真っ只中です。
組分けテストのたびに一喜一憂し、どう声をかけるべきか悩む日々。
私は小6から受験勉強を始めて、志望校に合格しました。
だからこそ、その成功体験が厄介です。
「やればできる」
という自分の経験を、無意識に息子へ重ねてしまう。
「お母さんの時はこうだった。」
そんな気持ちが顔を出します。
でも舞台を観ていて、改めて思いました。
子どもは親のコピーではない。
ハリー・ポッターの息子がハリー・ポッターと同じ性格だったら、きっと物語は始まりません。
親はつい、自分の価値観や成功体験を手渡そうとする。
けれど、それがその子にとっての正解とは限らない。
子どもは親の続編ではなく、一人の別人格なのだ。
そんな当たり前のことを、この舞台は改めて思い出させてくれました。
(めちゃめちゃ影響うけてます
笑)
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そして、舞台の演出も本当に素晴らしかったです![]()
この作品のために作られた専用劇場。
だからこそのプロジェクションマッピング、照明、音響、ワイヤーアクションなどが次々と繰り出されます。
「この仕掛け、どうなっているの?」
そう思っているうちに次の場面へ。
約4時間の上演時間が驚くほど短く感じました。
ハリー・ポッターの世界に入り込む、という意味では最高の体験だったと思います。
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そしてもう一つ印象に残ったのが、ドラコ・マルフォイの息子でした。
本人は何も悪くないのに、親の名前や立場によって色眼鏡で見られてしまう。
親と子は別人なのに、周囲はそう見てくれない。
でも、それは親自身も同じなのかもしれません。
私たちもまた、知らず知らずのうちに、「○○の子だから」と決めつけてしまうことがあります。
いやーなんか日ごろの行いをなんだか反省しちゃうね![]()
ついつい、ハリーポッターの世界観や演出にフォーカスされやすい舞台ですが、内容もめちゃくちゃ深く余韻の残る、大満足な内容でした![]()
子どもの頃にハリー・ポッターを、読んでいた人。
そして今、親になった人。
中学受験で親子の関係に悩む人。
そんな人にこそおすすめしたい舞台でした。![]()
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さて、今日はカリテです。
心配はつきませんが親にできることは限りがあります。
子どもは親の続編ではない。1人の別人格として、自分の力で歩いて行く。
だから今日の私は、少し口を閉じて息子を送り出そうと思います。![]()




