父と家族の末期がん闘病記 -6ページ目

父と家族の末期がん闘病記

2012年6月末、当時65歳だった父が突然、末期の食道小細胞がんとの診断を受けました。
現実と向かい合うため、父との日々を忘れないための記録ブログです。


結婚してから丸3年が経過してるのも関わらず、末期がんを患った父に未だ孫の顔を見せてあげれないことを切なく思っていましたが・・・


このたび、念願叶って妊娠することが出来ました。


そもそも高齢出産( 35歳以上 )になる前に産みたい!という気持ちが強く、このままだと高度不妊治療である体外受精も視野に入れていただけに、本当に本当に嬉しくて。

ただ、私には一度流産経験があり、その時は父と母を非常に悲しませてしまった経験から、今回は両親への報告は慎重にするつもりです。
現在妊娠11週目でしっかりと心拍も確認できているのですが、安定期に入ってしばらくしてから報告しようと考えています。

年明けに報告すれば、「 この1年いい年になるぞビックリマーク 」と思って貰えるでしょうしね!



さておき、闘病もそうですが、妊娠というのも先が読めない人生行事の一つで。

正直、父が生きている間に妊娠することは不可能なんじゃないかと諦めかけていたのです。

というのも、祖父が亡くなったのとほぼ時を同じくして姉が第二子を妊娠し、

 「 命は輪廻転生だから、祖父が姉の第二子として生まれ変わったんだろうね。 」

と家族で話しをしていたことがあったのです。

なので、父との間でも

「 パパが亡くなっても、私の子供として生んであげるよ!
  だから一人で死ぬのが怖いなんて思わないでね。 」

なんてブラック・ジョークを言っていたり。。

オカルトチックな話ですが、言った手前、なんだか言ったことが本当になりそうな気がしていました。


でも、そうはならなかった!



このまま妊娠が継続してくれれば、出産予定は来年夏頃です。

それまで、父が元気でいてくれますように。

妊娠の報告で、父がますます生きる力・生きたいという力を付けてくれたらと願わずにはいられません。


だからこそ、気持ち的にはいち早く報告したいのですが・・・

やっぱり今はガマン!


ガマンも楽しいこの頃です。

師走に入り、この一年を振り返る意味でも今まで書いてきたブログを読み返してみたのですが・・・


最近書いたブログの内容が暗いというか、自分が感じている以上に神妙な文面になっていて、我ながら驚きましたダッシュ


自分、心に思うことは色々あれど、それを表に出すことはほとんど無ければ、落ち込んでクヨクヨするのも嫌いな質なのですが、その" 心に思うことの色々 "を文章にすると、なんだか生真面目に四六時中思いつめているみたいに映るもので。。。

父の闘病しかり、家族の問題や私個人の問題しかり、悩むことはあるけど、それはふとした瞬間に深く考えてしまうだけで、それは意外にも覚悟済みのことだったり、既に開き直り出来ていることだったりします。
人生は誰にでも限りがあるものなので、クヨクヨ過ごすのではなく、前向きに「 今 」を楽しまないと損ですよね!



・・・前置きが長くなりましたが、最近の父の様子。


残念なことに、11月下旬のCT検査の結果、8月上旬のオペで完全切除した腫瘍が再発しているのが判明しました。
再発したものについては、今後再度の切除手術は不可能とのこと。
不可能 というよりは、やってもまた再発するので無意味 ということでしょう。

ただ、それ以外の部位については腫瘍の再発は無かったそうです。


手術不可能と言われていた状態から手術が出来たのだし、そもそも強力な進行癌ゆえ再発は覚悟の上でしたが、タキソテールが奏功するという奇跡を一度経験した父は、奇跡が続くことに少なからず期待があったのだと思います。

病院を出るや否や私に電話で結果を伝えてくれたのですが、その落ち込み様はまるで目に浮かぶように伝わってきました。


その後、父の治療方針が再度検討され、やはりタキソテールの投与が続行されることが決まりました。

そして12月上旬に、約5か月ぶり、9回目のタキソテール投与。

これからも、タキソテールが癌細胞の増殖を抑え続けてくれることを願うのみ!



ちなみに、腫瘍の再発が認められたとは言え、父の体調は特に変わらず好調のようです。

タキソテールの副作用( 主に手足のしびれ )により乗るのを止めていたバイクにまた乗り始めたとのこと。
車通りの少ない時間帯に、時速35キロのノロノロ運転だそうですが。。。

父はバイクに乗って湘南海岸沿いをドライブするのが恰好の趣味だったため、それが再度出来ていると聞いて本当に嬉しい。


そんなこんなで、今年は今のところ何の心配もせず、年賀状の準備も進めています。







自分のための記録として書き記しているこのブログですが、アクセス解析を確認してみると、思いの外多くの方に読んで頂いていることに驚きを隠せません。


きっと私と同じように、闘病中の身内がいらっしゃる方が多いのでしょう。

今読んでくださっている方を" 闘病中の身内のいる方 "と仮定しても、性別や年齢、住んでいる場所、職業や所属なども千差万別だと思います。

それぞれがそれぞれの事情を抱え、現実と向かい合っていることと想像します。


その中の1ケースである私。


私は子供のいない専業主婦です。
自由な時間は沢山あるので、実家のことを気に掛ける余裕が沢山あると思われるでしょう。

 「 毎日一体何をして過ごしてるの? 」

と聞かれることも良くあります。

 子供のいない専業主婦=暇

としか思われていないのでしょうね。。
父の闘病を知る親戚の一部からは、「 ちょくちょく実家に帰れるね 」と言われます。


確かに、相対的には時間の余裕はあることは否定はしません。

でも、だからと言ってちょくちょく実家に帰れるわけではないのです。

神奈川 - 大分 間の移動は飛行機になるので、お金も掛かれば日帰りと言う訳にはいきません。
折角お金を掛けて帰省するなら、最低2泊は滞在したいと思ってしまいます。
" 父が闘病中なので "という印籠があるとしても、車で片道2時間の距離に住む義実家よりも頻繁に帰るというのも躊躇心が働きます。


何より・・・

結婚して3年ちょい。
未だ両親に孫の顔を見せてあげることが出来ていない現実。

父の病状が小康状態である中、私が無理をして帰省することよりも、子供を授かることが出来たという報告の方がきっと、父に未来への希望を抱いてもらうことが出来ると思うのです。


なので、頻繁に帰省することよりも、早く子供を授かる日を夢見て不妊治療に比重を置きたい。


不妊治療は、場合によって毎日の通院が必要です。
エコーによる卵胞チェックで、いつ排卵するか分からないタイミングを予測したり、ホルモン補充のための注射を連日打ったり、細やかな通院が欠かせないのです。

卵胞の育ち具合や排卵日は自分でびしっとコントロールできるものでは無いので、必然的に予定が立てにくくなります。
薬の副作用でヒキコモリになるほど体調が不安定になることもあれば、処置後に絶対安静を促されることもあります。
ひょっとすると妊娠するかもしれない・・・と淡い期待を抱くと、飛行機の予約は勿論、旅行予定を立てることもままなりません。

こういう事情は、不妊治療をしている人でなければ分からないことでしょう。


一方、不妊治療をしていると、世の中にはこんなにも不妊で悩んでいるご夫婦が多いものかと、我が身のことながらびっくりします。

今のこの少子化社会が不景気からの煽り( 子供を作りたがらない )というものだけではなく、結婚の高齢化 = 不妊の増加( 子供が欲しくても授からない ) が原因である割合の方が多いのではないでしょうか?


ちなみな、今やメジャーとなってしまったガン治療には保険が適用されます。
高額療養費制度により、大幅に治療費の負担が軽減されます。

しかし、不妊治療は完全保険適用外です。
治療費の助成制度はありますが、高額療養費制度に比べたら微々たるもの。。
それにも年収制限があり、我が家は助成を受けることも出来ません。


授かるか授からないのか、授かるとしてもいつ授かるのかも分からない。
故に、いつまでこの経済負担が掛かるのか分からない。
真っ暗なトンネルの中で出口を手探りで彷徨うようなこの苦しみは、血縁関係があってもなかなか言えない悩みでもあり( 少なくとも親以外には言えない )、人知れず悩み苦しみながら治療に励んでいるのです。


不妊治療に掛かる費用の平均は、体外受精の場合に1回(1周期)約50万円。
また、高額な治療費負担を理由に、不妊治療を諦めざるを得ない方も沢山いるのも現実です。
中には1000万円以上のお金を掛けても子宝に恵まれず、治療を断念した方も珍しくありません。


父の様に命のともしびを守る苦しみと、私のように命のともしびを生み出す苦しみ。

いのちの狭間には、本当に色々な苦しみが伴うものです。


だからこそ、いのちとは尊いものなのだとつくづく実感します。




父の闘病とは関係の無い内容になってしまいましたが、現状を書くことで少し自分の気持ちが軽くなる気がします。
吐きだしたくても、現実には吐きだすことの出来ないことなので・・・


それでも私には明日がある。
頑張るべき明日がある。

自分のいのちに感謝して、いのちのために今後も頑張ります。