中小企業診断士試験14回目の挑戦 -80ページ目

中小企業診断士試験14回目の挑戦

2023年は227点、13点足りず不合格。
2024年196点に後退
2025年も不合格192点に後退
2026年一次試験の11回目の合格に挑む。


他の具体的事例も考えてみる。

「人生は糾える縄のごとし」

人生を縄に例えている。

良い時もあれば悪い時もありあらゆる事が因果関係で絡み合い一つの人生が出来上がる、

というような意味になるだろうか。

人生というとらえどころのない物のある一面をとらえてなるほどと納得させられる。

しかしもちろん人生は縄ではない。

例えるという事とは少しニュアンスが違うような気もするが

経済学はある意味例えの学問だ。

モデル化するという事は例えるという事だろう。

知っていることに例えて理解しやすくして同時に見えなくなる面もある。

経済学の勉強をしている時になんとなく快感が伴うのはこの理解しやすさを感じていたからかもしれない。

企業経営理論などもとらえどころのないような部分を例えで克服していく事で能率が上がる気がするが、見えなくなっていた部分が飛び出してきたときに苦痛を伴う。

それを織り込み済みで勉強する事が肝要だ。

 

 

 


とても感銘を受けた。

今自分が挑戦していることはそれまでの自分との決別であり

その為には自分の遺伝子の配列が少しずれる位に自分に負荷をかけなくてはいけないと

思っているが、それは時に瞬間的に自分の限界を更新していくような事であるだろうし

また発酵のようにじわじわと自分の行動が変わっていくような事でもあるだろう。

リセットボタンを押して「はい今から自分は変わりました」というわけにはいかない。

それで変わるならまた同じようにボタン一つで基に戻ってしまうだろう。

自分を変えていく作業は何か楽しい作業のように思えるが、

往々にしてあまり面白い作業ではない。自分で決めて始めておきながら

「こんな事は意味がない」と逃げ出してしまうことがままある。

積み重ねなければ何も変わらない。

積み重ねなければ積み重ならないのだ。


とかく勉強というとガリガリ暗記するイメージがある。

体系的に覚えなくてはいけないという意識がありながら枝葉末節に気を取られがちである。

因果関係不明性という言葉の意味だけを必死に覚える。しかしそれが模倣困難性の要素である事や戦略論の中のVRIO分析の中のImitabilityに含まれている事であるという事がきちんと理解できたのは勉強開始から5年経ってようやくだった。余裕がないと視野狭窄に陥りがちだ。

常に全体を意識する事に注意を向けたい。


これは鶏が先か卵が先かに似ている問題だろうか。

もしくは鶏が大切か卵が大切かと置き換えて考えるとちょっと見えてくる気がする。

どちらが大切かと言えばどちらも大切である。

両方欠かせないので優劣をや優先順位をつけるのがナンセンスである。

ではなぜ「枝葉の知識」という言葉を使ってしまうのか。

もっと重要な事があるという事を暗に伝えたいとき、或いは伝える側がそう感じている時。

でもそれは伝える側の主観であって受け手にとっては必ずしもそうではない場合もあるので

「枝葉の知識」という表現はまずい。

だが例えば野球を知らない人に一から野球を教えるような場合、

「まずボークとは何か教えてください」と言われたら

思わず「それは枝葉の知識で・・・」と言ってしまうだろう。

 


殆どの男性には闘争本能がある。

遺伝子に組み込まれているので逆らう事ができない。

なのでピストルや刀のおもちゃに幼い頃から反応してしまう。

また同時に道具にも執着する。

「七つ道具」という響きには秘密めいたときめきを覚えるし、

ホームセンターに行った時のわくわく感は女性には理解し難いものだろう。

武器と道具を明確に分ける線引きは出来ていなかったが、

建設的にツールを使う為のスキル磨くという事を意識するようにしたい。。