中小企業診断士試験14回目の挑戦 -73ページ目

中小企業診断士試験14回目の挑戦

2023年は227点、13点足りず不合格。
2024年196点に後退
2025年も不合格192点に後退
2026年一次試験の11回目の合格に挑む。


最近は消防団の操法の練習が週に三日あり慢性的に肉体的な疲れがある。

少々勉強に影響が出る。主に言い訳に使われる、今夜は疲れているから早めに切り上げるか、という具合に。

昨夜もそんな自分の中の悪魔のささやきと闘いながら課題に立ち向かっていたが従姉妹からメールで娘が大学のサーバにログインできなくて困っている助けてほしいと連絡がきた。その後その娘から電話が入って状況を聞きながら対応策をあれやこれやとやっているうちにあっという間に一時間が経過した。その一時間の早かったこと。その時勉強と何が違うのかと考えた。

少なくとも肉体的な疲れなどは100%言い訳であることが判明した。


これはつまり「食わず嫌い」みたいなことだろうか。

「食べてみなければ好きにはならない」

「食べたからと言って好きになるとは限らない」

でも食べない限り味も判らず好きになるという事はないということ。

嫌いではないけど食べないだけだ。

こうなると、仕方ないですね、というのも一つの結論だが。

情熱は少なくとも人に与えられるものではない。

しかし生命力に原因を帰結するのも能がない。

何も自分を刺激してくれないと自分以外の何かに原因を求め続けるのも一つの生き方だが、

自分の為に自分自身で喜びを見つけ続けるのも一つの生き方である。

 


二次試験対策にとって重要な事を二つ認識した。

ひとつは二次対策の勉強をしていても効果を実感しにくいという事。

わかり切っている事だが改めてその意味を考えてみる。

事例Ⅰの対策講義の中で人的資源管理というのが出てくるが。人的資源管理がでてきたら「採用・配置」、「評価」、「教育」、「報酬」がスッと浮かぶように、と言われた。これも分かり切った事だと受け流していたが「評価」というのはとても重要である。

人的資源管理では「評価」が公平でなければモラールが低下してしまうが二次試験対策の勉強では勉強の出来高の自己評価が正確に行われない、言い換えると実感できないと何を目指せばよいのかわからなくなる。

講義の中で「講義の内容を人に説明できるようになること」と言われたがこれも何となく聞いてちょっとやってみてやめていた。これは人的資源管理で言えば評価を行っていない事だ。仮に自分が診断士でコンサルを行うとすればまずその点を指摘しなければいけない。

よって実感しにくい効果を評価するために確実に「人に説明できるようになること」を実践しなくてはいけない。これが行われなければ勉強していないに等しいといっても過言ではないだろう。

もう一つは二次試験対策の勉強は理解する、出来るようになる、或いはスキルを身に着ける、というより「上手になる」事を目指さなくてはいけないという事。

なので二次試験対策の勉強はsutdyというよりpracticeを意識して上手になることを目指さなくてはいけない。

この二点を実践する。

 


ちょっとやってみたが効果てきめんのような気がした。

音をたてないようにするという事は普段使わない神経を研ぎ澄ますので

脳の制御装置がその仕事に追われて体内の他のセンサーの働きが鈍くなり気が散らなくなるという

ような理屈だろうか。

センサーが鈍くなっても演算装置には負荷がかかっていないのでそちらの処理には影響がなくむしろ集中できるという事か。

理屈はともかく今日一日試してみよう。

 


あれやこれや考えてなかなか勉強開始できない時がある、というよりだいたいにおいてなかなか開始できない。

ようやく開始しても他の科目が気にかかったりする。いざそれに取り掛かるとまた他の事が気にかかる。

心配する事にかなりの時間を割いている気がする。

心配だけしているくらいなら集中できていないとしてもだらだらとでも過去問を解き続けたほうがよい。

しかしだらだらやっていると自覚すると今度は効率よくするにはどうしたらよいか、などと考え始めてしまう。

無意識のうちに何かから逃げようとしているのだろうか。先ずは単純に決めたこと与えられた事を消化しよう。PDCAがすべて同時進行してしまうのはよろしくない。データ転送も一見パラレルのほうが早そうだが実はシリアル転送のほうが早いのだ。