中小企業診断士試験14回目の挑戦 -70ページ目

中小企業診断士試験14回目の挑戦

2023年は227点、13点足りず不合格。
2024年196点に後退
2025年も不合格192点に後退
2026年一次試験の11回目の合格に挑む。


筆圧が高く悪筆の自分は小学生のころから細い線である事が美しい文字に近づくというようなイメージを持っていて常にHBを使用して今もHBである。

2Bより柔らかい芯はデッサン用というイメージがあった。

つい先日母の使っていた机から新品の2Bが1ダース見つかってちょっと使ってみたら意外と書きやすかったがそれでもデッサン用というイメージがあって使うのに少し抵抗があった。

これを機会に大いに2Bを使ってみよう。


試験は年に一度である。

この事は非常に緊張感を高める。

いろいろな事を考えてしまい心配すればきりがない。

当日風邪をひいて熱が出ていたらどうしよう。

試験当日どこかの国がミサイルを発射して会場に向かう地下鉄が止まったらどうしよう。

更に考えるならば、最も心配される事態は万全の状態で試験に挑めたのに合格する実力が無かったらどうしよう、である。

今の段階で試験当日の不測の事態を心配するのはメタボの人がダイエットをする前からリバウンドを心配するような、或いは会社を起こす前にまずクライシスマネジメントの心配をするようなものである。

心配はそれからでも遅くない。

 

 


チェック模試は諸般の事情で前日に受験し提出した。

同じ時刻に開始というわけにはいかなかったがもちろん同じ制限時間で実施した。

なぜ八割の人間が落ちてしまうのかという原因が明確になればその課題の克服に集中すればよいわけでかなり合格に近づくと思うのだが明確にすることができない。

二次試験を始めて受験した年の総合Dランクから総合Cへとランクアップしたので勉強の方向性はある程度あっていると思うのだが、いわゆる決め手に欠く状態だ。

なぜ8割の人が落ちてしまうのか、という問いを変換すれば上位2割に食い込む食い込む人とそうでない人の違いは何かという事になるだろうか。

まず余力を残さず受験機関から出されている課題を消化しよう。


歳と共に刺激的なことが少なくなってきているとつくづく感じる今日この頃。

開けるべきびっくり箱の数は限られていて開けていないびっくり箱の数はもう残り少なくなっているような。

昔ほどプロ野球中継や歌番組に関心を示さなくなった。正確に言えば歌番組を観なくなって30年ほど経つだろうか。

これが由々しき問題かどうかの考察はまた別の機会にするとして、ある面でやるやらないを必要かどうかで判断している面は確かにある。

「一円の得にもならない」という判断基準である。

不必要なところまでやってみるのはこれまで余り経験したことのない刺激である。

このブログもその判断基準ではやる必要のない事であり、そう判断すると止めなければいけない事になる。

 

 


新入社員の頃、新入社員研修は苦痛だったが少し仕事を覚え始めた頃は仕事が新鮮で楽しかった。

アルバイトでも最初は「これでお金が貰えるなんて最高だ」というところから始まるがそう長くない間につまらないどころか苦痛が伴うようになる。

マンネリズムや達成感の喪失などいろいろ理由は考えられるが、自ら楽しみを探求しなくてはどんなことでもやがてはつまらなくなるだろう。端的に言えば飽きるのである。

飽きないようにするのも努力とか才能の範疇に入るのかもしれない。

ところで久しぶりに二次対策の演習問題を解いたら一次試験対策では感じる事の出来ない楽しさがあった。根拠の埋め込みを発見した時の喜びはギャンブルの陶酔感に似ている気がする。気障な言い方をすれば演習は作問者とゲームをしているようなものだ。

知的なゲームという言い方をすれば射幸心を掻き立てられる。実際演習に取り掛かるととても充実した時間を過ごしている感じがするし終わった時の達成感もある。

この感覚を一次試験対策、特に中小企業経営・政策に持ってこれないだろうか。