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40歳の誕生日を迎え

みなさんご無沙汰しています。

僕は1月29日に40歳の誕生日を迎えましたビックリマーク
画像は妻が愛情たっぷりに手作りしてくれたケーキです。

komorebiのMyブログ-妻の手作りケーキ

妻の手作りケーキラブラブ


お陰様でいまは鹿児島で順調な生活を送っています。

2歳半のこもこが反抗期を迎え、相手をするのにクタクタですが、愛しい娘の自立心を尊重し、これまで足りなかった愛情をたっぷり注いであげています。

妻も2月10日に東京に帰る決心をしてくれました。鹿児島に来るまでの3ヶ月の必死の努力を認めてもらえたようです。

「ホントに変わったね。まるでお坊さんが座っているみたい。3ヶ月でどうしてそこまで変われたの?」

などと妻に言われました。

詳しくはそのうち述べますが、鹿児島に行く前の3ヶ月間、ウォーキング(ナンバ歩き)を1日も休まず続けて体力に自信がついたこと、そして玄侑宗久さんという芥川賞作家の禅宗のお坊さんの本に巡り合えたことで精神的に自分を強くしたのだと思います。僕は大学で西洋哲学を専攻し、精神医学をはじめ西洋の思想にどっぷり浸かっていましたが、東洋の思想、とくに禅の思想がこんなにもすばらしいものだったのかと、すっかりハマってしまいました。

40歳、人生の折り返しを迎えて、妻から「抱負は?」と聞かれ、僕は「これからだなと思う」と答えました。

禅では幸福とは際限のない欲望だとみなします。その代わりに「楽」を追求します。快楽の楽ではなく、こだわりを捨てた澄み切った精神の全き自由としての楽です。

わかりやすくいうと、こもこのような穢れなく一切の先入観や価値判断、思慮分別、一点の曇りもない童心に今一度立ち返ることです。

それは「退行」とは違います。思慮分別といった大人の心とバランスを取り、ときに使い分けながら生きていくことです。それが、「幸福」ではなく、「楽」を追求する生き方です。

いまこの瞬間、この日を大切に苦楽もともに味わい尽くしながら生きること。そうすれば、後悔もなく不安も生まれなくなると思います。

明けましておめでとうございます

遅ればせながら謹賀新年。

昨年は僕にとって、それより妻や娘、家族にとって辛い年でした。

今年こそは、いや今年からは、家族を守るために、生まれ変わろうと思っています。

妻や娘を愛し抜いていこうと思います。傷つき打ちのめされた心をありったけの優しさで包んでいきたい…。

今年になって小田和正の『たしかなこと』という歌に出会ってから、これまでうつ病を発症してから20年以上聴き続けてきた長渕剛より感情移入できる歌になりました。キーワードは、闘うではなく、受けとめるに変わった気がします。

これまでの39年間、僕は肩に力が入り頑張りすぎて、周囲に怯え、萎縮して、自分を防衛することしかしてきませんでした。長渕の歌は応援歌として励まされますが、なにかこう力みすぎて窮屈な感じがしてきたのです。脱力しないと底力は本当は出せないんですよね。

「柔よく剛を征す」とよく合気道や少林寺拳法をやっていたときに言われました。少林寺でお悟りになった禅宗の開祖達磨大師。そのずっと先を辿るとお釈迦様まで辿りつきます。

仏教、ことに禅宗では、人間は誰しも生まれたときは丸くて澄んだ心をもっていると言います。禅の修業なども大人になるにつれて心が曇り煩悩まみれになるので、生まれた頃に戻ろうと回帰のための修行をするのだそうです。

幼子の一見弱々しい手足や心が実は何よりも強いと禅は説きます。わが娘こもこにも僕は何に付けてもかないません。

禅の説く「不動心」も頑固と言う意味とはむしろ逆で、球体がその状況に応じてコロコロと転がり、転がるけれど球体のど真ん中、つまり重心はぶれないわけで、これが「不動」なんだそうです。ちなみに「こころ」の語源は「ころころ」から来たんだそうです。

何か一つの価値観を頑なに信じ込むことは、耐震クッションのない建造物のように地震が来たら、ポッキリ簡単に折れてしまいます。

僕はしっかり安定した頼れる夫、パパになるために、逆説的ですが、しなやかでたおやかな心を持てるようになりたいです。

今年一年、皆様に幸多からんことを心よりお祈りしています。

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