明けましておめでとうございます
遅ればせながら謹賀新年。
昨年は僕にとって、それより妻や娘、家族にとって辛い年でした。
今年こそは、いや今年からは、家族を守るために、生まれ変わろうと思っています。
妻や娘を愛し抜いていこうと思います。傷つき打ちのめされた心をありったけの優しさで包んでいきたい…。
今年になって小田和正の『たしかなこと』という歌に出会ってから、これまでうつ病を発症してから20年以上聴き続けてきた長渕剛より感情移入できる歌になりました。キーワードは、闘うではなく、受けとめるに変わった気がします。
これまでの39年間、僕は肩に力が入り頑張りすぎて、周囲に怯え、萎縮して、自分を防衛することしかしてきませんでした。長渕の歌は応援歌として励まされますが、なにかこう力みすぎて窮屈な感じがしてきたのです。脱力しないと底力は本当は出せないんですよね。
「柔よく剛を征す」とよく合気道や少林寺拳法をやっていたときに言われました。少林寺でお悟りになった禅宗の開祖達磨大師。そのずっと先を辿るとお釈迦様まで辿りつきます。
仏教、ことに禅宗では、人間は誰しも生まれたときは丸くて澄んだ心をもっていると言います。禅の修業なども大人になるにつれて心が曇り煩悩まみれになるので、生まれた頃に戻ろうと回帰のための修行をするのだそうです。
幼子の一見弱々しい手足や心が実は何よりも強いと禅は説きます。わが娘こもこにも僕は何に付けてもかないません。
禅の説く「不動心」も頑固と言う意味とはむしろ逆で、球体がその状況に応じてコロコロと転がり、転がるけれど球体のど真ん中、つまり重心はぶれないわけで、これが「不動」なんだそうです。ちなみに「こころ」の語源は「ころころ」から来たんだそうです。
何か一つの価値観を頑なに信じ込むことは、耐震クッションのない建造物のように地震が来たら、ポッキリ簡単に折れてしまいます。
僕はしっかり安定した頼れる夫、パパになるために、逆説的ですが、しなやかでたおやかな心を持てるようになりたいです。
今年一年、皆様に幸多からんことを心よりお祈りしています。
昨年は僕にとって、それより妻や娘、家族にとって辛い年でした。
今年こそは、いや今年からは、家族を守るために、生まれ変わろうと思っています。
妻や娘を愛し抜いていこうと思います。傷つき打ちのめされた心をありったけの優しさで包んでいきたい…。
今年になって小田和正の『たしかなこと』という歌に出会ってから、これまでうつ病を発症してから20年以上聴き続けてきた長渕剛より感情移入できる歌になりました。キーワードは、闘うではなく、受けとめるに変わった気がします。
これまでの39年間、僕は肩に力が入り頑張りすぎて、周囲に怯え、萎縮して、自分を防衛することしかしてきませんでした。長渕の歌は応援歌として励まされますが、なにかこう力みすぎて窮屈な感じがしてきたのです。脱力しないと底力は本当は出せないんですよね。
「柔よく剛を征す」とよく合気道や少林寺拳法をやっていたときに言われました。少林寺でお悟りになった禅宗の開祖達磨大師。そのずっと先を辿るとお釈迦様まで辿りつきます。
仏教、ことに禅宗では、人間は誰しも生まれたときは丸くて澄んだ心をもっていると言います。禅の修業なども大人になるにつれて心が曇り煩悩まみれになるので、生まれた頃に戻ろうと回帰のための修行をするのだそうです。
幼子の一見弱々しい手足や心が実は何よりも強いと禅は説きます。わが娘こもこにも僕は何に付けてもかないません。
禅の説く「不動心」も頑固と言う意味とはむしろ逆で、球体がその状況に応じてコロコロと転がり、転がるけれど球体のど真ん中、つまり重心はぶれないわけで、これが「不動」なんだそうです。ちなみに「こころ」の語源は「ころころ」から来たんだそうです。
何か一つの価値観を頑なに信じ込むことは、耐震クッションのない建造物のように地震が来たら、ポッキリ簡単に折れてしまいます。
僕はしっかり安定した頼れる夫、パパになるために、逆説的ですが、しなやかでたおやかな心を持てるようになりたいです。
今年一年、皆様に幸多からんことを心よりお祈りしています。