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CBTの思考停止法

昨夜はCBT(認知行動療法)の6回目のセッションがありました。

宿題だった7つのコラムを埋めて提出したらよく書けていると誉められました。また、自動思考に対する根拠が少ないこと、適応的思考の確信度が高いことなどから、CBTを続けていくと症状がよくなる確率が極めて高いと言われました。

また、思考停止法と言われる技法を教わりました。本来は「ストップ」と言って思考を止めるらしいのですが、それの応用バージョン。

不都合な自動思考や感情が沸き起こった場合に、気をそらすというものです。

たとえば、何かにカチンときたり、ショックを受けて落ち込みそうになったときに、自分の大好きな食べ物や楽しかったこと、行ってみたい場所やテレビ・映画のシーン、音楽のフレーズなどを思い浮かべて、ひたすらそちらに没頭しひたりきる。

できれば100%ポジティブなものを無理矢理ねじ込む方がいいのですが、「白血病少女の闘い」のような涙で胸がジーンとするようなものでもOK。

僕の場合、昨日は両親が面会に来て面会室で緊張したとき、視線をカーペットに移し、このカーペットが緑だったらどうだったかな?、オレンジだったら..とひたすらやっていたら、だいぶ緊張がなくなりました。また緊張したら、またやればいいんです。

看護師のHさんにその話をしたら、「まさに、それですよ!!」と言っていました。

みなさんも、ぜひお試しください。

くまのプーさんはADHD

昨日の主治医の診断をめぐる見解と家族の反応などによって、午前中かなり落ちていました。

ところが、携帯で「ダース・ベーダーは境界性人格障害」という記事を読んでいて、「くまのプーさんは注意欠陥多動性障害(ADHD)および強迫性障害」というのを見て、吹いてしまいました。

たしかに執拗なまでにハチミツに執着する異常さ、おっちょこちょいで落ち着かない性質はそう言えなくもない。

でもそんな独特のキャラクターが愛くるしくもあり親しめるわけで、それらの「症状」がなければ単なる黄色いくまで終わってしまい、あそこまで人気者にならなかったはずである。

精神疾患と個性は紙一重、いや両価性があるのではあるまいか。また、診断名などは無理矢理こじつければ何とでも言えてしまうという側面もあるのでしょう。そこにきて、「正直わからない」と言った僕の主治医はかなり良心的だったのではあるまいか。

とかく診断名にこだわってばかりの僕も、自分の個性やキャラを見失いかけていたような気がしました。

プーさん、ありがとう。

昔ならヒステリー?

今日は外泊から帰院したとき主治医の診察がありました。

その中で主治医は、僕の診断について「ゴメンね、正直わからない」と言っていました。

主治医いわく、

1)うつ病でも境界性人格障害でもない。しいて言えば、気分循環性障害と特定不能の人格障害だがそれも決め手になる診断ではない。

→特定不能の人格障害といっても、対人関係の障害や衝動コントロールの欠如がどんな環境下でも見られるわけではないので、その点は最も人格障害らしくない。一方、極端思考や自傷などは多少人格障害っぽいとは言える。

2)昔で言えばヒステリー、今なら転換性障害や解離性障害、または身体表現性障害の弱いやつに近い。

→現在の症状、つまり上半身の震え、緊張、こわばりは、ある特定の状況下で増悪するので、ベンゾジアゼピンの離脱症状とは考えにくい。また薬剤性パーキンソン症候群や遅発性ジスキネジアなどとも出方が違うようだ。したがって、これまで言葉で表現したくても何らかの理由で表現できなかったものが、断薬したことで抑制が取れ、身体症状として顕在化した(表にあらわれた、転換された)のが現在の症状だろう。

とのこと。

治療と予後については、治そうと思えば思うほど治らない、あるいは治りにくくなる性質のものなので、社会復帰、社会適応を目標に、デイケアあるいは作業所→アルバイト→転職など順を追ってリハビリなどに意識を向けたほうがいいだろうとのことでした。

社会適応が一義的な目標なので、場合によっては(やはり必要とあらば)、レキソタンをまた飲み始めるという選択もありだろうとのこと。

精神科では、教科書通りの症状でビッタリ診断を下せるという患者さんはむしろ稀で、「なんか変なんだけどなんだろう?」的な診断が難しいケースが多いと言われ、たしかにそうだなと思いました。