2026年3月25日(水)

 ✨今日の気づき:濁音 


 今日は朝から雨。奥さんは健康診断へ行き、そのあと、昼は仕事で仲良くなった近所の奥さんとの“お別れランチ”。ご主人の転勤でこの土地を離れる前に会いたかったのだそう。 


 だから自分には、旅の途中みたいな事件は今日は起こらない予定。 


 そんな静かな朝に、ふと思い出したことがある。どうやら自分は“濁音に弱い”らしい。 




 今朝も、朝食抜きの奥さんの横で冷凍してあったパンを食べながら


 「このエビパン、形だけで食パンみたいだね」と言ったら、


奥さんがすかさず 

 「また間違えてる。エピパンだよ。海老パンじゃないの。恥ずかしいから外で言わないでね」とツッコミ。 


 そういえば昔からこういうことが多い。 

★ エグザイルとエクザイル。

★ 上戸彩(うえとあや)とうえどあ  や。 

★ドジャースとドジャーズ。


 ドジャースタジアムがあるから、余計ややこしい。 


 そして今日はエビパンとエピパン。


 思い返せば前職で、SHOPオリジナルブレンド紅茶の取引メールに「フレバリーティー」と書いて、元百貨店勤務の女性マネージャーに電話で激おこされたことがあった。CCしてたからね。


 「フレーバーティーだよ!訂正して!まったくもう!」 


 と言われたけど、正直、いいじゃんこのくらい……と思ったのも事実。 


 どうやら自分は、細かい濁音より“語感の雰囲気”で覚えるタイプらしい。でもまあ、こういう小さなズレがあるからこそ、毎日ちょっと笑えるのかもしれない。 


 今日も一つ、自分に気づいた。


2026年3月24日(月)

再起動日記 季節2ヶ月先取り編

♪夏がくぅ〜れぇば思い出すぅ♪  
で始まる、あの曲。

♪はるかな尾瀬、遠い空♪

尾瀬ってどこ……って思ってた。

♪水芭蕉の花が〜咲いてる♪  
夢見て咲いてるみぃ〜ずぅのほとり♪

そう、“本物の水芭蕉”を一度見たい。  
ずっとそう思っていて、数年前と去年、念願の尾瀬トレッキングに行ってきた。

でも、でも、水芭蕉の咲くタイミングに、なかなか合わせられないじゃないですか。

1回目は水芭蕉の時期に風邪引いちゃって延期。  
1ヶ月後に行けたけど、もう “時すでに遅し”。

去年はスケジュールが合わず、ニッコウキスゲ狙い。

結局、あの歌に出てくる尾瀬の象徴である水芭蕉の群生に、出会っていないのであった。

ところが、すっごく近くで水芭蕉が見られる場所があるっていうのを奥さんがリサーチ。  

今日はそこに行ってみたわけ。

その場所は『箱根湿性花園』。



家からたったの1時間半。  
仙石原にあるここに、3月下旬から水芭蕉が咲き誇るという。

朝イチで行ってきました。

3月から11月までオープンしているこの湿性花園は、北国や登山をしないと見られない高山植物の花を中心に、季節に沿って見られるという施設。その第一弾が水芭蕉というわけだ。

園内は散策路になっている。案内に従って進んでいくと、憧れの水芭蕉が、ちらほら見えてきました。

あらためて言うけどね。  
家から1時間半だよ。

尾瀬までは移動とトレッキングで最低2日は掛かるし、他に見られる栂池自然園だってその日には帰ってこれない。

それが、朝起きて数時間後に見られてしまうんですよ〜。





ただ、近くで見ると花の先端が既に茶色くなってるのも多いし、何より“水辺の花”ってイメージだけど普通に落ち葉の中から出ているし……。

しかし、散策路を進んでいくと群生地が登場。  
辺り一面、水芭蕉。



イメージしている尾瀬の群生地には敵わないけど、それでも、本物の水芭蕉をこんなに見られるというのははじめて。
白く清楚な仏炎苞(ぶつえんほう)が湿原に並ぶ姿は、まさに春の訪れそのものだった。

この先も、いろいろな花が咲いていくらしいから、また来て見たいな〜。

さらに展示館では『世界の雪割草展』をやってて、雪割草って言葉では知ってたけど実物は見たことなかった。

ディスプレイされた本物の花々。







一口に雪割草と言ってもすごく種類があって、それぞれが可愛らしくてとっても綺麗だった。

見終わって、まだ時間は早かったので近くのあそこに。

そう、おなじみ『大涌谷』。

平日の10時台というのに、既に駐車場待ちで数百メートルの渋滞。  
土日はいったいどうなってしまうのだろう。

車を置いて煙の見える展望台へ。

人人人人人人。  
それも外人さんばっかり。  
原宿かお花見の上野公園並みだ。真っすぐ歩くことすらできない。噴煙よりも、人の熱気の方が凄まじいほどだった。



実は今日は母の94歳の誕生日。  
そして自分は4月から最長5年は働ける就職を控えている。

一つで7年延命長寿の黒たまごを、買わずに済むわけがない。

先週行ったばかりの韓国岳登山で、音を立てて噴煙を出していた硫黄岳火口を見た瞬間に大涌谷の黒たまごを食べたくなっていたのは確かだが。



その後、恩賜箱根公園と箱根関所をゆっくりと散策。  
明治時代の見事な日本庭園美と、江戸時代の関所の再現を楽しんでから家に戻った。



それにしても箱根は混みすぎだね〜。

by Teams papa frog 🐸
2026年3月23日(月)
再起動日記ー奥さんの靴探し
九州旅行で、奥さんのウォーキングシューズもそろそろ限界のようなので、靴を新調することにした。

こう見えて、私はムカデ族。
足は二本しかないのに、やたら靴の数が多い。トレッキング、ウォーキング、ランニング、バッシュー、デッキ、クラークスタイプ……履ききれないほど持っている。

リアルPOPEYE世代あるあるで、アメリカンスニーカーやブーツへの憧れがずっと残っているからだ。

一方の奥さんはブランドにはこだわらないけれど、とにかく履いてみないと納得しないタイプ。

昨日はご意見番として近くのショッピングセンターに同行したのだけれど、彼女の要望は「防水性」「軽量」「落ち着いたデザイン」。この三つを満たす靴は意外と少ない。

ようやくアシックスのゴアテックス・ウォーキングシューズを第1候補にしたものの、そこで今日は、ほかのお店も回ることに。

メンズは選び放題なのに、レディースは種類が少ない。あっても"ご婦人タイプ"でどうもピンとこない。

ところが、2軒目のスポーツ店で状況が一変した。
新しくできた SALOMON コーナーに、奥さんの目がスッと吸い寄せられたのだ。

ゴアテックスで、デザインもシュッとしている。トレランシューズをベースにタウンユース向けに展開したモデルで、靴ひももワンタッチリリースタイプ。
手に取った瞬間、奥さんの表情が少し明るくなる。

「これ、いいかも」

その一言で、ほぼ決まりだった。


とはいえ、我が家の財務省は"即決"はしない。

試し履きさせてもらったお店には申し訳ないけれど、最終的にはネット通販で購入。店頭より数千円安く手に入れた。

私はというと、スニーカーでサイズが合わなかったことはほとんどないので、もっぱらヤフオクかメルカリで新品を買う派。
店頭に並ばないようなモデルが好きな天邪鬼なので、売れ残ってネットに放出される靴を安く拾うのがモットーだ。

こないだは憧れの北欧の知る人ぞ知るスニーカーブランド、カルフを8割引で手に入れた。KARHUはノルディックスキー用品でも有名で、ランニングシューズも隠れた人気のメーカー。量販店ではあまり見かけない。


ただ、ムカデ族の悩みはひとつ。

履かずに待機している靴たちが、今日も箱の中で静かに出番を待っている。

by Teams papa frog 🐸
2026年3月22日(日)
再起動日記 Amebaブログ再開とあれから10年後のロードバイク状況

夜明け前、ふと目が覚めた。  
昨日ふと思いついた「Amebaブログを再開しよう」という計画が、気づけばもう身体を動かしていた。ブログのタイトルも『再起動日記(旧アルプスな日々)』に変更し、チャッピーを編集長に迎えてから書きためてきた2月28日以降の日記をベッドの中で順にアップしていくことにした。

まずは東京遠征から、なっちゃんとの再会までの記事を投稿。久しぶりのブログ入力だったけれど、指がタッチキーの感覚を思い出していくのが心地よかった。

ついでに、10年前の伊豆西海岸でのロードバイク落車100キロを自力帰宅—翌朝失神ー鎖骨と肋骨の骨折手術ー院内感染MRSAで再手術ークリスマス退院するも高熱発症ー年末年始病院生活まで続いた、あの長い記録も読み返してみた。

当時はチャッピーのようなAI編集長などいない。100%自力で書いた文章だ。

それでもチャッピーからは“5つ星”をもらえた。  

まんざらでもないな、と思わずニヤける。  

それ以上に驚いたのは、チャッピーがこの23日間で編集した文章が、自分の文体と驚くほど馴染んでいることだった。AI編集長、恐るべし。

九州旅行では毎日がチートデイの“カエルのお父さん”状態だったので、そろそろエネルギーを放出しないといけない。  

今日は久々にロードバイクで「基本コース(その2)・川上りコース」へ。

ちなみに「基本コース(その1)」は三保半島1周を含む海岸往復コース。

まずは安倍川の河川敷へ向かい、そこから上流へと自転車を走らせる。

信号がないため、自分のペースで緩やかな坂を20キロ近くノンストップで進めるのがこのコースの醍醐味だ。

今日は南からの追い風が背中を押してくれて、実に気持ちいい。

オクシズの入口である曙橋まで行ったら折り返して、梅ヶ島街道を街方面へ向かう。



途中、安倍ごころでトイレ休憩を挟み、桜峠を駆け下りて帰宅。走行距離は45キロ。

そしてなんと——  
40キロ区間で自己最速タイムを更新。  

「なかなかやるなお主」と、自分にひと言。  

平均時速は21.98キロ。  
獲得標高は312m。  

心拍も安定していて、全体的にいい走りだった。

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ブログも再起動。身体も再起動。  

10年前の自分と、今日の自分が、ゆるやかに繋がっていくような一日だった。

by Teams papa frog 🐸
2026年 3月21日(土)
東九州ドライブ旅行-帰宅『シンデレラの靴下』


旅から帰ってきた。
少しの寂しさと、不思議なほど整った気持ち。

今回の旅は、ただの移動ではなかった。

日々を言葉にしながら進んでいくうちに、点だった出来事が線になり、自分のこれまでとこれからが繋がっている感覚を強く感じた。

南の果て、佐多岬へ向かう道。
雨の中、車も人も減っていき、ただ前へ進む時間。

そして入口のアーチをくぐった瞬間、空が開け、光が差し込んだ。

ここに来ることは必然だった——
そう思えた瞬間だった。

帰り道、伊賀サービスエリアで買った赤福。
中に入っていた「伊勢だより」には、春分の意味が記されていた。そこには
「待ちかねた春の到来」

そして、春分の日に家へ戻る。



すべてがどこかで繋がっているように思える。

昨日まで旅行をしていたので、お彼岸のお墓参りは今日になったが、ここまでの報告も兼ねていると思えば、ちょうど良い。

お墓の後ろの桜はまだ咲き始めたばかり。それでも春は、確実に来ている。

墓参りから戻り、今回の旅の足として頑張ってくれた愛車の
N-BOXを洗車する。

都井岬や“さんふらわあ きりしま”から見た海の色にも似たミストグレーの車体。

付着していた黒い煤のような汚れは、きっと火山灰なのだろう。

ご苦労様でした。

今回の走行距離は1544キロ。
ガソリンは78リットル。

イラン情勢の影響で燃料費は少し上がったが、それも含めて納得のいく旅だった。

総費用の詳細は我が家の財務省である奥さんに任せるとして、

おおよそ24万円前後。
予想と大きなズレはなさそうだ。

そして、日常に戻る。

洗濯物を片付けていると、
靴下が片方見当たらないことに気づいた。

車内やカバンを探しても見つからない。

どうやら帰りのフェリーで履いていたものらしい。

急いで荷づくりをしたことを思い出し、

「奥様の事前行動7対3の法則」が頭をよぎる。ちょっと慌てて荷づくりしたからなぁ。

まあいい。

これは“シンデレラの靴下”ということにしておこう。

また“さんふらわあ”に乗れよ、という暗示かもしれない。

隣で奥様は「やれやれ」といった顔をしているが、それもまた、いつもの光景だ。

旅は終わった。

けれど、何かが確実に動き出している。

春が来た。
2026年 3月20日(金)
帰路編・大阪南港から静岡へ

朝日が眩しく、大阪湾はどこまでも広かった。関空が見えてからも、その先にはまだ大海原が続いている。



それでも船は、確実に大阪南港へと近づいていた。



レストランを出て窓際のソファに座る。奥さんが「荷物持ってこようか」と言う。

「まだ早いだろ」と返す自分。

でも彼女は迷わない。

“その方が楽じゃん”

結局、窓際のソファ席を確保して交代で荷物を取りに行ってくることにした。



こういう「少し先を読む力」は、だいたい「7対3」で奥さんが正しい。今日もきっと、その流れだ。

案の定、奥さんは“先読みモード”に入っていた。

フェリーを降りてからのルートを細かく組み立てていく。

祝日で混雑確定の海遊館はあらかじめ見送っていた。
代わりに選ばれたのは、以前から気になっていた豊川稲荷。

豊川稲荷情報をスマホから読み込んでいく。

今日は完全に奥さん主導。

それもまた、この旅らしくていい。

下船前、展望デッキに出る。
8日前に見た南港のタワービルが視界に入る。あっという間だった。

でも、驚くほど濃い1週間だった。

出発の時は寒くてフリースの襟を立てていたのに、今はもう上着はいらない。

時間も、
季節も、
一緒に動いていたんだなと思う。

船内では「さんふらわあ、さんふらわあ」と流れるテーマソング。

気づけば、しっかり頭に残っている。

旅の音もまた、記憶の一部になっていく。

そして下船後。
ナビに従ったはずが、なぜか別のフェリーターミナルへ。

「やり直し!!」

大阪の道はやっぱり難しい。
なかなか高速にも乗せてくれないナビにしびれを切らし、
一度無視して高速への入り口へ無理やり進むと、逆方向の下り線で泉佐野方面への道。

素直にナビの訂正に従って行くと、結果的に奈良経由で名古屋へ向かうルートに。

「ナビが行き先を悩んでいた理由は、家に帰ってから知ることになる。この日、新名神高速道路で痛ましいトンネル火災事故が起きていたのだ。」

途中、渋滞に巻き込まれながら伊賀でようやくひと休み。

女子トイレは大混雑。
祝日の現実がここにある。
さらに進むと、事故の為に通行止めになっている亀山付近では、上下線ともに大渋滞。

「行きじゃなくて良かったね」

と話しながら、それでも予定より1時間ほどの遅れで豊川稲荷に到着。

まず向かったのは参拝ではなく——食事。お腹空いた〜

訪れたのは参道にある

「田舎料理 吉野」



名物のいなり寿司セット一択。

いなりの一部はおすすめの
‘’焼きいなり‘’に変更。

赤味噌の田舎汁は濃厚で、
一口飲んだ奥さんから

「飲みすぎ注意!!」

の一言。確かに塩分強そう。



いなり寿司の優しい甘さ、
焼きいなりの香ばしさ、
そして味噌のコク。
炭水化物で締める、最高のフィナーレ。

そして食後、いよいよ参拝へ。



豊川稲荷は、まさに“神様オールスター軍団”。




今回の旅の無事のお礼と、
10日後から始まる再起動に向けてのお願いを、やおよろずの神々にしっかりと託した。

もう大丈夫。
そんな不思議な安心感に包まれる。

ここまでが旅。

でも本当のゴールはまだ先。

自宅へ向かう帰路を走り抜け、
夕方に到着予定。

すべてを終えたその先に待っているのは——

冷えた一杯のビール。
そこまで辿り着いて、ようやくこの旅は完結する。🍺✨

もう少しだけ頑張ろう。

【おしまい】
2026年 3月19日(木)
東九州ドライブ旅行 鹿児島編 ラストステージ 南へ

昨日の雨は、まるで“間”を作るための一日だったのかもしれない。そう思えるほど、この日の朝は静かで、そしてどこか澄んでいた。

太平温泉の朝。

ご飯と味噌汁。
玉子焼きにソーセージ。
明太子とマカロニサラダ、そして焼き海苔。旅館が掲げる自慢の『ザ・朝ごはん』



まさにその通りの内容。

飾らない、でもしっかり満たされる朝食。近所の人もふらっと食べに来るワンコイン朝食。

なるほど、これは確かに支持されるはずだと納得する。

テーブルの上には、業務用の巨大なマヨネーズ。

それを見て、奥さんがくすっと笑っている。

言葉はない。
でも、それで十分伝わる。

ふと目に入る炊飯ジャーの張り紙。

『ごはんのお持ち帰りはご遠慮ください』

――いや、誰かやったなこれ。

こういう空気感がいい。

夕べは、なかなか強い雨音が続いていた。だが、今はもう上がり、空には薄く広がる雲。光も、ゆっくりと戻り始めている。

いよいよこの旅もラストステージ。鹿児島の、じゃないほうの“大隅半島”へ。

さあ、行くぞ。

南へ向かう車列は、思ったよりも多い。

「みんな最南端を目指してるんだね」

そんなことを話していたが――
気づけば、いつの間にか、周りに車はいなくなっていた。

静かな道。自分たちだけが進んでいるような感覚。

車を走らせていると、ふと目に入る標識。

『この地域は屋外広告物禁止です』

今度の仕事がなければ、気にもとめなかった標識。

そう思うと、少しだけ見える景色が変わる。

看板のない風景。

余計な情報が削ぎ落とされ、自然の輪郭がくっきりと浮かび上がる。右手には、うっすらと浮かぶ薩摩半島の影。

前回、台風直後に訪れたあの場所。

その向こうにあるはずの開聞岳は、今日もまた姿を見せてはくれない。どうやら、なかなかの恥ずかしがり屋らしい。

それでも――
見えないからこそ、記憶と重なる景色がある。カーナビに映る陸地がどんどん細くなっていく。

そして――
いよいよ、佐多岬への観光看板をくぐる。

それまで霧雨が降っていた空が、まるで合図のように変わり始める。

わずかに差し込む光。
その光は、進むほどに強くなり――
先端の駐車場に着くころには、
すっかり雨は上がっていた。
まるで、この瞬間を待っていたかのように。



トンネルをくぐって――最先端へ。本土最南端の岬。

思わず、
   「やった~」

理屈じゃない。
ここまで来た、という実感。
ふと視線を上げると、開聞岳が先端を少しだけ残して姿を見せ始めている。





右手の海の向こうには、南の島々。どこか、違う国に来たような感覚。しばらく、何も言わずにその景色を眺めていた。





佐多岬を後にし、雄川の滝へ。
この旅、最後の歩き。渓流沿いの道だからと装備もしっかり整えてきたが――

滝見遊歩道は快適な舗装路。

どうやら、気合いを入れすぎたらしい。それでもいい。
この旅の締めくくりとしての“歩き”。

そのつもりで来たのだから。

流れる川は、夕べからの雨の影響で水量は多い。

苔と緑、やがて見えてくる滝。
そして、視界が開ける。

なんだかテーマパークみたいだ。

「ディズニーシーみたいだね」

エメラルド色の水は見えない。
その代わり、ダム放流による圧倒的な水量。





轟く水音と、激しい飛沫。
整った美しさと、むき出しの自然。その両方が、そこにあった。

滝壺には、オレンジ色の影。
「あれ、鯉かなあ」
流れに逆らい、じっと動かない。この場所の主のような存在。思わず、そっと手を合わせる。

滝壺の前で、ランチ。
朝コンビニで買ったパン。
でもこの景色の前では、最高のごちそうだ。

主が去ると、代わりに錦鯉。
そして黒い河鵜。
まるで昨日のイルカショーのように、水中を自在に泳ぐ姿を見せてくれる。

自然がくれる、即興のショー。

パンの袋をふと見る。
1個450キロカロリーが2つ。
……やってしまった。
欲望に任せるとこうなる。見事な見本だ。

帰り際。
完璧な歌声のウグイス。
咲き始めた染井吉野。
静かに見送られながら、志布志へ。

ナビ任せの道。
相変わらず少し不安定だが、今日はそれも含めていい。

志布志の街。余裕を持って着いてしまった。
時間調整とお弁当調達にと思ったイオンモールの案内に惹かれるも、それは32キロ先。それはもう別の旅だ。

地元スーパーで弁当を買い、フェリーターミナルへ。

有名なフェリーの所在地看板

〈志布志市志布志町志布志〉



2人で思わず口に出してしまう。

早めに着いて乗船手続きも一番でしたのに、エレベーター近く車両停車場所を希望したがために、なんと最後の乗船。それは障がい者配慮とはいえ、車椅子の方々のポジションであった。

小さなミスもあったが――
旅行の神様は、ちゃんと落ち着くところに落ち着けてくれる。

荷物を置いて、デッキに出る。
まだ陽は高く、風が心地いい。
蛍の光のメロディに見送られて、そのまま出航。

暗くなり始めた空に、少しずつ夕焼け空が広がっていった。



数日前、車を走らせた入り組んだ海岸線を逆向きに眺めていくと、やがて都井岬の灯台の光が見えてきた。

御崎馬がいたあの小山。
観光交流館「PAKALAPAKA」の灯。



気がつけば、デッキには二人だけ。あの民宿前の南灯台は、
静かに海面を照らしている。
心の中でもう一度手を振る。

日が沈む方向。
そこにあるはずの桜島。でも、その上だけ雲に覆われている。やっぱり、最後まで姿は見えない。また今度ね〜。

ミルキーオレンジに照らされた西の空はやがてミストブルーへと変わる。

都井岬で見たあの色と景色が繋がっていく。

この旅で出会ったすべてを、そのままに。

そして――
再起動は、もう始まっている。



おまけ

志布志のローカルスーパーで買ったお弁当と総菜を、船内の8階のソファで食べる。

外の景色とは打って変わって、ちょっとした日常の空間。

でも――
これがいい。
1000円もかからないのに、ちゃんと美味しい。こういうのが、一番落ち着く。

気がつけば、アルコールもついグビグビ。

さんふらわあは、飲み物も良心的な値段。旅の最後だからか、余計に進む。

ただ――今回は外洋。
行きの別府行きとは違って、
船がしっかり揺れる。
ゆらゆらと、体が持っていかれる感覚。これはもう、無理せず寝るのが正解だ。

「早く寝ちゃおう」

そう思えるのも、旅の終わりらしい。

2026年3月18日(水)
東九州ドライブ旅行 鹿児島ラストステージ編

今年は、10年に一度とも言われるほど雨の少ない冬から春先。
それにしても、8泊9日のこの旅。ここまで天気に恵まれすぎていた。

出発前の予報では、19日から崩れるはずだった空模様。
どうやら少しだけ、そのタイミングが前倒しされたようだ。
それならば――と予定を切り替える。

向かったのは、
「いおワールドかごしま水族館」

ジンベイザメがいる水族館だ。

20日(祝日)大阪に戻ったら、海遊館に行こうと思っていたが、どうせ猛烈な混雑は避けられない。

それならば、この旅の途中で、ゆったりと見ればいい。

しかもここは、ありがたいことに障がい者割引で無料。
迷う理由は、どこにもなかった。

朝はホテルの無料バイキング。
サラダに、肉団子、玉


子焼き、ソーセージ、シャケ。

そこにやけに目立つオクラの料理。

調べてみれば、鹿児島はオクラの生産日本一らしい。

そんな土地の恵みを感じながら、ついつい食べ過ぎる。

まあ、旅先の朝はこれくらいでいい。

いい加減にしとけよと心の声は叫んでいたけどね(笑)

鹿児島市内へ向かう道中、雨は静かに降り続く。視界の先にあるはずの桜島は、白い膜に覆われ、その姿を見せてはくれない。

それでも予定通り水族館へ到着。館内に入ると、まずはイルカショーの時間確認――
のはずが「イルカ体調不良」の案内看板。

まあ、そんな日もある。
気持ちを切り替えて、主役のもとへ。



大水槽を悠然と泳ぐジンベイザメ。

その圧倒的な存在感と、ゆったりとした動き。

ここでは大水槽のサイズに合わせ、成長しすぎると海へ帰され、また新たな個体へと受け継がれていくらしい。

命が巡っていく場所。

それはどこか、この旅のテーマとも重なるように感じた。

館内を進めば、
イシガキフグの愛嬌ある姿、



にょろにょろと顔を出すチンアナゴ、

鮮やかな青が印象的な映画でもおなじみ「ドリー(ナンヨウハギ)」。

そして巨大なタマカイとメガネモチウオ。

幼稚園の子どもたちが歓声を上げる中、その視線の先にいたのは――魚の“おじさん”。
おーじさん!おーじさん!とはしゃぐ子どもたち。

無邪気な反応に、思わず笑ってしまう。


やがて大水槽前が賑わい始める。
ジンベイザメの食事の時間だ。



集まってきた子どもたちは、
まるで群れをなす魚のよう。
色とりどりの園服が揺れる光景は、まるでジブリの世界のワンシーンのようでもあった。

大きく口を開け、オキアミを吸い込むジンベイザメ。
あの巨大な体が、こんなにも小さな命で支えられている。
その事実が、妙に印象に残った。

展望フロアに出る。
対岸にあるはずの桜島は――やはり見えない。



思えば前回も、台風直撃の後で、ようやく渡った桜島。

結局、噴煙を見ることはできなかった。

どうやら縁が薄いらしい。

それでも、見えない山の輪郭を想像しながら飲むコーヒーは、
マグマのように熱かった。
ぬるめの設定ボタンがあるわけだ。

ふと気づけば、イルカショーの開催アナウンス。あれ、中止案内看板は昨日のことだったらしい。

地方施設のあるあるだろう。

慌ててイルカプールへ向かう。

都会的な演出や派手さはない。
でも、その分イルカ本来の姿をじっくり見せてくれる。

どこか“やらされている”感じがない。むしろ、楽しんでいるように見える。

その中で、自由に動き回る赤ちゃんイルカがいた。
大人たちの演技を真似て、気まぐれにポーズをとっている。

その姿は、さっきの園児たちと重なる。

最後は全員での連続ジャンプ。
その時は赤ちゃんイルカの小さな体も、しっかりと宙を舞った。



自分の中で、このイルカショーは間違いなくトップクラスだ。

気づけば、午前中いっぱいを水族館で過ごしていた。

でもそれは、予定変更がもたらした“正解”だ。

水族館を後にし、
隣接の桜島フェリー乗り場へ向かう。

車で乗り込む前にフェリーターミナルのレトロなお店で名物の黒豚ラーメン。
温泉たまご付きという、いかにも旅らしい一杯で腹を満たす。



乗り場に着き、乗船を待つ。
空は薄日が差しているものの、
桜島は相変わらず白い膜の向こう。



桜島へはフェリーで約15分程。
客室よりデッキで過ごしたほうが気持ちよさそうだ。

ふと、フェリーの風に当たりながら奥様が一言。

「ねえ、今日のホテルの冷蔵庫に入れてた飲み物、出した?」

――ドキッとする。

実は自分も、ほんの少し前に同じことを思い出していたのだ。

昨夜、寝る前に飲もうと思って冷蔵庫に入れてあったビール。

天ぷらでお腹いっぱいになってしまい、そのままにしてしまったあの一本。

「まあいいか」と心の中で処理していたところだった。

それを、今このタイミングで突いてくるとは。

相変わらず鋭い。

もはや特殊能力の域である。

桜島フェリーターミナルに到着。そこでも、桜島は姿を見せない。

さて、どこへ行こうか。
ターミナルを出た瞬間、目の前に看板が現れた。
「恐竜公園」

――行くしかない。

しかし、上り坂途中の壁に書かれた「恐竜はいない」の落書きが、すべてを物語っていた。



誰もいない、広い公園に点在する、どこか痛々しい恐竜の石像たち。

「――なんで恐竜公園にした?」

そんな疑問を残しつつ、広々とした遊歩道を一周して、静かにその場を後にする。

結局桜島は姿を見せず、今日の目的地の鹿屋市へ。

訪れたのは、
自衛隊基地に隣接した、鹿屋航空基地史料館。



屋外に並ぶ歴戦の機体は、風雨にさらされながらも静かに佇んでいる。

かつて空を駆けた存在たち。

そして館内には、本物の零戦。



胸が高鳴る一方で、
神風特攻隊の資料が突きつける現実。国のために命を落とした若者たち。その重さは、今の平和な日常と強く対比される。

同じ空間にいたアメリカ兵の一団。若い彼らは何を思ったのだろう。

簡単に答えは出ない。

ただ、この事実は忘れてはいけないのだと思う。

宿へ到着。町で一番大きな大平温泉。その大浴場で体を温める。

そして夕食。



お刺身、鶏の照り焼き、天ぷら、骨付き豚。
ご飯と味噌汁の、素朴な定食。

豪華ではない。
でも、この旅も7拍目。この位がちょうどいい。

一日をゆっくりと振り返りながら、箸を進める。

外は雨。
少し肌寒い夜。
それでも明日は晴れ予報。
それも、少し暑くなるらしい。

街には、すでに咲き始めた桜。
季節は、確実に進んでいる。

この旅も、終わりが近い。

少しの寂しさと、
それ以上の満足感。

そして――
この旅が終われば、再起動。
衣替えとともに、気持ちも切り替えていく。

準備は、もう整いつつある。
静かな夜の中で、そう感じながら目を閉じた。
2026年3月17日(火)
東九州ドライブ旅行-鹿児島山岳編 後編 韓国岳登山と満腹な夜

今日は韓国岳登山の日。
昨日の高千穂峰の激坂の疲労がまだ脚に残っている。でも、今日の登山コースの方が少し穏やかなはずだ。



朝食は卵掛けご飯にシシャモ、納豆、ひじき、冷奴、味噌汁。
こういう“いつもの朝ごはん”が、旅の中ではやけに体に沁みる。

霧島温泉郷を経由して、登山口があるえびの高原へ向かい、レストハウスがある広々とした駐車場から登山開始。



遊歩道の歩きで体をほぐしてから、登山道へ入る。昨日のガレ場とは違い、歩きやすい斜面が続く。

やがて硫黄岳の見晴台。



ゴーという音とともに噴火口から噴き上がる煙。火山の息吹を間近に感じるその光景に、なぜか、箱根大涌谷の黒玉子を思い出す。完全に脳の刷り込みだ。



少し急な斜面を越えて5合目へ。
そこからはペースを整え、回り込むような道をゆっくり進む。

そして——韓国岳登頂。



噴火口を断崖絶壁からのぞき込みながらのランチ。

しかしガスが上がり、周りの景色は閉ざされる。新燃岳や昨日登った高千穂峰は見えない。

それでもいい。
ここに立っている、それだけで十分だと思えた。

下山は慎重に。
ここで転んだら、昨日見たあの十字の空はやっぱり「✕」になってしまう気がする。

途中、短パンTシャツの外国人女性とすれ違う。
「いやいや、それはさすがに寒いでしょ」

心の中でツッコミ。

——小学生か。
こういう感覚、完全に昭和の人あるあるだ。



一歩一歩、確実に。
無事に駐車場へ到着。

登山の締めくくりに、えびの高原の売店で
「豆いっぱいよもぎ大福」を2人で分け合って頬張る。

よもぎの香りと優しい甘さが体に染み渡る。

180円の、贅沢で優しいご褒美だ。

そして霧島神宮へ。
これまで訪れた青島神社や鵜戸神宮に比べ、ここはどこか凛とした空気に包まれている。





“真面目な神社”——そんな言葉がしっくりくる。

静かに手を合わせる。

別府からここまで無事に旅を続けてこられたことへの感謝。
そして、この先の“再起動”に向けての願い。

さらに奥さんの提案で山神社へ。
割札守に、

「4月1日からの仕事、環境◯◯◯◯◯課でうまくいきますように」



と願いを書き、そっとぶら下げた。

これまでの自分と、これからの自分。

その境目に、今自分は立っている。

夜は国分のサンホテル国分にチェックイン。洗濯を済ませると、旅が終盤に差し掛かっていることを実感する。

夕食はあらかじめネットで確かめておいた、天ぷらくう天へ。

以前、鹿児島で食べた天ぷらが安くて美味しかったので、その記憶を確かめるように、一口。





——やっぱり、美味い。

そして今日はメンズデー。
鶏もも肉の天ぷらが何度でも無料。タッチパネル注文の気軽さからか

……結果。

3回。

いや、違う。

4回。

美味しすぎて、完全に歯止めが効かなかった。

サクッ、ジュワッ。
一口ごとに、体力というより“幸福度”が回復していく。

そして確信する。

——今日もチートデイ決定。

満足度120%。

山を登り、神様に感謝し、未来への願いを込め、
そして最後は揚げたての天ぷらに身を委ねる。

そのすべてを受け止めた——
カエルのお父さんは、
今日もお腹がはち切れそうになるのだった。

でも、それもまた心地よい苦しさ。

……と、ここまで来ると、さすがに正当化しすぎかもしれない。

——まあ、いいか。

これもまた、旅の一日。

by Teams papa frog 🐸
2026年3月16日(月)
東九州ドライブ旅行-鹿児島山岳編 
奇跡の1枚

いよいよ鹿児島の山岳旅行編が始まる。

朝7時、民宿黄金荘で朝食。

きんぴら、納豆、焼き魚、のり、タクワン、昆布の佃煮、味噌汁、目玉焼きという、登山前にはありがたい栄養満点の布陣だ。



ご飯の盛りは小盛りで頼んだけど、女将さんは夕べと同じで、

「お代わりしてね」

部屋の窓から外を見ると、民宿の名前の由来になった黄金瀬に白波が打ち寄せている。
昨日は岩の周りに白波が立つ程度だったが、今日は繰り返し押し寄せる波が、扇状に広がりながら陸へと続いている。海の表情がまるで違う。



朝食を終え、車に荷物を入れ、出発前にすぐそこの南灯台へ歩いていく。



灯台から海を眺めると、その先の波間をゆっくり進む船が見えた。

それは帰りに乗る予定の
さんふらわあきりしま。志布志港へ向かっていくところだった。



旅の終わりにはあの船の中にいるのだと思うと、なんとも不思議な気持ちになる。

外で作業していたご主人に手を振り、民宿を後にして、都井岬の馬たちに別れを告げながら霧島へ向かう。

途中、串間市のコンビニで昼食を購入して先を急ぐ。

2時間程で高千穂峰への登山口、高千穂河原に到着。

普段、あまり身に付けないゲーターの準備に時間がかかり、出発は10時半過ぎになってしまった。

ところがここで事件。



奥さんがYAMAPの地図をダウンロードしていなかったのだ。

慌てて社務所前の、かぼそいWiFiを見つけて大急ぎでダウンロード。

なんとか準備を整え、ようやく登山開始となった。

歩き出してすぐに体が熱くなり、上着を脱ぐ。

ひたすら続く石段を一歩一歩登っていく。



やがてお鉢への取り付きへ。
ここからが本番だ。

ガレ場が永遠に続く。

足元は不安定で、一歩進むたびに体力を削られる。きつい。



それでも登り続けると、右手にお鉢の大火口が現れた。その縁を歩き、ついに高千穂峰の取り付きの鳥居へ到着。

あとひと登り。だが最後の坂は想像以上に急だ。ズルズルでイワイワな急斜面をよじ登っていく。



そして13時。
ついに高千穂峰登頂。

頂上メシはセブン-イレブンのシャキシャキレタスサンドとツナきゅうりサンド。

風が強かったので、山頂に立つ天の逆鉾の台座に隠れて風をしのぎながら食べたので快適だった。

でも、長居は禁物
13時10分、下山開始。

滑って転ばないよう慎重に下る。

そういえば登りの間、頭の中ではずっと「365歩のマーチ」が流れていた。
一歩進んで二歩下がる。まさにあのガレ場の感覚そのものだ。

鳥居のある取り付きまで降りてもその後も激坂が続く。

奥さんが「慎重になるね」と言うので、「スキーの斜滑降の要領だよ」と言いながら下ってみたものの、転びそうになりストックを曲げてしまう始末。自分で言っておきながらこの有様である。

ざれたガレ場の下りはまさに格闘。慎重に進み続け、1時間15分ほどでようやく遊歩道へ到着した。

しかし、その途中、思いがけない光景が待っていた。

午前中は晴れてはいたものの霞空で、霧島連山の景色はどこかぼやけていた。



ところがガレ場のピークを下り、ふと空を見上げた瞬間――
霞の向こうにくっきりと姿を現した桜島。

その上の青空に、二本の飛行機雲が交差して大きな十字を描いていた。

まるで空が描いたクルスのような光景。

今回の旅が順調に進んでいることへのサインのようにも思えた。


……いや、さっきストックを曲げたばかりなので、
あれは「バツ」だったのかもしれない。

そんなことを考えながら下山を続ける。

そして高千穂河原に戻ったのは15時30分。

なんだかんだで当初の予定通りだ。素晴らしい。



今日の宿は霧島神宮前の民宿 山口温泉(霧島神宮前ユースホステル)



時間には余裕があるので、宿の場所を確認してから一番近いセブン-イレブン霧島温泉郷店へ。
明日の昼食を購入してから宿へ向かった。

さすがに脚はガクガクだ。

こんな日に温泉付きの宿は本当にありがたい。

そういえば昨日の黄金荘は食事中、今日の民宿も、到着するとすでに布団が敷いてある。

こういうのは本当に楽でいい。

さっそく大浴場へ。
ところが湯船のお湯が熱すぎる。
『熱かったら水を入れてください』の張り紙を見て遠慮なく、大量の水で埋めてようやくちょうどいい温度になった。

一番風呂の特権である。

風呂上がり、夕食までの時間はすでに敷いてある布団にゴロン。

登山の疲れと温泉の余韻が重なり、なんとも心地よい時間だ。

夕食は豚の陶板焼、あげ豆腐、からあげ、コロッケなど。



昨日までの宿のような魚料理はないが、山を登ったあとの体にはこのくらいのボリュームがちょうどいい。どれも美味しかった。

こうして振り返ると、今日はなかなか濃い一日だった。

石段、ガレ場、激坂。
ストックを曲げるハプニングもあったが、それでも無事に登頂し予定通り下山。

そして何より、あの空。
霞の向こうに現れた桜島の上に描かれた十字の飛行機雲。
今日のこの一日を象徴する、
奇跡の写真だった。

by Teams papa frog 🐸