つい1週間前は、モヤザワむーん祭りだった。
わははは。
読み返すと、じわじわくるな。
みんなさぁ、ほんと精一杯生きてるよなぁ、と思う。
わたしも自分にそう感じる、だからめいっぱい労わる。
逆に伝えない方が気持ち悪い感覚。
奥の奥底にあった自分の気持ち、弱っちい本音
わかってたようで全然わかってなかったこと
まだまだ手を放せずにいたこと
偉そうに正論をぶつけ、自分の正解を押し付け、わたしが知ってる通ってきた道の方へ誘導したかったこと
とても嫌なわたしだ。
一番やりたくなかったことだ。
NGを突きつけられて、そうしてやっとやっと身にしみて腑に落ちた感覚。
細胞まで魂まで沁み渡って行ったな。
自分の気持ちなど言ってはいけないと、蓋をして我慢してきた親のわたしを見てきて
自分もそうしないといけないんだ、と学んできたであろう娘。
そんな我慢先生だったわたしが、ぢんさんやMeg.さんメソッドに触れて我慢しなくなり我慢出来なくなり、自分の気持ちを感じていい、自分の感情は命、自分が自分を大切にしなくて誰が自分を大切にするの?などと言いだしから
それはそれは戸惑っただろうし、混乱しただろうし
急に気持ちを出せ出せ、と急かされたって、今までやったことなかったなら尚更、めっちゃ怖いよね。
そう、わたしもかつて気持ちを出す伝える、がとてもとても怖かったくせにね。
もちろんそれぞれのタイミングもある。
でも思うよ。
出すものがあるなら、出さざるを得ない事態が必ず起きてくる。
起きてくれるんです。
そう、わたしたちはちゃんと守られている。
そうやって、本来の自分を生きるよう、ちゃんと守られているんだよ。
わたしも娘も、お互いを見張ってた。
心配で心配で
不安で不安で
ピリピリしていた。
だけどあの日、嫌われてもいい嫌ってもいいと肝から思えて
そのとたん、娘からの「お母さんと声サロン」が始まり、言葉として伝えてきてくれたから
言葉として伝えても大丈夫なんだ、がわかったから
見張る必要もなくなってしまった。
あんなにリビングに張り付いてわたしの側にいた娘が、来なくなったよ。
あんなに気になっていた娘の拘りが、問題ではなくなったよ。
色々ある、また繰り返すだろう。
そしたらまた、ぶつかればいい。
夕暮れのこの空を見たら、どーでもよくなった。
だって大丈夫だから。
飛べーーー!
大切なペットちゃんとお話しします。







