一昨日火曜日以来、わたしと娘の関係性が激動である。


親子でも、お互い嫌ってもいい、嫌われてもいい、が、わたしの中にしっかりと戻ってきたこのタイミングで

長女33才の反抗期が突然きた。

びっくりしたけど、そうだよな、とも思う。

だってわたしが自分に嫌うこと許したから。

それは伝わるから。

遠慮すれば遠慮が、気を使い過ぎればそれが、過剰反応には過剰反応が、

そっくりそのまま見せてもらえる。

目の前の相手は、本当に鏡。


Meg.さんがFBで「娘を嫌ってもいいよね」をシェアしてくれて、その中で書いてくれていた
「好きも嫌いもおんなじって思う」
「興味ないものを嫌いにすらなれないの」

もう、膝打っちゃったよ!

好きだから、大切だから、助けたい。
辛い気持ちをすくい上げたい。
なのになんでわかんないの?
なんでやらないの?
なんで?なんで?なんで?

と、娘のリズムを無視して、押し付けて急かしてきたのだろう。

そう、違うだけなんだ。

自分ではわかってたのつもり、いや自分にはやっていたけど

それはわたし限定、人は違う。

そこがね、きっと彼女のしんどさでもあったと思う。

そして彼女の優しさは、わたしにそれを言わなかったこと。

その分、彼女が傷ついていた。

それでも、言わなかった。

言わないという優しさもあるね。

わたしに反抗したら、嫌われると思ってたかなぁ。

わたしに反抗したら、嫌いになってしまうと思ってたかなぁ。

それが怖かったのかもしれないなぁ。



「2年前くらいは、ママが絶対だった。
ママみたいになりたい、ママが正解、って」
「でも今は、ママのことイライラする。
パパではなくてママ。
めっちゃイライラする、イライラしかしない」
「あまりに自分と感覚が違い過ぎて理解出来ない」


今朝、洗濯をポーッと待っていたわたしに、仁王立ちの娘が言い放つ。

娘のある拘りに対しての、わたしの言い方が引き金になったらしい。


娘は、「自分を大切にするということがわからない」と言う。

わたしは常々それが理解出来なくて、こーゆーことだよ、こーだよ、あーだよ、と伝えてきた。

自分が自分を大切にしないで、誰が大切にするの?と、いつも正論をぶつけてきた。

それだって、わたしにとっての正論だ。

でもさ、わたしが正解じゃないんだよ?と言いながら、あなたの感覚は間違ってますよ、いい加減気づけよ、と、やってたんだよ、

ダブルバインドってヤツです。


任せてる気でいたけど、全然だったね。

まだまだ、自分が安心出来る通りに、コントロールしてたよね。





引っ越しして、色々落ち着いてきて、家族が増えたことで、よりくっきりと浮かび上がってきたもの。


娘にとってのラスボスは、わたしだった。


「こう言われてイヤだった。
わたしが真剣に考えていることを、茶化すようにバカにするように言われてイヤだった」


なんだよ、Meg.さんの本みたいじゃないか!


ずっとイヤって言いたかったけど言えなかったこと

わたしに、一番言いたくなかった言いにくかった、でも誰よりもそれを知ってて欲しいわたしに

やっと言えたんだね。


娘から
わたしはママとは違う。
違う感じ方、違う感覚を持っている違う人。

そんな自己紹介をされました。


これが反抗期か。

やっとそこまで来たか。

そう思ったら、涙があふれた。



「反抗期、おめでとう」



そう言って、泣き合った。



Meg.さんのブログ『自立』















大切なペットちゃんとお話しします。
しえるのアニマルコミュニケーションセッション