こんな言葉↓↓↓を拾って

 

じっくり自分と向き合う時間を作ってみる。

 

 

 

 

人生は短い。

与えられた時間が少ないからではない。

 

我々は、人生を楽しむ時間を

ほとんど与えられないからだ。

 

 

 by ルソー/哲学者 

 

 

 

確かに思い起こせば、

人生の、楽しめる瞬間って

ほんのひと時であるような気がします。

 

 

 

「楽しい」という感覚は

人の価値観によって変わるもので

「〜が楽しい」というのは人それぞれです。

 

 

 

しかし、人生の中で「楽しい」

という感覚を持てる”時間”の長さは

誰でも同じような気がします。

 

 

 

例えば、

 

 上司に叱言を言われながら、

 言い返すこともできず、

 辛いのを我慢して、

 一生懸命働いて、

 決して満足とは言えない給料をもらって

 その日だけは良いところで酒を飲む

 

 

 

みたいなもので

「酒を飲む」だけが楽しみだとしたら

それは、本当に一瞬であって、

それがずっと続くわけでもありません。

 

 

酒を飲む時間だけを追い続け

楽しいのか?と問われれば

それはそれで楽しさは逓減していき

ただのアル中になってしまいます。

 

 

 

酒を飲むのが悪いと

いってる訳ではありません。

これはあくまでも喩えであって、

辛さを酒で打ち消そうとする

逃げようとする行為がいけない

のではないかと言いたいわけです。

 

 

人生は

相対的に、決して楽しいとは

言えない時間の方が長いのです。

 

 

しかし、かといって

苦しいばかりかというと

そうではなくて

 

 

一見、「辛い」という現実の中に

心棒という「棒を一本立てる」ことに

よって「幸せ」になれるのです。

 

 

辛   →    幸

 

 

誰かを喜ばすこと

誰かを助けること

自分以外の誰かのために

なった時に「棒が一本立つ」のです。

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

タマゴクラブが捕まりましたね。

 

 

 

随分前にこれをやっている人に

出会って、「これは詐欺ですよ」

と親切に教えてあげたのですが、

受け入れずに

 

 

 

「あなたはわかっていない!

 あの社長の考えは素晴らしいんです!」

 

 

 

 

と鼻息荒くして

主張していたことを思い出しました。

 

 

 

 

その素晴らしい社長が逮捕されましたが

その人はどうなったのか

僕には知る術もありません。笑

 

 

 

 

投資をすると、

その投資先が

ベストだと信じたい

 

 

 

 

新たな試みをすると、

それが自分が成功する

最善の道だと信じたい

 

 

 

過去にうまくいったことが

同じような環境、同じような方法で、

「またうまくいくに違いない」

と信じたい

 

 

 

これらは全て、自分の言動は

「間違っているはずがない」

という思い込みからきています。

 

 

 

そのことを誰かに否定されると

感情的になって、自分がそれを

選んだという事実は正当化

するための言葉を並べます。

 

 

 

これらは全て、

バイアスと言われる偏見なのです。

 

 

 

そんな思い込みで

「こんなはずじゃなかったのに…」

という場面に何度遭遇するのでしょうか?

 

 

 

そして、この偏見を裏付けるために

「専門家」の意見を集めだします。

 

 

 

ここにもバイアスがかかります。

 

 

 

それは、

自分の都合の良い話をしている

専門家にだけアンテナを張るというもの。

 

 

 

そうして間違ったことでも「正当化」し

それが正しいという思い込みを強化していきます。

 

 

 

すると、否定論者や意見の違う人の話は

耳を塞いで受け入れようとせず、

本当に必要な事柄が受け入れなくなるのです。

 

 

 

 

未来など予測不能です。

 

 

2019年に

 

 

「来年はコロナ禍でパンデミックになります。」

 

 

なんて誰が予測しました?

 

 

 

その道のプロと呼ばれる専門家たちが

もっともらしい未来予測をすると

素人は「その通りかもしれない」

と期待を持ってその通りに行動します。

でも、このようなものは

競馬場にいる予想屋と違いはありません。

 

 

 

このような偏見は

過去の後悔や未来への不安が

心底にあるからだと思います。

 

 

 

 

適当な情報に振り回されるのではなく

「今を生きる自分」を確かなものに

していく「自分のあり方」が問われています。

 

 

 

「あり方」が定まると

次第に偏見を持たなくなってくるのです。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございました。おねがい

 

 

 

「そんなの無理だよ!」

 

 

 と、いかにもな常識論を持ち出して

「夢」を語る人の足を引っ張る人を

「夢泥棒」と呼ぶのはもはや定番です。

 

 

それはとても身近な人たちの中にいます。

身内が夢泥棒になる確率はとても高く

多くの人がそれによって、

こじんまりとした人生になりがちです。

 

 

 

良く言えば

「心配してくれている」

という表現にもなりましょうが

 

 

 

悪く言えば

「可能性を否定している」

とも言えます。

 

 

 

 

身近な人ほど、あなたの才能・能力などの

成功のためのリソースがどの程度あるのかを

よく知っていると思いこんでいるので

 

 

 

 

「お前にはそんなの無理だよ」

 

 

 

 

と警告を促します。

 

 

 

 

あなたが

どれくらいの可能性を秘めているか

という未来を見ようとはせずに

 

 

 

どれくらいの失敗をしてきたかとか

それで、どれくらい損をしたかとか

 

 

などのマイナス要因を

過去から引っ張り出してきて

あなたを推しはかろうとします。

 

 

 

仮に、試みが失敗すると

「それみたことか」と

足を引っ張ったことを正当化します。

 

 

 

あなたがこの環境に浸っていると

「成功」とは無縁の人生を

歩むことを強いられてしまいます。

 

 

 

それであなたも自分自身を

そのように定義し始めるのです。

 

 

 

誰だって装なのですが、

僕たちは「変化」しようと

するものに対して抵抗します。

 

 

 

「変化」は慣れ親しんだ環境から

未知の世界に飛び込むようなものなので

潜在意識が身の危険を感じるのです。

 

 

あなたの周りの人は、例えば、

あなたが成功するということは

大きな変化であり、身の危険を感じるため

必死に抵抗するというわけです。

 

 

 

「あなたが金持ちになってしまうと

 私は惨めな気持ちになるかもしれない」

 

 

とか

 

 

「あなたが成功すると

 私は、失敗しているような気分になる」

 

 

とか

 

 

 

つまり、心配してくれているというのは

「あなた」のことではなくて

その人自身の心配だったりします。

 

 

 

これが夢泥棒の正体です。

 

 

 

夢泥棒が近くにいると

成功するのが本当に夢のまた夢

となってしまうかもしれません。

 

 

 

夢をバカにする人間から離れなさい。

 

器の小さい人間ほどケチをつけたがる。

 

真に器量の大きな人間は、

"できる"と思わせてくれるものだ。

 

  by マーク・トウェイン

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

「頑張ります!」

 

 

と威勢の良い声を出しても

次第に頑張れなくなるのは

意志が弱いからでしょうか?

 

 

 

若い時に、四六時中頑張って、

尽くしてきたにも関わらず

それを恩義に感じず、

使い捨てのような

扱いをされたことがあります。

 

 

 

当時は

「裏切られた…」としか思えず

悶々として人間不信にも陥りました。

 

 

 

しかし、それは僕の人生にとっては

必要なプロセスだっただけで、

今は、感謝すらしています。

 

 

 

なぜなら、そのまま行っていたら

表面的な成功に溺れたまま

その実、幸福感は減る一方。

 

 

人生で本当に大切なことに

気づけなかったであろうことは

容易に想像できるからです。

 

 

 

しかし、これに気づくのにも

10年以上もかかっているほど

トラウマと幻想から抜けきれずに

いたほど心に傷を負いました。

 

 

 

 

しかし、これを振り返ると

結果が出せていた自分は

 

 

事を無我夢中でやれる安心できる

環境(仕事や人)があると

信じきっていたからです。

 

 

 

 

その「安心」はある日突然

”幻”だったと突きつけられ、

どこかで誰も信用しきれない自分

がプログラムされてしまっていたようです。

 

 

 

 

「人は信じきってはいけない

      常に警戒しろ!」

 

 

というプログラムで、それは

出会いによってもたらされます。

 

 

 

しかし、この安心は現実のものだ!

と教えてくれるのも

やはり出会いによってもたらされます。

 

 

 

聡明な方であれば、もっと早くに

気づくのでしょうが

僕の場合は結構な遠回りが必要だったようです。

 

 

 

不信プログラムが稼働している時の

自分は、周りに対して「安心感」が

持てきれないので、思いきり「頑張る」

ことができません。

 

 

例えば、今サッカーで世界中が

盛り上がっているので、

そのサッカーで喩えると

 

 

サッカーで頑張る環境は

「サッカー場」

そこに、釘や棘があちこちに散乱していて

至る所に穴が空いているようなものです。

 

 

 

 

これでは誰だって

頑張ることはできるはずもありません。

なので、それは意志力の弱さなどとは

無関係なのです。

 

 

 

 

安心し切れる環境があるから

無我夢中になって頑張れるのです。

その繰り返しができるから、

才能が開花するのです。

 

 

 

そうではないところからで頑張っても

自己肯定感が下がるだけなので

さっさと身をひいた方が良いのです。

 

 

 

 

 

使わない鉄は錆びる。

 

水は淀むと腐り、寒さには凍結する。

 

同じように、才能も用いなければ台無しになる。

 

 

by レオナルド・ダ・ビンチ

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

アダム・スミスの「国富論」

 

市場経済は、放っておけば

「神の見えざる手」によって

自然とバランスする

 

と言います。

 

 

 

理屈で聞くと難しい感じがします。

 

 

 

これはモノの価格の変動の仕方に

当てはめて見ると簡単に理解できます。

 

 

 

例えば、コロナ禍が始まった時の

ことを思い出してみましょう。

 

 

確か、50枚入りのマスクって

700〜800円程度だったと

記憶しています。

(かなり曖昧ですけど。)

 

 

 

曖昧なのは当たり前で、

マスクを日常的に買うことなど

ほとんどなかったからです。

 

 

 

でも、マスクが薬局から消えてしまい、

次いつ買えるかわからない状況に

なると同じ50枚入りマスクが

5000円ほどの高値に!

 

 

そして、今やマスクだけの

市場ができてしまい、

50枚入りが安いもので298円。

 

 

  1. みんなが欲しい!欲しい!となると品薄になる
  2. すると、供給が難しくなるため価格が上がる
  3. 「高い!」となって買うのを控える
  4. 商品がダブついて売れ残り在庫が発生
  5. 需要が減ると、価格が下がる。
  6. 元の価格・売れ行きに戻る

 

 

 

というのが見えざる手。

自然とバランスします。

 

 

 

これと同じように、

人間もバランスするようにできています。

 

 

 

例えば、

立ち回りが上手いだけで

実力が努力が伴っていないのに

高い地位や収入を得てしまうと、

 

 

「あいつは実力も

 ないのに口がうまいだけ」

 

 

と言われて、バランスします。

そして、それだけの器量がないため

それが続くことはありません。

 

 

少し続いたとしても、偽物の地位と収入は

結局は「ファウスト」の悪魔との取引と

同じようなもので、何か良からぬことが

起こりバランスするようにできています。

 

 

 

 

一方では実力があり、努力もしているけど

なかなか陽の目を見ない人もいます。

 

 

 

「あの人は見られていないだけで

 頼り甲斐があって、素晴らしい人だ」

 

 

 

と、言われてバランスします。

元々、器量があるので何かのきっかけで

急に陽の目を見る時が訪れます。

 

 

 

欲の目で見ると、その瞬間の

見た目でしか判断できません。

 

 

 

でも、永い年月で見ると

必ず、バランスしているものです。

 

 

 

人生は、その人の人間力や器量相応の

結果現象しか起こらなくなっているのです。

 

 

 

それがわかると、誰かとの比較で

競争心が起こることもないですし、

自分の本分をわきまえて

生きることができるようになります。

 

 

 

これが本当の意味での

「自分らしさ」だと思います。

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

マーティン・ルーサー・キングの

演説中の有名な言葉

 

「私には夢がある」

(I Have a Dream)

 

 

「夢」が原動力となって

あらゆる困難に打ち勝つ

エネルギーが持てます。

 

 

年齢性別は関係なく、

誰だって夢を持って

生きていく選択ができます。

 

 

 

ところが最近、「夢」を

持てなくなってしまっている人が

増えている気がします。

 

 

 

社会の背景を理由に

夢が持てない「言い訳」を

する気持ちもわからなくはないです。

 

 

しかし、まだまだ頑張れるはずなのに

年のせいにして、すでに諦めモードに

入ってしまっているのです。

 

 

まだ人生には先があるのに

そのままでは状況は悪くなるばかりで

あろうことは自分でも想像できているのに

なぜ、行動しようとしないのか不思議です。

 

 

 

食べることもままならない貧しい国で

「お医者さんになりたい!」

「学校の先生になりたい!」

と言う子供だっています。

 

 

 

それこそ、外から見ると

不可能にも見えますが、

人間、どんなことでも

思い続ければ叶うものです。

 

 

 

ただ、それを思い続けて

その道を歩み続けられるかどうかの違いです。

 

 

 

その続けられるかどうかは

自分のためでは続かないと思うのです。

 

 

・いいところに住んで

・いい車に乗って

・美味しいものを食べて

 のようなものだけが夢だとしたら、

それが叶った後はどうなるのでしょうか?

 

 

 

そのような物質的なものは

すぐに不足の思いが芽生えて

次の欲望を駆り立てるだけです。

 

 

 

先のキング牧師の「夢」は

全て自分だけのためではありません。

 

 

その一節にある

 

それは、いつの日か、この国が立ち上がり、

「すべての人間は平等に作られているということは

自明の真実であると考える」というこの国の信条を、

真の意味で実現させるという夢である。

 

 

という壮大なものでした。

 

 

 

僕たちにはそんな大きなことは

できないかもしれませんが、

近くにいる人のためだったら

何かできることがあるはずです。

 

 

 

そして、誰かが喜んでくれることが

自分の喜びだと実感が持てるようになると

「夢」の質は大きく変わってくるものです。

 

 

 

そこには必ず、協力者やパートナーが

現れてあなたの夢の応援団になってくれます。

 

 

 

全ての夢は実現できる。

 

追いかける勇気があるなら。

 

  by ウォルト・ディズニー

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

穏やかで平素な日常があるのは

なんて幸せなんだろうと思います。

 

 

派手で刺激的な「何か」を求める生き方は、

いつも「不足」を生み、自分自身で過剰なストレス

を抱え込むことを選択することと同じです。

 

 

 

「何はなくとも幸せだ」と心底思えるから

必要なものが用意されるのであって、

必要なものが手に入ったら幸せになれる

というのは大きな勘違いです。

 

 

 

どんな人でも、日々起こる出来事の中に

マイナス的なことは起こります。

それが「全くない」などということはありませんし、

現象面でのマイナスは様々な形があると思うのですが、

マイナスの総量は誰もが、同じ程度起こるものだと

思います。

 

 

 

では、マイナスな現象が起こった時には

それとどのように向き合えばいいのでしょうか?

 

 

 

 

マイナスの現象に

いつまでもクヨクヨしたり

ブツブツ文句を言ったり、

ごまかしのストレス解消に走ったり

人のせいにしてみたりする人は

マイナスが増長されてしまいます。

 

 

 

一方で、同じマイナスの現象で

あってもそれを正面から受け止めて

全力を上げてそれに向き合うこともできます。

 

 

 

自分を成長させるきっかけにしてしまい

最後にはそれをプラスにまで変えてしまう

努力をする人は、同じようなマイナスが

起こらなくなります。

 

 

 

というよりは、同じようなマイナスが

起こったとしても、もはやそれは

その人にとってマイナスに感じないほど

些細なことにしか思えないので

「問題が問題ではなくなる」ということです。

 

 

 

 

マイナスから逃げ回るだけの人がいたりしますが

大体、無責任で嘘ばかりついています。

 

 

 

本人にとっては、「嘘」が自分を守る術となって

しまっているので、それを単なるプラス思考を

覚えたところで、どうにもならなくなります。

 

 

人生の中でマイナスの現象は

起こるものだと受け止めて、

 

 

それが

「自分を成長させてくれる人生の宿題」

だと思い、

それをプラスに転じる努力をすることが、

より良い人生を生きる知恵だと思います。

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

今年も残り1ヶ月となりました。

 

 

もう来年に向けて意識が出てきて

2023年の目標を掲げるタイミングです。

 

 

今年の目標の達成具合を

見直してみると、4つのことに

分けられることに気が付きます。

 

 

  1. できたこと

  2. できなかったこと

  3. 思いもよらなかったことで進んでいること。

  4. 思いもよらなかったことで方向転換せざるを得なかったこと。

 

 

人生でやりたいこと

やらなければならないことなど、

課題は少なくありません。

 

 

 

何かができて何かができなかった

のかはその達成にどれほどの決意が

あったのかを見直すべきなのかもしれません。

 

 

 

しかし、この「思いもよらなかったこと」

というのが、良いも悪いも人生では

往々にして起こるものだということを

実感することも多いものです。

 

 

 

世界全体の流れが、どうも

僕たちの思考の外であって、

「思いもよらなかったこと」

が起こります。

 

 

 

このコロナ禍は

「思いもよらなかったこと」の代表例で

生活に大きな影響を与えてしまい、

目標達成どころではなくなってしまいます。

 

 

 

もう一方では、

「思いもよらなかった出会い」によって

新しい展開が始まることもあります。

 

 

 

これも当初の目標や予定に

組み込まれていたわけではないのですが、

その出会いよって、より大きな目標や

使命などが見つかることがあります。

 

 

 

これはいい意味での方向転換で

目標をリセットして書き直すわけです。

 

 

 

僕も今年、夏に人生の「メンター」に

出会ったことで、そんな方向転換を

することになりました。

 

 

 

当初の目標は生きたままですが、

やるべきことやタスクが変わって

しまったのでこの秋にリセットして

2023年の目標を見据えています。

 

 

 

 

これで柔軟性を失い、

決めたことに頑なになるより

「風の流れに従う」というふうな

柔軟性も必要だと考えています。

 

 

 

 

ある偉人のこの言葉を思い出します。

 

 

最も強いものが生き残るのではなく、

最も賢いものが生き残るのでもない

生き残るのは、変化に最も適応したものである。

 

by チャールズ・ダーウィン

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

「来月どうやって行こうか…

 今のところ目処がないんだよな…」

 

 

 

ある経営者のリアルな心の叫びです。

 

 

 

もはや「万事休す」という感じで

思考が働かないと言います。

 

 

 

この社長の頭の中では

「どうしよう…???」という答えのない

”質問”を頭の中で繰り返しています。

 

 

 

すると、「やっていけない現実」、

「万事休すな状態」

ばかりが目に入ってきます。

 

 

 

なぜなら、「どうしよう…?」という

質問の答えがないにもかかわらず、

その答えを探し続けるからです。

 

 

 

「自分はもうダメかもしれない」

 

 

という思考が頭を巡ると

ダメかもしれない事実を

たくさん作り出してしまいます。

 

 

 

仕事のオファーを出しても

「断られるんじゃないか?」

 

 

なんて言葉を口から出すと、

断られるのに都合の良い現実を

自ら再現してしまうのです。

 

 

 

言い換えると、

「断ってくださいね」

と全身で表現しながら

言葉でお願いするという

矛盾を再現するということです。

 

 

 

 

自分に対する言葉

 

自分に対する質問

 

 

 

これが自分の現実や未来を

作り出しているということを

知っておかないと

 

 

自分自身に対して

もっともらしい言い訳を

考え出してしまいます。

 

 

 

これはなぜかというと、

質問というのは脳の中に

「空白」を作り出します。

 

 

 

 

そして、脳はこの空白を

一生懸命、埋めようと

答えを探し続けるのです。

 

 

 

 

うまくいかない現実に対して、

「なぜうまくいかないんだ?」

という質問の答えが

 

 

「コロナのせいだ」という外部要因によるもの

だと結論づけてしまうと、それ以上の他の答えを

探すのをやめてしまいます。

 

 

 

 

自分でコントロールできない範囲の答えは

自分に言い聞かせるための「言い訳」をする

材料にしかなりません。

 

 

 

つまり、自ら解決できる道あるのに

自らその道を閉ざしてしまうのです。

 

 

現実で答えのない答えを探しても

正解などありません。

 

 

 

最大のピンチの時には

ピンチのところにしか

目がいかないものです。

他のところに目をやる

余裕がないのです。

 

 

しかし、そんな時にこそ

別のところに目を向けて

冷静に周りを見渡し、

冷静に人の話を聞いてみると

 

 

 

思わぬところに、次に向かうための

最大のチャンスがあるものです。

 

 

 

今日もし、新しい出会いがあったら

その出会いを大切にしてください。

 

 

 

それは大きなチャンスなのかもしれません。

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

最近、出会った方なのですが、

IT系のコンサルをしているとのことで

紹介され、コラボ(?)できないかと

持ちかけられました。

 

 

 

IT系は専門ではないので

いいお付き合いができるの

ではないかと期待!

 

 

 

しかし、

こんな前置きをされました。

 

 

 

「持病があるので、

 いつ発作が起きるかわかりません。

 そのため仕事は常に妻が同伴します。

 

 また、頻繁に体調が悪くなり、

 レスが悪いことがあります。

 そのことをご理解いただけますか?」

 

 

とのこと。

 

 

そんなこと言われると、

同情も入るものです。

 

 

 

「こちらでできることは協力しますよ」

 

 

 

と返答。

 

 

 

 

ところが、ここ1ヶ月のうち

発作が起こって伏せているのが

実に半分以上。

(本当かどうかも不明ですが。)

 

 

そして、何やらとても忙しい

雰囲気を醸し出すのですが、

実際何をしているのかわからない

 

 

度々、情報をメールで

送ってくるのですが

全て、ブローカー案件の

見かけ倒しの「美味しい話系」

 

 

 

これはやばいと思い

すぐに縁を切りました。

 

 

 

持病が嘘だとは言いませんが

病気を私利私欲の道具に使う

などは言語道断です。

 

 

私利私欲の人たちは

欲のためなら、

平気で嘘をつきます。

 

 

そして、

決まって大きな金の動きがあるような

話ばかりしています。

 

 

こんなのは大体、実現しない「事業」

を最もらしい物語を作り上げて、

金を集めようとする詐欺スレスレの

ことをやっていたりします。

 

 

 

嘘をついて金を集めたりするので

嘘も100回つけば本当になると

思っている節があります。

 

 

嘘をつく人は

・世の中の幸福などは考えません。

・自分も向上させることも面倒なのでしません。

・人のに役立つなどは到底考えていません。

・自分に甘く、忙しいフリをするのが得意です。

 

ですが、嘘つきなので

口から出る言葉はこの真逆です。

「そんなひどい人いるんですか?」

と言いたくなりますが、

実際にいるから困ったものです。

 

 

 

嘘つきはいるのだから、

どんな人を付き合うかを

見極めなければいけません。

 

 

 

損得で人を見ると

必ず痛い目に遭います。

 

 

 

自分が「良い人」であり続ければ

必ず「良い人」が集まります。

 

 

すると、良い人か悪い人かの

見分けはそんなに難しいことではなくなります。

 

 

 

 

よい人たちとつき合うべきである。

 

悪い人とつき合うくらいなら、

 

一人でいたほうがいい。

 

by ブッカー・T・ワシントン(作家)

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい