一生懸命、努力していて

必死で生きている人がいます。

 

 

 

「貧しくとも幸せだ」

と考えるのは当人の価値観

なので否定はできませんが

敢えて僕はこう問いかけました。

 

 

 

「本当にそうなのですか?」

 

 

それが文明社会から離れたところで

自然の中に生き、ほとんど自給自足

の生活をしているのなら「そうだ」

ということもあるのでしょうが

 

 

 

街での暮らしでお金がないのは

不幸であるに違いないと思うのです。

 

 

 

 

とはいえ、「お金がない=不幸」

というのは先にも話したように

コンテクスト(背景)によります。

 

 

 

 

それが価値観によるものではなく

自分を言い聞かせているだけの

自分に対しての「言い訳」である

こともあるのです。

 

 

 

『「貧しくとも幸せ」

 だと思っている方が幸せだ。』

 

 

 

という具合です。

 

 

 

それを感じた時

「本当にそうなのですか?」

と質問したくなるのです。

 

 

 

不幸だと心が叫んでいるのに

幸せだと頭で言い聞かせている。

 

 

 

この思考回路を持ったままだと

不幸であることが「快適」になって

しまい、そこから抜けることが

簡単ではなくなってしまいます。

 

 

 

だから、それの状態が今、

幸せなのかどうかは自分自身に

問いかけてみる必要があるのです。

 

 

「不幸」に蓋をするのではなく

それも素直に認めてしまって

そこの居心地の悪さを受け入れてしまいます。

 

 

すると

 

「これじゃいけない!」

「こんなところにいてはダメだ!」

 

 

と、自分を鼓舞させて

幸福への道を自ら敷くのです。

 

 

「結果」によって

幸せな気分になるのではありません。

 

 

 

今幸せだから、ポジティブな気分になれ

成功していくようになれるのです。

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

「その考えは間違ってるよ!」

 

「相手の立場も考えなよ!」

 

「そんなこともわからないの!?」

 

 

 

このような言葉を面と向かって言われると

「グサっ!」と正面から矢を刺された

ような気分になるものです。

 

 

 

思いもよらない言葉に、ムカついたり

落ち込んだり、動揺したりするでしょう。

 

 

 

そして、咄嗟に身構えて

反論や言い訳をしたくなります。

 

 

しかし、ここで争ってしまうと

それを言い放った人はあなたにとって

「苦手」な人となり、精神的に距離を

おいてしまうことになるかもしれません。

 

 

 

二度と会わない人なら

それで割り切れるでしょうが

頻繁に顔を合わす人だと

そこにいることが苦痛に

なってしまいます。

 

 

 

そんなことが人生の中では

度々起こります。

 

 

 

そんな時はこんな風に

対応すると人間関係は円滑にいきます。

 

 

 

そもそも「批判」というのは

その人の世界観で見ているものを

その人なりの解釈を言葉で切り取って

いるに過ぎません。

 

 

 

そうすると、自分の見方とは違う

ことを発見してくれる、つまり

「気づき」を与えてくれる

「ありがたい言葉」なのです。

 

 

 

 

こういう時は一呼吸おいて

 

 

「気づかせていただき、

  ありがとうございます。」

 

 

 

とやると、人間関係もうまくいくようになります。

 

 

 

言葉を謙虚に受け止めることができれば

何に対しても「感謝」できるようになるものです。

 

 

 

しかも、そうした方があなたが

一枚も二枚も上手になれますよ。

 

 

 

今日はクリスマスですね!!

 

 

全ての人に祝福を!クラッカー

Merry Chiristmasクラッカー

 

 

 

「常に喜びなさい。すべての事に感謝しなさい」

   聖書より

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

最近、芸能人で亡くなる人が

ことの他多いような気がします。

 

 

「え?またこの人も…」

 

 

 

となることが多いのです。

 

 

 

 

子供の頃からテレビを通して

見てきた人たちばかりだと

そのように感じるのでしょうか?

 

 

 

ほぼ連日の悲報を聞くにつけ

僕らの年代であれば、

なんだか寂しい気持ちになるものです。

 

 

 

 

それと同時に

人生が「有限」であることの

実感がますます強くなります。

 

 

 

人間、生まれついた家柄は平等ではありません。

その生まれついた家に財産があるかどうかも

それによって学歴が持てたかどうかも

平等ではないのかもしれません。

 

 

 

でも、時間だけは誰にも

平等に与えられていて

限りがあります。

 

 

 

限りがあるというのは儚いものです。

でも、花と同じように儚さがあるから

今を懸命に生きることができ、

人生に輝きをもたらすこともできるのだと思うのです。

 

 

 

 

誰にとっても有限で平等なので

家柄や財産によって増やすことも

蓄えたりすることもできないので

誰かにとって有利などということも

ありません。

 

 

 

 

そう考えるといかに「時間とは命そのもの」です。

その命を有効に使えるかどうかで、

人生の豊かさや成功が決まるのだと思います。

 

 

朝、自問自答してみます。

 

 

「今日やることは本当に

  人生で大切なことなのか?」

 

 

 

先に亡くなる方々は

そんなことを教えてくれているような気がします。

 

 

 

 

今日も素敵な一日をお過ごしください。

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

 

 

 

人間ひとりでは生きていけません。

 

 

 

そう感じるかどうかは別として、

常に誰かの存在があることで

生かされていると思うのです。

 

 

 

 

電気を使うことができるのは誰かが

そこに電気を繋いでくれているからです。

 

 

 

 

水を飲むことができるのは誰かが

そこに水を引いてくれているからです。

 

 

 

 

食べ物を食べることができるのは

誰かが丹精込めて作ってくれたからです。

 

 

 

 

一人で生きているんだと強がってみても

所詮、目の前にはいなくとも

誰かのお世話になっているわけです。

 

 

 

 

そう考えると、僕たちは

誰かとの関係性の中でしか

生きられないことに気づきます。

 

 

 

この地上で自分だけが

生きていると想像してみると…

 

 

 

この世界はとてつもなく

面白くないものになるどころか

生きた心地がしないかもしれません。

 

 

 

嬉しいことや楽しいことも

誰かと分かち合うことができるから

嬉しい自分の存在を確認することができ、

嬉しさや楽しさも何倍にも膨らみます。

 

 

 

 

悲しいことや辛いことも

誰かと分かち合うことができるから

悲しい自分の存在を確認することができ、

悲しさや辛いことが半減します。

 

 

 

そんなことに思いを巡らせると

ただそばにいる人が

とても大切に思えるはずです。

 

 

 

ただそばにいる時間が

とても大切に思えるはずです。

 

 

 

何はなくとも、

ただ近くにいてくれる存在

に感謝が込み上げてきます。

 

 

 

 

 

 

感動とは人間の中にではなく、

人と人の間にあるものだ

 

by ウィルヘルム

  ・フルトヴェングラー(指揮者)

 

 

 

このブログを読んでくださる

方にも感謝を送りますおねがい

「ありがとうございます。」

 

日々決めたスケジュールは

「何事もなく順調にいっている」

という前提で前に進めることができます。

 

 

 

それならば、その予定を淡々とこなし、

小さな達成感を味わうことが正解です。

しかし、「何事もなく順調にいく」

ということには何の保証もありません。

 

 

 

先日、東海道新幹線が停電し

車内で4〜5時間の足止めを

食らった人が大勢いました。

 

 

この人たちのその日の

こなすはずだった

予定は全てパーです。

 

 

 

なんら変化のない日常にも「順調」

にいかなくなるであろう事は頻繁に起き、

不測の変化を受け入れざるを得ない

事柄はザラに起きるものです。

 

 

 

それらは、自分でコントロール

できる範囲外の事柄です。

 

 

 

 

コロナや病気、戦争、

事故や事件、自然災害などが

日常のニュースになっているのをみると

もはや正確な予測はできないんだと

実感させられます。

 

 

 

そう考えると人生は「今」が全てです。

 

 

 

予定はあっても、何が起きても

いいように常に柔軟に構え、

幅広い選択ができる生き方が

もっと楽で、結果的に

正解になるような気がします。

 

 

 

希望とやる気で目覚める朝

自分のこなすべきことを

懸命にこなし働ける喜びを感じる昼

今日を感謝し一日を終える夜

 

 

 

この「今」繰り返しだけが未来を作り、

人生が自由自在だと感じることができる

生き方の処方箋なのかもしれません。

 

 

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

「もうダメかも…」と
ネガティブになってしまう時、
気が滅入る時、落ち込んでいる時
はある種の「絶望感」に襲われます。



こんなときに長らく考えても
言葉だけで解決はできません。




そんなときに思考をよぎるのは


過去の失敗や辛いことが
記憶から呼び起こされて、
身がすくんで動けなくなる…


そして、
どうなるかもわからない未来に対して
「どうしよう…」「やばいかも…」
という根拠のない恐怖心というか
感情に襲われます。




そんな時は、
まずひと呼吸を置いてみることです。
深呼吸をして自分の感情を見つめます。



「深呼吸」は以下のように
やるのがおすすめです。

 4秒で息を吸って

 4秒息を止めて
 8秒で息を吐く



そして例えば、今イライラしているのであれば
「今、私はイライラしているな」と自分を
俯瞰するだけで、不思議とイライラが
治ってくる効果が得られます。



込み上げてくる感情そのものを
コントールすることはできなくても


感情に対してそれをどのように
処理するのかは自分自身で選択
することができます。



生きている以上、喜怒哀楽が消えませんし、
それがあるから人生に味が出るとも言えます。



しかし、感情のままに表現し、
感情だけを元に言動がある人は
どうも人生がうまくいかないようです。



感情がうまく処理できるようになってくると
自分の取り扱い方がうまくなってきます。



そうすると、
絶望感があるようなピンチの時でも
そこから脱出できる自分なりの
処方箋を持つことができるようになります。



お読みいただきありがとうございますおねがい

本当の「プライド」がある人は

あるがままの自分を見せても、

堂々としているものです。

 

 

誰かとの比較するでもなく

「真の自信」みたいなものが

みなぎっている姿を見たときに

その人の「誇り」を感じるのです。

 

 

 

先日、郊外のカフェにて

高級外車を10台ほど

持っているという50代の方

にお会いしました。

 

 

 

人の所持しているものに興味はありませんし

それをこちらから聞いたわけでもありません。

車の話題になったわけでもありません。

 

 

 

にもかかわらずなぜ、

そのような話をするのか?

と思いませんか?

 

 

 

人間としての本当のプライド誇りが

ある生き方をしているのならば、

自分をよく見せようという必要はありません。

 

 

自分をよく見せようとしてしまうのは

コンプレックスがあるからではないか

と映ってしまいます。

 

 

 

常に誰かとの比較で、自分を眺め

その優劣でしか自分を維持できない

のだとしたら、心が自由になれず、

安らぎや安堵の気持ちなど持てません。

 

 

 

 

 

 

この世に「完璧」な人などいません。

誰だって素晴らしいところもあれば

ちょっと欠けているところもあるものです。

 

 

その欠けているところを

モノで埋めようとしても

埋まるはずもありません。

 

 

それよりももう一度、自分を俯瞰して

自分の長所や素晴らしいと思える才能や

特質を見返してみてはどうかと思います。

 

 

 

この世に生まれてきた時はみんな裸です。

生を受けたことが奇跡だと思えれば、

心はもっと自由になれるし、

誰かとの比較することも馬鹿馬鹿しい

ことだと思えてきます。

 

 

お読みいただきありがとうございます

鳥にはなれませんが

 

 

 

「鳥のように空を飛んでみたい」

 と思った人がいたから

 今、飛行機が空を飛んでいます。

 

 

 

 

「自分には無理かも…」

 

 

 

「自分には向いていない…」

 

 

 

などと、やる前から決めてしまい

何もやらずに心にしこりが

残っていることはありませんか?

 

 

 

歳をとるごとに

「若い時に、あれをしておけばよかった」

と後悔することたくさん出てきます。

 

 

 

今からでも決して遅くはないです。

 

 

 

 

「自分には無理かも」「向いてないかも」など

という心の声は、言い訳を正当化するための

自己暗示です。

 

 

自己暗示というプログラムが組まれると

自分の力で解除できなくなる恐れがあります。

 

 

 

自分の心の声は、

明らかに間違いであるにも関わらず、

その声に抗うことができなくなります。

 

 

 

挑戦を阻もうとする

最大の敵は自分の中にいます。

 

 

 

来年に向けて新しい何かに挑戦する

と決めて、小さな一歩を踏み出してみましょう。

 

 

 

「お前には描けない」

と内なる声が言うなら、

 

なんとしてでも描かなければ。

そうすれば、声はきっとやむ。

 

by ヴィンセント・ヴァン・ゴッホ

 

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

「あなたの生きる世界はこんなものだ!」

 

 

 

 

という圧力を感じて

「その通りなのかも…」と

こじんまりとした人生を

選択する人がたくさんいます。

 

 

 

成功とか幸せなど

「夢」であるかのような説得をされ、

まるで小さい部屋に押し込まれているか

のように感じながら生きているようです。

 

 

 

過去にその部屋から出て、

ちょっとした冒険をしたみたけど

途中で少し怪我を負い、挫折を味わう

経験をしたことで、

自ら「失敗者」の烙印を押して

 

 

 

「やっぱり外の世界は危険なんだ」

 

 

 

と、部屋から出なくなってしまったのです。

 

 

 

この小さな部屋の中で生涯を過ごすなんて、

あまりにも消極的だし、部屋の中にいれば

安全だ!なんてこともなくなった時代です。

 

 

 

どっちみち安全が

保証されることがないのであれば

部屋から飛び出して、

人生を変えてみてほしいものです。

 

 

 

たったひとつのことでいいのです。

シンプルで、小さくてもいいです。

 

 

「人生を変える!」と決めたら、

何かが変わり始めるのです。

だから、毎日周りと違う

何かを試してみることです。

 

 

 

その違う何かを3日続ければ、

少し「自信」が出てきます。

 

 

一週間それを続ければ、

これまでと「違う自分」を感じます。

 

 

それを一ヶ月続ければ、

他の人とは違う特別なあなたになれます。

 

 

それが一年間続ければ、成功者になれます

 

成功しない人は面倒なことを避けようとします。

成功者は面倒なことでも進んでやれる人です。

 

 

一つのこと

シンプルに

小さく変えてみましょう。

 

 

お読みいただきありがとうございますおねがい

毎朝、

これが本当に自分のしたいことか?

 

 

これが人生の目的につながる筋道なのか?

 

 

 

と、自問自答してみる。

 

 

 

 

惰性でなんとなくやる仕事とか

 

単に稼げるからというだけの仕事とか

 

誰かを羨んで、そのマネごとでやるとか

 

 

 

過去の過ちは

同じ轍を踏まないための実践授業です。

 

 

 

だから、

自分のやっていることに

魂を込めることができるのか

自分の仕事に誇りが持てるのか

 

その仕事が誰かの役に立っているのか

 

一日の終わりに、今日に感謝ができるか

 

 

それにYESと言える

仕事ができたら自分の中に及第点が与えられる。

 

 

何はなくともやっていることに

愛があるから、幸せだから

人が寄ってくるのです。

 

 

 

そこに、情報やお金が

集まるようになっています。

 

 

 

多くの人がこれを逆で考えがちです。

 

①情報で金の匂いをさせて、

②そこに人が寄ってきて

③金が集まったら

④愛と幸せが手に入る

 

 

こう思っている人がたくさんいます。

 

 

それはそれでその人の価値観

なのでしょうから否定はしませんが、

僕の中では単なる反面教師に過ぎません。

 

 

 

 

でも、これではやっていることを

愛することはきっとできないはずです。

 

 

 

 

成功している人間たちは、

みんな自分のやっていることを愛している。

 

だからこそ、タフな状況でもやり抜ける。

そうでないものは途中でやめてしまう。

 

それがふつうだ

 

by スティーブ・ジョブズ

 

 

お読みいただきありがとうございます。